第2話
俺の名前はクロト。
世界的盗っ人の称号『大泥棒』を祖父に持つ孫で。
今年で十八になる前途ある未来の大泥棒だ。
突然だが、俺はいま怪盗人生初めて直面した大きな悩みを一つ抱えていた。
訪れる国、訪れる国で盗みや問題を起こしては、『怪盗ラット』として世間をにぎわせ、とある国王のカツラを盗むという華々しいデビューを決めたほどの生粋のワルだ。
だが、そんな悪の象徴でもある盗みの技術が『こんな形』で本業の盗み以上に本領発揮しているという事実に、俺の中の怪盗としてのプライドを動揺させていた。
ゆくゆくは世界を震わせるようなドデカい事件を起こし、祖父をも超える大泥棒として世界に俺の名をとどろかせる、そのはずだったのに――
「クロトー、ソフィアお嬢様がお呼びだ。大至急おやつを持ってこいだとよ」
「ういっす、今すぐ行きます」
そういってカラカラとドーナツを揚げる手を止めれば、俺の口から大泥棒らしかなぬ大きなため息がこぼれだした。
ここ最近、任せてもらえるようになった厨房を後にし、出来立ての『オヤツ』――ドーナツを片手に廊下を歩く。
「おいクロト、おまえここ最近、お嬢様に人気だな。新入りのくせにどうやってあのわがままお嬢様に取り入ったんだよ」
「そんなの知らないっすよ。俺だってなんでこんなことになってるのかわからないんですから」
「はぁー、いいなぁ。お嬢様のお気に入りとかお前一生安泰じゃねぇか。ゴミあさりの根無し草で拾われたくせに生意気だぞ」
どうやら『あの方』は想像以上に気難しい人だったようだ。
だが俺の悩みに比べたらそんなの些細なものだ。
同僚のうらやむような愚痴を聞き流しつつ、そっと肩をすくめたりしながら相槌を打てば、ひとしきり愚痴って満足したのか、同僚と別れる。
そして無一文なコソ泥が立ち入ることの許されないような豪華すぎる間取りの廊下を一人で歩けば、そのわきに飾られた宝飾品の数々に目をやる。
ううっ、正直、この光景は盗むことを生業とする者にとって目に毒だ。
無造作に並ぶ貴重な壺や絵画を前に盗みたい欲がムラムラとわいてくる。
そう、俺は現在。紆余曲折な事情があって盗みに入るはずだった標的の屋敷――ドラグニール公爵家の見習い執事としてこき使われていた。
泥棒が盗みに入る家に貢献とか、なんたる解釈違いだ。
それもこれもすべては『あの夜』に起こした大失態のせいだなのだが、
「まさか転移魔法の失敗で過去の世界? に飛ばされちまうとか、誰も信じちゃくれないだろうな」
そういって自分の記憶の中にある王都アヴァロニアとはガラリと様変わりした街並みを眺め、俺は誰にも聞こえない声で静かに途方に暮れるのであった。
◇◇◇
ドラグニール公爵家。
それは王都アヴァロニアが建国される際、一人の乙女が竜の王様と契約し、その証として加護を受けた一族の名称だ。
そんな由緒正しきお貴族さまの屋敷になぜ俺みたいな悪党が使えることになったのかと言えば、いきなりの転移事故でゴミ処理場に行き倒れていたところを、サルお嬢様に拾われたからだ。
しかも、よく事情を聴けば、爺さん直伝の転移魔法を使ってアジト近くに逃げるはずが、百年前にタイムリープしてしまったのだから驚きだ!!
原因は、もちろんアレだ。
ひとり用の逃走魔法を起動させた際に、近衛のおっちゃんが無理やり突っ込んできたせいだ。
おそらく重量オーバーというか、世界の法則にすら干渉できる月下の魔杖を使って時空間魔法を使ったのが仇となったのだろう。
おかげで土地勘のない百年前の王都に転移する羽目になるは。無理な時間転移でゴミにまみれて衣装やアイテムが台無しにはで散々な目にあった。
そして紆余曲折あり、こうして俺は見習い執事けん『オヤツ係』として、日々このお屋敷のご令嬢にドーナツを届ける羽目になったわけである。
閑話休題。
本題の俺の悩みに戻ろう。
問題はこの待遇ではなく、俺が現在置かれた『状況』にある。
ドーナツなど修行時代、盗みの極意を極めるため死ぬほど揚げてきたし、俺が天才的にドーナツを揚げるのがうまいのはいまさらだ。
所詮、これまで愚痴った全てはどれも解決可能な悩みでしかない。
つまり俺が本気で悩ましく思うのは、この扉の先に待ち構えたとある一人のレディの存在で――
「失礼しますソフィアお嬢様。ご要望のドーナツを持ってきました」
「まぁ、待っていましたよクロト君。今日はどんな風にわたしを楽しませてくれるのか楽しみにしてたんです」
そう言って、ノックの後、扉を開けるなり抱き着くようにして俺を見上げる俺の主――ソフィアお嬢様(10歳)の満面の笑みに、俺は内心大きなため息を吐き、たまらず苦い笑みを浮かべるのであった。
うん。つまり何が言いたいかと言えば――
「ほんきで懐かれた……」
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