第8話
そしてあの幼女に丸め込まれるという屈辱的な敗北の日から数日。
俺は復職するという形で正式に、ドラグニル公爵家の見習い執事として採用され、昼間は執事仕事、夜は泥棒稼業という二重生活を送ることになった。
あれだけの騒ぎを起こして欲出戻れたなと自分でも思うが、話し合いの結果。
夜、ソフィアが消えた件は、寝ぼけていつの間にか俺の別途の中で寝ていたと説明そたところ、あっさりと納得されてしまったのである。
それでいいのかと全力で突っ込みたかったが、どうやらソフィアの深夜徘徊はよくある事らしい。
いや貴族のお嬢様としてそれはどうなんだと言いたいが、波風立てて余計な地雷を踏みたくないので黙っているしかない。
とはいえ――
「この雑な扱いにはモノ申したいんだけどな」
使用期間が過ぎたからか。
正式に屋敷の一員と認められたからか。
一番の新人という理由で、屋敷の連中にこき使われていた。
「クロトくーん電球切れたから魔鉱石もってきてー」
「あ、はーい了解しましたー」
「クロト、この料理作っておいてくんね、十人前」
「ういっす」
「クロトくーん。保管しておいた食材足りないんだけどー」
「いま買ってきます!!」
特にメイドからの要求がマジで容赦がない。
はじめうらやむ視線を送ってきた男どもも、ここ最近は妙に温かい目で俺を見るようになっているほどだ。
「まぁあんなうわさが飛び交えばわからなくもないけど――」
おそらく俺の立場をかばうソフィアの優しいウソが裏目に出たのだろう。
あの夜以来、屋敷ではなぜか「お嬢様が俺のことを恋愛的な意味で好いている」という噂が巻き起こったのだ。
おかげで屋敷では俺の立場は完全にロリコン扱いされ、ここ最近のメイド長の視線がガチでいたかったりする。
まぁ俺としてはお子様なソフィアにかかわらずに済んで清々してるんだけど。
それでも主の呼び出しがあれば向かわなくてはいけないのが、新人のつらいところだ。
「はっはっは、それで一番重労働な買い出しの刑りってクロトもほんと苦労するね」
おなかを抱えて他人事のように笑う先輩メイド――アリシアの言葉にげんなりと肩を落とす。
まぁもともと目利きは得意だし、街の情報を集めるのにも最適だから自分から志願した仕事なのだが、
「なんで先輩もついてきてんだよ」
「うん? そりゃ監視だよ。お嬢様に頼まれていてね。愛しの男がどこかに行かないように見張ってってだとさ」
あのお子様め。
俺がひとりで逃げようとしたことまだ根に持ってやがるのか。
一度契約したんだから、約束通り月下の魔杖が直るまでは厄介になるって言ってるのに。
「いやーそれにしてもクロトは目端が利いていて本当に便利だわ。おかげで楽に評価が上がっていくよ」
「本音漏れてますよ先輩」
「だって事実だもん」
まぁ確かに? 泥棒として素材の目利きは一般人より自信あるけど。
でもそれを利用してちゃっかり、自分の買い物も俺に選ばせるのはどうかと思う。
「ねぇ、今夜わたしの部屋に来ない? 屋敷のこといろいろと教えてあげてもいいよ」
「あー、次期メイド長自らのお誘いは光栄ですけど、あとでお嬢様にバレたら面倒なんで遠慮しておきます」
下手に誘いに乗ったら男連中の嫉妬も怖いし。
「ふーん。残念。恩を売っておくチャンスだと思ったんだけどなー」
いやいや一つの恩でどんだけ搾り取るつもりなんだよ。
つか、誘い方があからさますぎるだろう。
メイド長に言われた買い物を終え、あとは何が残っていたかメモ帳を見て確認する。
「ええっとメモに書かれてある食材はあらかた買ったしあと残ってるのは――」
「ああ竜玉のギルド納品ね」
幼いソフィアがドラグニール公爵家の次期後継者としていられる理由の一つ。
それが竜玉の作成だ。
どうやら彼女の体からは人とは違う特別な魔力があふれ出しているらしく、彼女の作る魔水晶は王都の都市運営に必要不可欠な重要なものらしい。
未来ではもはや失われたロストテクノロジーと言われていたが、
「まさか本当に実在するなんてな」
そうしてギルドの中に入れば、やかましい粗野な話声が鼓膜を揺らす。
そっと聞き耳を立てれば、冒険者の口から語られる言葉はどれも『とある怪盗』の活躍についてだった。
「聞いたか、最近この辺に出た泥棒がまた悪徳領主の家に盗みに入ったって噂」
「なんでもいわくつきの宝を狙ってるとからしいな」
「この前もギルド長のお役人の下に予告状が届いてひと騒ぎになったらしいぞ。なんでもをお宝を取り返してくれたらしい」
「はぁ? あの、怪盗ラットが?」
よしよし、良い兆候だ。
何度聞いても、この時代でも俺の名前が広まっているのは喜ばしい。
語られているうわさ話の一部に不満があるものの、このまま順調に俺の名前が広がってくれればいい。
「うん? どうしたのさクロト、急に立ち止まったりして」
「いや、さっきあの冒険者たちが怪盗って言ってて、いまどき珍しいこともするもんだなーって思って」
「ああ、例の鼠小僧ね。今の時代、冒険者が主流だから見かけないけど、たしかに珍しいわよね。なんでもお隣の聖王国から近衛兵が追いかけてるって噂話もあるくらいだし」
へぇ、そのうわさ話は初めて聞いたな。
「でも最近の噂の彼、ちょっと変なのよねぇ。悪い奴から盗んだものを元の持ち主に返すなんて、どうしちゃったのかしら」
「なにか心境の変化でもあったんじゃないですか」
「うーんそうなのかしら。なーんか彼らしくないというか。誰か別人の意図を感じるんだけど」
うーんと悩ましげに首をかしげるアリシア。
でもその推測は極めて正しい。
なにせ全部、ソフィアの脅しという名のお願いで、面白半分に悪者からお宝を盗ませては、元の持ち主に返すという慈善事業を無理やりやらされているのだ。
だけどそうしなければならない理由が俺にはあって――
「ほんとにザルな警備だったんだな」
そういってあの夜の会話を思い出す。
『秘宝を盗まれたぁ!?』
『ええ、半年前に盗みに入られて。あれは国の存在を根底を揺るがす大事なものなの。だからお父様にバレる前になんとか取り返したくて――』
ソフィア曰く、気づいたらなくなっていたらしい。
なるほどそれで、泥棒を教えてくれなんて言い出したのか。
でもそれなら、竜の瞳を使えばいいじゃないかと提案したのだが、どうやら相当強い妨害魔法を使われたらしく、犯人の顔もわからないそうだ。
だから盗むのに協力してくれとのことだったが
「それにしたって頼み方ってものがあるだろうよ」
あの時のソフィアの顔は今でも忘れない。
なにが『あの怪盗ラットが、自分より先に盗まれたなんて世間に知れ渡ったらどうなるかしら』だ。
あれは間違いなく聖女の皮をかぶった魔女の顔だったね。
まぁソフィアの協力もあり、王都近隣の情報は格段に集めやすくなったのは事実だ。
だから情報収集と題して、めぼしい情報をもってそうな貴族の邸宅に忍び込んでは、秘宝の行方を探るついでに窃盗品を盗むようになったのだ。
盗まれた公爵家の秘宝の手がかりを探すついでとはいえ、はっきりいってこれは俺の盗みの美学に反する。
出来れば即刻辞めたいところなんだが、
「これもほかの奴らに大泥棒の称号を横取りされないためなんだよなぁ」
仕方ない。
どうせ、月下の魔杖が直るまでの暇つぶしだ。
解釈違いだが、泥棒好きのよしみでもう少し付き合ってやるか。
そうして先にギルド長にわたりをつけていたアリシアと合流すると、俺はソフィアに預けられた竜玉を納品そ、鼻歌を歌いながら清々しい気分で屋敷へと帰るのであった。
ドーナツの穴に盗みの美学(ロマン)を求めるのは間違っているだろうか? ~名声ほしさで盗みに入れば時空とび越え異世界デビュー!?ドーナツ係に任命されつつある毎日だけど、俺に盗めないものはそんなにない!~ 川乃こはく@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue
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