第20話 ジェーンの仕事2

 バスケットコート調査の翌日、学校も終わりミョウジョウ家の家政婦という体裁で呼び出されたコウリンは直ぐにミズハから地下に向かう。


「忍者の事が少し分かったわよ」

「ふふーん、頑張った甲斐が有ったね」


 ジェーンが観察したステルス忍者をミョウジョウの情報収集能力で調べたらしい。

 金持ちに目を付けられるのは大変だと呆れたコウリンだが相手が分かるのは有難い。


「結論から言えば、もうこの件で対立する事は無いわね」

「は?」

「雇い主はアケボシね。日雇いで今日から契約更新していないみたい」

「よくライバル企業の事なのに分かりますね」

「これがお金持ちの力、と言いたいけど違うのよね」


 少し悔しそうに唇を尖らすミズハに意味が分からずコウリンが頭上に疑問符を浮かべていると隣でジェーンが胸を張った。ジャケットは切られた物をそのまま使っているがインナーのトップスは流石に新しい物だ。


「実は発信機と盗聴器を仕掛けましたっ」

「ナイス!」

「ふふーん」

「まさかこの私が情報収集でジェーンに後れを取るなんて」

「それにしても、そんな道具持ってたんだな」

「ミズハの発明だよ」

「結局ミズハさんかよ!」


 何でミズハが悔しがっているのか分からないが情報が入るなら何でも良い。

 スクロールされる情報を見ていけば今回の仕事についてコウリンたちが知らない事も書かれていた。


「『不穏分子を一網打尽にする』『残党に小さな事件を誘発させる』『SNSの情報操作を試す』。何だこりゃ」

「今回のアケボシ本社ビル襲撃事件はテロリストをアケボシが利用した実験だったのよ。特にSNSの情報操作と残党の犯罪誘発はアケボシの人心掌握実験の肝みたい。そもそもテロリストが生まれるように数年前から意図的に社内外で締め上げしてたみたいだけど」

「締め上げって?」

「社内向けなら社員が自主退職するように左遷や苛めを誘発、社外なら適当な企業を吸収してリストラしたりよ」

「人の生活を破壊するって事ですか。胸糞悪い」

「青いわねぇ。ま、企業連盟以外でも多かれ少なかれ有るわね。ああ、あと人体実験も有るわよ」


 スクロールされた資料には人体にアイコンを埋め込み脳と直結する技術の開発計画が書かれていた。


「ステルス忍者が捕獲したのかな?」

「違うみたいよ。本社ビル襲撃の後にSNSでテロリストの新たな集会の情報を流して引っ掛かった人を捕獲したみたい」

「マジでやりたい放題かよ」


 思わず溜息を吐いたコウリンだが気にしているのは彼だけだ。

 女性陣は何かを気にする素振りも無い。


「流石は大企業だねぇ。私の体については分かった?」

「そっちの情報は無いわね。ただアケボシの情報操作とは別口で集まったテロリストが居るわね。場所は倉庫街、日付も一致するわ」

「ほぼ決まりだと思うんですけど、なんか有るんですか?」

「ミョウジョウのソフトでも解析できないレベルの変成器や画像処理が行われてる。それにジェーンに倉庫街集合の仕事を持ってきた情報屋が消されたわ」


 そう言ってミズハが映したのは少し前の死亡事故ニュースだった。下水道に車と衝突した形跡の有る男の死体が落ちていたという内容だ。車の情報は無く警察の捜査も進んでいないらしい。


「これね、捜査妨害というか圧力が掛かって現場は満足に動けてないみたい」

「警察上層部に圧力が、ってドラマだと思ってました」

「大企業でも滅多に聞かないわよ。事件になんてしないから」

「もっと酷い話だった!」


 警察すら知らない隠蔽の話だった。

 そもそも国、行政という枠組みが形骸化した時代に警察が知らない事件など山ほど有るだろう。民衆は近くで事件が起きれば警察を呼ぶがそれは自分の肉盾にする為だ。


「まあ警察が頼りになるとは思ってないですけど、何で情報屋1人に圧力が?」

「さあ? それが分かれば困ってないわよ」

「警察で車の塗料とか分かってないかな? あとは整備工場の記録とか?」

「まさにそこね。現場でもその捜査ができなくて困ってるみたい」

「そんな素人考えでも思い付く場所で止められてんのかよ」

「まともな捜査ができれば簡単に犯人が分かる程度の状況なんでしょう。つまり、運の良い記者とか少しでも事件に関わっている人間なら事情を知っててもおかしくないのよ」


 呆れた様子で溜息を吐くミズハが新たに何かの情報をディスプレイに表示した。情報屋の死体発見時の状況と周辺の自動車整備工場の記録だ。

 車の塗料は青系だがこの周辺では珍しい物らしい。その塗料を含めて修理の情報が有る整備工場は1つだった。


「ここで、従業員のメカニカントの情報から現場の様子を確認してっと」

「そっか、ミョウジョウってメカニカントに力を入れてるから」

「場所が分かればミョウジョウ製メカニカントの使用者が居るかなんて丸分かり。整備工場なら周辺を探索するタイプのメカニカント手術をしてる社員も多いでしょう」

「……それ全部監視できるんすか?」

「できるわよ。街中に動く監視カメラが有るようなものよね。ホームビデオから恐喝ネタまで全部筒抜け。ドラッグ、性犯罪、テロ計画。隠しておきたいならノーメカニカントの生身だけで直に会って話して貰うしかないわね」

「……アイコンもダメですよね?」

「ミョウジョウじゃない企業が情報握るだけね」

「情報社会って怖いよね」


 今、額に上げているアイコンを通してどこかの企業が情報を得ているのだろうか。


「ま、この屋敷にミョウジョウ家の情報は無いから庶民のアイコンは気にしなくて良いわ。ジェーンは私の個人的な研究でミョウジョウの利益とは関係無いし」

「うっ」

「それにアイコンもメカニカントもどれだけ普及してると思ってるの? 調べたい事を絞らないとソフトでソートを掛けるのも無理よ」

「ほっ」

「でもジェーンとの夜はムカつくわね。流石高校生、良い体力してるわ」

「きゃー、ミズハのエッチー」

「待て待て待て見んなよ!」

「好きで見る訳ないでしょ。メンテナンスで体の接触記録とかで大体分かるの。はぁ~、ムカつく」


 指を組んで伸びをするミズハの手を掴んでジェーンがストレッチを手伝った。

 その横でコウリンが顔を赤くしている。

 何となくこの状況が今後も続きそうでコウリンとミズハは溜息を吐いた。


「そう言えば今日は生の肉が手に入ったらしいわ」

「え、合成肉でなく?」

「ええ。シェフの友人が育てていた豚が食べれるまでに育ったそうよ」

「豚!? やった!」

「これも不思議なのよね。機械の体でジェーンに好みが有るの」

「味覚を再現したんじゃないんですか?」

「一応ね。ただ、分かり易い言い方をすれば人体に悪影響な物質かどうかを判別する為の機能なのよ。人間みたいに脳内快楽物質が分泌される機能は無いの」

「え、それでも好きな物が有るって、え、何でです?」

「それが分かれば私は全身メカニカントの元人間、ではなく機械生命体を作り出せるように成るわね」


 この時代に言うのはおかしな話だが、それは神の御業だ。

 そんな神の御業手前のジェーンは、2人の視線に気付かず豚肉を楽しみに涎を垂らしていた。

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