第3話 


 正直に告白しよう。

 俺は子供が、大の苦手だ。


 なにせ奴らは理屈が通用しない、感情で動く生き物なのである。

 やれ常識を説けばギャン泣きで自分の意見を押し通してくるし、飽きたという理由でこちらの予定を全部ぶち壊してくれるのだ。


 閑話休題。そんなわけで夕食である。

 と言っても俺のではない。お嬢様のだ。


 ドラグニール公爵家の夕食は、基本的に静かだ。

 当主であるレイブン公は王城のお勤めで不在なことが多く、兄は学園に入学中。

 必然的にお嬢様は自室で一人で食事をすることが多い。

 さらに歴史ある公爵家として厳格さが求められるのか。

 次期後継者のお嬢様は上に立つ者の生活を求められるようだ。

 

 生粋の盗っ人である俺からすれば退屈な毎日だが、それが貴族のお役目らしい。

 だからこんなに静か屋敷は貴族として普通なことなのだが――


「はい、これでカードが消えました」

「すごいです。本当に山札から消えちゃいました!?」


 夕食の終り。

 お嬢様の寝室でカードを使った手品を披露してやれば、小さな手のひらから割れんかりの拍手が巻き起こった。

 視線誘導を使った簡単な手品なのだが、お子様には本物の魔法に見えるのだろう。

 魔族や魔法が存在するこの世界で、魔力線を伴わないで物が消える状況が不思議で仕方がないらしい。

 俺の手の中から目的のカードが消えたことをしきりに確認してはしゃいでいた。


 手品を披露する横目でちらりとメイド長を見れば、お嬢様の子供らしい反応を見て、満足そうにうなづいていた。


 これもメイド長が採用試験で『貴様のようなドブネズミに何ができるか』と言われ、手品じみた大道芸を披露したところ採用されたのだ。

 今では、夕食はどんな感じにお嬢様を楽しませるオヤツ係という地位を確立し、毎晩のようにお嬢様の寝室に呼ばれては手品とドーナツを披露することになったが、まだ信用されてなかった頃はマジで鬼教官並みのスパルタで指導されたから何度死にかけたことかわからない。


「はぁ、満足しました。今日もすっごく楽しかったですクロト君」

「ご満足いただけたのなら幸いです」


 そういって貴族の令嬢として興奮を抑えようとする小さな胸を押さえる幼女に、恭しく礼をする。


 所詮は小手先騙しのお遊びだ。

 だが子供ゆえか、純粋すぎて面倒なのが問題だ。

 目立ちたがり屋の気質もあって、もっともっととねだられれば技術を披露しない泥棒はいない。

 だから酒場で女の興味を釣るため盗みの技術も、幼女の無邪気さの前では形無しだと、俺はこの時代にきて初めて知った。


 俺の盗みの技術はこんなことのために使うもんじゃないんだけどな。

 理屈が通用しない感情的な生き物ってホント苦手。


 すると満足そうに大きく息をついたお嬢様が、どんな雰囲気で周りを見渡した。

 そして一人ひとり、メイドたちの名前を呼んでいく。

 なにやら小さな袋。それも中身の詰まった重そうなものを配ってるみたいだけど、


「先輩。あれなんですか」

「ああ、あんたは初めてか。あれはお給金の。どうやら自分に仕えてくれる従者には一人一人の顔を見て渡したいんだってさ。変わってるよね」

「たしかに変わってますね」


 たまたま隣にいた先輩メイドの言葉に、俺も素直に同意する。

 なるほど貴族らしくないお嬢様だ。

 そして俺も最後に名前を呼ばれて、今か今かとせわしく椅子の上で待つお嬢様の前に立つ。


「はい。それじゃあこれがクロト君が我が屋敷に来て初めてのお給金です。ひと月よく勤めましたね」

「あ、ありがとうございます」


 生まれてこの方、盗み以外で報酬を得たのは初めてなのでどう反応すればいいのかわからない。

 とりあえずお礼を言い、ずっしり感じる袋を握りしめる。

 すると、わずかに眉をひそめたのお嬢様と目があった。


「あの、どうしたんですかクロト君。うれしくなかったんですか」

「いや、ちょっとこういう形で報酬を受け取るのは複雑で。まさか俺にももらえるとは思ってませんでしたから」

「がんばりに対してご褒美をあげるのは当然じゃないですか。クロト君はここ一か月一生懸命だったとメイド長から聞いていたのでちょっとだけですけど、色を付けたんですよ」


 なるほどそれで俺の袋だけ銀貨が一枚多いのか。

 重さからすると小金貨十枚と銀貨九枚ってとこか。

 俺からすれば小金だが、庶民にしてみればひと月暮らすのに十分な大金だ。


「ありがとうございますソフィアお嬢様。俺、お嬢様みたいな従者思いの主に仕えられて幸せです」

「そ、そうでしょう。もっと感謝してくれてもいいんですよ。だからですね。その、今夜もおはなしを――」

「お嬢様。興奮するのはわかりますが、もう夜です。そろそろ寝ないと明日の公務に差し障りますよ」


 興奮気味に前のめりになるお嬢様に、隣に控えていたメイド長がそっと諭す。


「えークロトくんのおはなしもっと聞きたいです。特に昼に聞かせてくれた竜のお姫様の涙を盗んだ大泥棒のお話とか」

「それはまた今度にしましょう。メイド長の言う通り、明日の公務の方が大切ですし、これ以上引き留めると俺がメイド長に殺されます」

「ぶー、わかりました。でも、わたしに言うことはそれだけですか? 例えば、その右手に隠したものとかどうするのか気になるんですけど」


 そわそわと上目遣いで俺を見上げてくるお嬢様。

 全力で隠してたつもりなんだけどなーんでバレるのかな。


「お嬢様は本当に手品師の才能がありますね。メイド長、いいですか?」

「仕方ありませんね。でも、今日はこれで最後ですよ。あまり食べすぎはよろしくないとお医者様にも言われてますので」

「はーい。リーゼは真面目なんだから。このくらい大丈夫よ」

「そうやって張り切りすぎて熱を出されたのはどこのどなたでしょうね」

 

 メイド長の反撃に唇を尖らせるお嬢様。

 その子供っぽい姿に苦笑しつつ、俺は袖口に隠したアイテムポーチから素早くドーナツを取り出すと、そっとテーブルの上に置いた。


「はい、揚げたてのドーナツなんで気をつけて食べてくださいね」

「わー、やっぱり用意してくれてたんですね。すごく楽しみにしてました。これ新作ですよね? でもどこから出したんですか。さっきまで何も持ってませんでしたよね?」

「企業秘密です」


 小さく咳ばらいを一つうち、胡散臭い紳士面で追及をごまかす。

 世界に名をとどろかせる大泥棒たるもの、自分の感情をごまかすなんて初歩の初歩。

 別にドーナツをほめられてちょっとうれしかったとかそういうわけじゃない。

 絶対にだ。


 ここ一か月ですっかり染みついた従者面で揚げたてドーナツを並べていけば、満々の笑みを浮かべたソフィアは淑女らしくドーナツにかじりついた。


「うーん、ただ油で揚げただけなのになんでこんなにおいしいんでしょう。甘くてくりーみでほんと不思議な触感です」

「そうでしょうそうでしょう。今回は調味料に色々と工夫を凝らしてみたんです。お気に召しましたか?」

「ええ、大満足です! メイド長からも一人で厨房を任せられるほどの大躍進を遂げたと聞きましたし、路地裏でゴミに埋もれていたクロト君を見たときは驚きましたけど、雇って正解でしたね」

「そ、そうですねソフィアお嬢様」


 えっへんと同意を求める無邪気な言葉に周囲のメイドたちの顔が若干ひきつる。

 そのお嬢様らしからぬお転婆具合はまだ彼女が十五歳も満たないお子様だからか。

 まぁ身分差で逆らえないだけで、普通、屋敷のゴミ処理場で野垂れ死にしている男を従者に雇おうなんてしない。


(ほんと世間知らずのお嬢様なんだよなぁ)


 あらためて当主代行というには幼すぎる少女を一瞥する。


 ドラグニール公爵家の令嬢。ソフィア・ローゼンベルク・ドラグニール


 ウェイブがかった銀髪の小さな少女。

 その活発すぎる性格とは裏腹に身体が弱く、あまり外に出られないのは貴族界隈では有名らしい。

 さすがの俺もこの時代に初めて転移したとき、屋敷の近くのゴミ捨て場でばったりでくわした時は驚いたものだ。


 突然の幼女の登場に『なんでこんな身なりのいいお嬢さんがこんなゴミ捨て場に!?』と驚いたものつかの間、急に胸を押さえて苦しみだしたから、とっさに処置してしまった。


 まぁ俺だから咄嗟に適切な応急処置ができたが、他の奴だったら間違いなく手遅れになっていただろう。


 それゆえ彼女からしてみれば俺は命の恩人というわけである。

 なので敷地内のゴミ処理場にいた理由も、ワイバーンに捕まって空から落とされたという作り話でころりと騙されてくれたわけなんだけど。


「そういえば気になったんですがクロト君は初めてのお給金を何に使うんですか? やっぱりドーナツなのですか?」

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