第19話 襲撃者2
バスケットコートから路地に走って逃げたコウリンは直ぐにアイコンのマップアプリを開いた。大通りへの最短経路を表示させ半透明な地図に従って足を動かし続ける。
地図上では3回の曲がり角が有り直ぐに1回目の角に到達した。
綺麗に直角な曲がり角を全速力で曲がる事はできない。『人間急には止まれない』である。
少しだけ速度を緩めて角を曲がろうとして、直ぐに背後で音がする事に気付いた。
ジェーンとステルス忍者の戦闘音かと思ったが、それにしては音が近い。
「っ!?」
角を曲がるのを利用して自分が走っていた路地を首の動きだけで振り返れば、地上5メートル程度の高さを何かが跳び回っていた。
「アニマルユニット!?」
人間の上半身に、鹿のような下半身を持つ何かが壁と室外機を足場にコウリンを追跡していた。
ケンタウロスのように前足の真上に人間の上半身が有る訳では無い。前足と後ろ足の中間、重心バランスが取れそうな位置から人間の上半身が生えている。
動物の肉体を模したパワードスーツの一種で、倉庫街で見た全身を覆う訳では無く部分的に装備する物だ。用途が限られる為に警察や軍隊のような汎用性が求められる組織での採用例は少ない。ただし得意分野が決まっている分、状況が整っていればパワードスーツ以上の力を発揮する物も多い。
細身な鹿の下半身で室外機などを足場にする為か上半身は小柄で細身な人物のようだ。分厚いプロテクターを着込み顔も骸骨のような仮面で隠されているので少年、少女、女の予想ができない。
両手には何も持っていないが跳躍のバランスを取る為に身体を捻ったり壁を軽く手で押したりしている。
流石に逃げる事に集中しているコウリンはそんな追跡者の様子を見る余裕は無い。
電磁石で多少の脚力強化をしても同様に普通の鹿より強化されたアニマルユニットの方が速い。
2回目の曲がり角の為に速度を緩めるか悩んだ瞬間に追い抜かれ、曲がり角に追跡者が着地した。
「くっそ、鹿速過ぎだろ」
「速いのはアーシのスキルなんですけどぉ。下に見られるとか、素人でも許されねえし」
随分と荒っぽい口調の女の声だった。声は若いので少女とも思えるが危険性は変わらない。
4脚が折り畳まれスカートのように展開する。正座に近い格好でアニマルユニット内に畳んでいた追跡者の足が地面に立つ。
わざわざアニマルユニットの走破能力を放棄したのは、これから行う事はアニマルユニットには向いていないと判断したからだ。
ともかくコウリンは追跡者を『バンビ』と適当に名付け腰を落とした。
足裏の電磁石にはまだ余裕が有る。隙が有れば反発力を利用して頭上を抜け一気に大通りまで逃げてしまいたい。
「あ、上から逃げられるとか思わねえこったし。そんな甘くねえから」
「読まれてるし」
「はん、これだから素人は頭足りてねえし。少し考えれば上はワザとって分かる事っしょ」
「……プロ、わざわざ教えなくても良かったんじゃねえの?」
「……さて、お仕事開始っしょ」
「おいマジかこんなバカに追われてたのかよ!」
そもそも追われている理由が分からない。先程のステルス忍者はジェーンが狙いのようだがバンビがコウリンをどうしたいのかは今のところ不明だ。
「ま、待てって! 仕事って、オレをどうする気だよ」
「殺すっしょ。バスケコートを探る奴は全員」
分かり易い説明と共にバンビが地面を蹴った。
狭い路地の為に正面から突撃してくるバンビだが、それでもコウリンが対処できない速度だ。それでもバンビは油断無く壁を利用した三角跳びでコウリンが目で追えない軌道を取る。左の壁を蹴って右上に跳び、そこから左下に跳ねる。
コウリンも自分がプロの動きを目で追えるとは思っていない。視界が塞がる事も構わずに体の正面を両手でガードし、その中央にバンビの足裏の蹴りを受ける。
蹴りの威力でガードは上に弾かれ本能的にバンビを見れば地面に手を着き足裏でコウリンを蹴ったのが分かった。
本来なら姿勢を大きく崩す蹴り方のはずだ。しかし畳まれたアニマルユニットの一部が展開して地面を踏み締めバンビが姿勢を崩す事を防いでいた。
「使えんのかよ!」
「ビギナーズラック、ウザいんだけど」
下手に電磁石で踏み止まれば膝や腰を痛めてしまう。コウリンは電磁石を使わずに蹴られた勢いのまま後方に吹き飛び地面を転がる。追撃に備えて直ぐに起き上がった。
仮にパイルバンカーが当てられれば確実に勝てるが、当てられる隙が無い。根本的に動く相手に使える装備ではないのだ。
多少無理な姿勢だが起き上がったコウリン目掛けてバンビがドロップキックを放つ。
満足にガードできる姿勢ではないし、先程の威力から今度はガードごと蹴り飛ばされるのが分かる。学生同士の喧嘩程度の経験値しかないコウリンにまともな対応はできず再び反射的にガードの姿勢を取る。
不格好なガードでは地面を踏み締めてドロップキックを受け止める事はできず吹き飛ばされた。
背中から地面に落ちて咳き込んでしまい直ぐに立ち上がる事ができない。
「ラッキーてのは、続かないからラッキーて言うんだし」
ドロップキックをしてもアニマルユニットのサポートでバンビが倒れる事は無い。地面と壁を畳まれた脚が蹴ってバンビの姿勢を制御する。
蹴り飛ばされて咳き込むコウリンが短くない時間動けないと踏んで余裕を持って歩み寄った。
地面に這いつくばって咳き込むコウリンの肩を乱暴に蹴り退け、1度目の曲がり角にまで叩き返す。
「まさかディザスターがこんな素人連れてるなんて思わなかったし。素人に見せかけた隠し玉かと思って警戒したアーシがバカみたいじゃん」
バンビが舌打ちと共に吐き出した言葉にコウリンは大きく息を吐いた。
ジェーンが裏家業でも優秀な部類なのは想像が付く。いくら違法メカニカントでも空中のパトカー3台を押し返し警察の包囲を抜けられる者は限られるはずだ。
「はっ、その通りだよバーカ」
「あん?」
「素人相手に時間稼ぎされて、まんまと騙されてやんの」
「殺されてぇの? 素人殺すの躊躇うとか思われてんならマジ腹立つんだけど」
「ちげえよ。意外と甘い奴でビックリしたって話」
「はぁ? 何言って」
コウリンは地面に膝立ちで座っている。蹴られて痛む両手は本能的に腕を組んで撫で、膝はバンビに向けて地面に着けた姿勢。
動かない相手にパイルバンカーを当てる事は簡単だ。
バンビを挑発し、足を止めさせ、地面を叩いた。
両足の火薬が燃焼し、ふくらはぎのスリットが開く。膝に仕込まれた杭が轟音と共に地面のコンクリートを粉砕して破壊を撒き散らす。反動で体が浮く間にふくらはぎから白煙が噴き出した。
ここは細い路地、飛散するコンクリート片を横に跳躍して回避する事はできない。後退しようにもコンクリートの雨は2回目の曲がり角まで届く。
不意打ちされたバンビもそれは分かっている。
飛来するコンクリート片は伏せても背中に大きな破片が落ちてくる危険性が有る。だから安全なエリアはコンクリート片の飛散よりも更に高い上だけだ。
アニマルユニットを展開していれば高さを稼げるが、折り畳んだ今はそこまでの高さが出せない。
それでもバンビは可能な限り高く跳躍しスカートに畳んだ脚にも壁を蹴らせて可能な限り高さを稼ぐ。
しかし、戦車の砲弾に近い破壊力を持つパイルバンカーが生み出した破壊から逃げ切るには足りなかった
大きな破片が上に跳躍するバンビの左足を捉える。踏み締める場所が無い空中でバンビは簡単に体が前転し、後頭部や背中にコンクリートが連続で衝突する。
「きゃああああああっ!?」
思ったよりも女の子らしい悲鳴を上げながらバンビは体を丸めて頭を両手で抱え地面を転がった。
先に地面に転がったコンクリート片に何度もぶつかって止まり、後から飛来する破片に体中を打たれてバンビが苦悶の声を上げる。
最初に衝突した破片のせいか左脛は出血して嫌な方向に曲がっていた。
「クソが! 素人が、何てもん、仕込んでんのよ」
「へへ、いざって時の切り札だ、バーカ」
「全く、帰り際に様子を見に来てみれば」
突然に割り込んだ3人目の声に驚きコウリンが首を捻れば顔面を蹴り飛ばされた。壁に叩き付けられ再び咳き込むが、蹴られる直前にも人影が見えなかった事に混乱してしまう。
そんな風に何が起きたか分からずにいるとバンビに近付く黒コートの人影が帯電と共に姿を現した。
「ステルス忍者!? ジェーンは」
「アレを殺すのは無理だ。次に会うまでに対策を用意しないとな」
コウリンに応えながらステルス忍者はバンビを抱え上げて肩に乗せた。
「まだ、やれる! 離せ!」
「足折れてるだろ。得意を潰されたなら逃げろ。早死にしたいなら置いていくが?」
「クソが」
「ではな少年。死にたくなければ力を付けろ。今回のような幸運を掴むにも最低限の力は必要だ」
「説教かよ」
「君が生きていれば依頼人に成るかもしれないからな、営業活動だよ」
「こんなガキの依頼なんざ受けるか!」
「お前が歳の事を言うのか」
そんな馬鹿な事を言い合いながらステルス忍者とバンビは曲がり角に消えていく。その先は3回目の曲がり角以外には何も無いはずだが大通りに出ても問題の無い仕掛けが有るのだろう。
「はぁ」
蹴られた痛みと無理に両足のパイルバンカーを使用した反動で体を動かすのも億劫だ。盛大に溜息を吐きながら蹴り飛ばされた姿勢から仰向けに成り空を仰ぐ。
「お、生きてるね」
「死ぬかと思った」
「プロ相手に2度目の生還、おめでと~」
軽い口調のジェーンがバスケットコートの方から歩いて来た。コウリンの直ぐ近くで足を止めてニヤニヤと笑みを浮かべている。
右腹付近のジャケットとトップスが切れており下からだと右の胸が見えそうだ。
だが、それ以上に最初に出会った時の事を思い出す。
「また穿いてねえ」
「いや~、締め付けられる感じが嫌なんだよね」
「スポーツブラはしてんのに?」
「見れなくて残念?」
しゃがんだジェーンは立つ事も面倒に成っているコウリンの頬を指で突いた。
「両足のバンカー使ったんだ? 流石に威力凄いね」
「凄い音させちまったし、警察来るよなぁ」
「サイレンが鳴ってるね」
「マジか」
「ほらほら立って立って。スクーターが待ってるよ」
「そこはベッドとか言って」
思わずツッコミを入れたコウリンだがジェーンの言う事も最もだ。
仕方なく立ち上がりスクーターに向けて歩き出した。
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