第4話 


 もしゃもしゃとドーナツをかじりながら口にする、子供らしい発想に苦笑する。


 俺はなにもそこまで甘党ってわけじゃない。

 ドーナツを揚げるのが得意なのは盗みの技術を極める修行の一環だ。

 でも――


「そう、ですね。ちょうど買いたいものがあったので、それに使わせてもらいます」

「買いたいもの、ですか? わたしを助けてくださるのにいろいろと手持ちのアイテム使ってくださったということでしたが、もしかして何か抜けでもありましたかっ!?」

「あ、いいえ、これは私的な買い物ですよ。Bランク以上の魔鉱石とホワイトナーガの抜け殻、あとはユニコーンの角ですかね。あと純正の魔力活性剤なんかもあれば助かるんですけど、それは最悪なくても大丈夫ですかね」


 身を乗り出してわかりやすく慌てだすお嬢様をなだめる形で、頭に思い浮かべた素材の数々を口にしていけば、驚かれた。


「ず、ずいぶんと貴重なものを欲しがるのですね。そんな素材何に使うんですか」

「ははっ、恥ずかしながらこの国に来るとき、大切な杖を魔獣に襲われて壊れてしまったもので。代々我が家に伝わる魔杖なので何とか直せないものかと思いまして……」

「まぁ、そんなことがあったんですか? でもそれならそうと言ってくだされば相談に乗れましたのに」

「あの、クロト君。もしかしなくてもお金足りないんじゃないですか? その、家宝というものは大事なものなんですよね」


 メイド長の驚きにつられ、わかりやすくうろたえだすお嬢様。

 なんで関係ないお嬢様がこんなに慌てているんだ? と首を傾げ、そういえばこの屋敷にも有名な家宝があったことを思い出し、納得する。

 でも――


「お嬢様の手を煩わせるわけにはいきませんし、品質はそれほど必要ないので大丈夫ですよ。ドラグニール公爵家が贔屓にしている素材商を紹介していただければ十分です」


 そういってやんわり辞退すれば、俺の言いたいことを察したのか、ゆっくりと胸を下ろして見せるお嬢様。


「そうなのですか。大丈夫なら安心しました。でもクロト君のことだから、なにかもっとべつの企みがあるんじゃないかって思って、ちょっと期待してたんですけど……」

「は、ははは、いやいや企みなんて、そんな人聞きが悪いなー。そんなことあるはずないじゃないですかー」


 子供らしい好奇心の追及を笑ってごまかすが、俺は内心、引きつった顔で驚嘆していた。


(な、なんで俺がひそかに悪だくみしていることがバレたんだ!!)


 俺だってただひたすらドーナツを揚げて、先輩メイドのしごきにこびへつらってきたわけじゃない。

 元の時代に帰還するため、いろんな場所に盗みに入っては情報を集め、毎夜かくれて泥棒としての本分を果たしてきた。


 それなのに家宝の杖を見せてなんて言われ、自分が今世間をにぎわせている泥棒だなんてバレたら目も当てられない。


 なにせこの時代にも、月下の魔杖は存在するのだ。

 俺はこの世界でいうところの未来の人間なのである程度の素性はバレても問題ないが、俺が持っている月下の魔杖の存在だけはバレるわけにはいかない。


「まぁ、無理な過去遡行のせいで月下の魔杖の魔力はすっからかん。魔力の再チャージに最低でもひと月以上かかるとなるとか、不幸すぎて泣けてくるんだけどな」


 むしろ一つ間違えればいた時空流の中で爆散し、魔杖が壊れて帰れない可能性だってあったのだ。

 市場に流れている素材で修理できる程度で済んだのはむしろ奇跡と思うべきだろうけど、


(それにしたってドーナツの件もそうだがこのお嬢様、子供のくせにいろいろと鋭すぎやしないか? なんで杖を直すって言っただけで、盗みの悪だくみに結び付くんだよ!)

 

 貸与えられた従者部屋で物干し竿の代わりになっている壊れかけの月下の魔杖を思い出し、背中にじっとり冷たい汗をかく。


 これは裏でこそこそ何か悪だくみしてんじゃねぇよ、という子供なりの警告?

 とにかくこの屋敷からとんずらするのは早めにした方がいいと、俺の泥棒センサーがビシバシと訴えかけてくる。


 でもここまで待った甲斐あって、この時代でも『怪盗ラット』の名前をとどろかせることができたのも事実なわけで、


(正直、いま帰るのは悩ましいんだよなぁ)


 計画も順調に進みつつあるし、いまさらお子様に図星をつかれたくらいで引き返すほど、俺の大泥棒に賭ける夢は安くはない。


 たかがお子様に図星をつかれたくらいでうろたえるな。

 気をしっかり保て怪盗ラット!! お前の大泥棒への夢はそんなものか!!


 冷静に自分を保ち、お嬢様と他愛のない会話を続けながら、周囲を観察する。


 どれも張り合いのない盗みだったが、屋敷の様子を見る限り、今のところ俺の正体がばれた様子はない。

 きっと元の時代に帰ったら、『実は怪盗ラットは百年前から存在した』とか『怪盗ラットは不老不死だった』とかより伝説めいた逸話が生まれていることだろう。

 

 あとは月下の魔杖を修理し、この時代に来た時と同じように転移魔法を使って、無事に元の時代に帰ればそれで終わり。

 なんだけどその前に――、


「せっかく過去の世界に来たんだ。帰還する前にちょっと遊んだってかまわないよな」

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