第7話
「だあああああああ、やってらんねぇ」
これだから理屈の通じない子供は嫌いだ!!
可能性の低い仮説を信じて、本当の真実にたどり着くんだから。
たまらずテーブルに突っ伏せば、堪えるような笑い声が盗品蔵に響き渡った。
「んだよ、何かおかしいことでもあったか」
「いえ、ちょっとメイドたちの噂と違うものだからおかしくて。――そっちが本当のクロト君なんですね」
「あーそうだよ。ダサすぎて幻滅したか?」
「? 確かにちょっとお茶目で抜けてるところはありますけどワイルドなしゃべり方でわたしは素敵だと思いますよ。それに口の悪さだったらメイド長の方が上ですし」
怯えてくれたらまだやりようもあったのに、全肯定されたらどうすればいいのかわからない。
こんな経験初めてだが、さてこれからどうしよう
ぶっちゃけ天下の大泥棒ラットは、神出鬼没の謎の怪盗でなくてはならない。
緩い警備に油断していたとはいえ素顔を見られたのだ。
今後の仕事のことを考えるとタダでは返せない。
となると残された方法は一つしかなく、
(――消すか)
幸いにも目撃者は彼女一人。
いま、この場で処置してしまえばすべては闇の中。何もなかったことになる。
ゆっくりと無防備な幼女のクビに手を伸ばし、じっと反応を見る。
真正面から人体の急所に手を伸ばしているのに、怯えた様子はない。
それどころか今まさに殺されようとしている幼女の方が俺のことを見透かすようにじっと俺のことを凝視していて、
「しかたね。さっさとズラかるか」
「え――」
やーめた、とばかりにそっと指から力を抜けば、指を鳴らして部屋の中を魔力で満たした。
まるで手品を見たときみたいに驚きに目を見張るお嬢様。
でもそんな不思議なことはない。
そもそも正体がばれたから消すなんて考え方が三流で馬鹿らしい。
世界には自分の顔がばれても平気で盗みを働くような大泥棒がいるのだ。
素顔がばれたというのなら、一生自分の素顔がばれないように変装して過ごせばそれで済む話だ。
それにもともと下調べのために潜入したのだし、俺からすればこの世界は過去。
元の時代に帰れば、いくらでも再挑戦できる。
過去の影響を考えると、もしかしたら元の世界で盗みに入る時は警備が厳しくなっているかもしれないが、
「まっ、その時はその時だよな」
だけど目の前の幼女は俺の言葉の意味をうまく理解できなかったようで、目をしばたかせて俺を見上げていた。
「えっと、あの、クロト君? ズラかるってどういうことですか」
「うん? そのままの意味だよ。居場所がばれたから拠点を移す。泥棒として当然だろ?」
「でも秘宝は――」
「ああ、それは向こうで手に入れることにするから大丈夫。過去のお前が気にするようなことじゃないさ」
「過去の、わたし?」
まぁ、俺が未来から来たなんて想像できないよな。
まぁ俺もこれ以上教える気なんてないんだけどな。
スイスイと魔力線を操って身支度を整え、拠点を移す準備を始める。
あとは手慰みに盗んだお宝の数々だが、
「ああそうだ。ソフィアお嬢様、盗まれたついでで悪いんですけど、ここにある盗品ぜんぶ持ち主に返しておいてくれますか?」
「こ、これ全部ですか!?」
「はい。もともとほしくて盗んだわけじゃないんで、適当な理由を付けて返しておいてください。それとこんな形になって悪いんですけど、俺、見習い辞めます。今までお世話になりました」
次に会うことはもう二度とないだろうけど、今日の出来事は悪い夢だったとでも思って諦めてほしい。
そういって窓枠に手を掛け身を乗り出す。
そしてそのまま怪盗らしく優雅に一礼して、足を一歩踏み出せば、
「ま、待ってください!!」
「ぬおわ!? お、落ちる!?」
そのまま窓から飛び出そうとし瞬間、服を掴まれ、危うく一緒に落ちかける。
慌てて月下の魔杖を掴んで風をつかまなかったらそのまま地面に真っ逆さまだっただろう。
つーか――、
「おまっ、この馬鹿娘。おまえ死ぬ気か! 俺がうまく魔力操作しなければ二人とも頭から落ち死んでたぞ」
「わたし、秘宝の在りかを知ってます!!」
「はぁ?」
いきなりの告白に首を傾げれば、目尻に涙を浮かべ必死な様子でしがみつくお嬢様が俺の足の先に捕まりぶら下がるようにして口を開いた。
「公爵家の秘宝が欲しいんですよね。だったらわたしの言うことを聞いた方が身のためですよ」
「どういう意味だよ」
「この竜の瞳。映像を残せるだけじゃなく防衛装置にもなるんです。お屋敷の構造、やりたくありませんが。わたしが登録した人を入れなくするように設定することもできるんです」
「そうしたら未来の泥棒さんは困るんじゃないですか」と言われ、厄介な仕掛けに顔をしかめる。
ああ、なるほど。道理で屋敷の警備が緩いわけだ。
俺がらくらく侵入できたのは、関係者として登録されていたからか。
「それで、仮にお嬢の言うことを聞いて俺になんの利益があるんだよ」
「えーと、秘宝を盗むのを協力するっていうのはどうですか? それに泥棒さんって小さい子大好きなんですよね? わたしをさらったことメイド長に黙っててあげてもいいんですけど」
「さいなら」
「わー待って、待ってください!? 嘘です嘘です話します。ちゃんと訳を話しますからおろしてください。落ちちゃう。ほんとうに落ちちゃいますって!?」
くっそ、魔道具を使っての空中移動だが、魔状がまだ不安定なせいか、長くはもたない。
未来に帰るためには無理できないか。
しぶしぶとちょうどいい屋根の上に着地し、小休憩。
大人をなめるからそんな怖い目に合うんだ。
「んで、ほんとうの目的は?」
「こ、これ。泥棒って困ってる人を助ける正義の味方だってこの本に書いてあったんです。だからわたしもこの泥棒さんみたく立派な人になりたくて」
そっと取り出された古い本を見せつけられ鼻白む。
ああ、なるほど。この妙な執念は幼少期によくみられるという、憧れから来るのか。
俺も爺さんが爺さんが遺した伝説の数々を聞いて泥棒に憧れたクチだ。
その気持ちはよくわかる。
だけど、
「悪いが俺に慈善活動の趣味はねぇよ。諦めるんだな」
そういって改めてソフィアを置いていこうとすれば、
「わたし、クロト君が盗みに失敗したって言っちゃいます。そしたら困るんじゃないですか?」
「うっ――」
「天下をにぎわす大泥棒がドーナツを盗むところを見つかって、盗みに失敗する。それって世間的にすごくかっこ悪いですよね?」
じいちゃんを超えることを目指している痛いところを突かれる。
勢いよく振り返れば、胸元の竜の瞳を手のひらの上で転がすソフィアの姿が。
「もしこのことを世間に公表されたくなかったら、わたしの言うことを聞いてくれてもいいんですよ?」
「くっ、この悪魔め」
なんて、なんて残酷なこと思いつきやがる。
そして頭の中で逡巡することしばらく。
どうやっても協力せざる終えないことを悟ると
「……はぁ、この魔杖が完璧に直るまでだからな」
「やった!!」
様々な可能性を鑑み。折れるように大きなため息を吐きだせば、わかりやすく喜色の笑みを浮かべる抱き着いてくるソフィア。
「それで俺に何させたいんだ」
「ふふん。それはですね」
そういってもったいぶったように子供らしい笑みで、俺を見上げると。
「わたしに泥棒を教えてください!!」
とこれまた想定外な要求に、俺はたまらず頭を抱え座り込む羽目になるのだった。
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