第18話 襲撃者

 離れていくコウリンをステルス忍者は気にしなかった。視線を向ける様子も見せず標的はジェーンだと無言で示している。

 ジェーンへの距離を詰めながらも短い言葉を挟む。


「ふぅん、私狙いなんだ」

「あの少年は別のが追う。まずはお前だ」


 体格から意外でもないが若い女の声だった。ジェーンと違って舌足らずさも無いので背格好の通りに20前後の若い女なのだろう。

 ステルス忍者の言葉を信じるならコウリンの逃げた路地には別の刺客が待ち構えているのだろう。だがその程度は自力でどうにかして貰いたい。


「素人を巻き込んで、悪女だな」

「義賊のつもり?」


 ジェーンの指摘と同時に距離が詰まりステルス忍者が拳を繰り出した。初手から大振りで力任せの顔面狙いだ。

 ここまで見え透いた攻撃をする裏家業の人間は普通ではない。特に10人規模のテロリストを警察や報道関係者に気付かれずに虐殺するなら隠し玉が有る。


 ジェーンは大振りの拳に対して大きく体を傾けて歩調を緩めずに擦れ違う。

 即座に地面を削るブレーキを掛け首から振り返ればやはりステルス忍者の拳は変化していた。

 前腕部のスリットが翻るように展開して6本の爪が拳を囲むように突き出されている。拳の振りに合わせて展開した事を考えれば攻撃範囲は非常に大きいだろう。


「忍者らしいね」


 言いながらもジェーンは振り返る勢いを乗せた蹴りを放つ。コンパクトな回し蹴りの狙いは拳を振り切って無防備なステルス忍者の脇腹だ。

 大振りな拳を放ち回避姿勢を取れないステルス忍者は多少身を捻る程度の抵抗は見せたが蹴りは直撃した。


 連盟企業の一角、ミョウジョウが惜しみなく技術を注ぎ込んだ全身機械が生み出す蹴りは人の肉体を爆弾で吹き飛ばすように砕く事ができる。

 ジェーンは蹴りの直撃と同時にステルス忍者の上半身が吹き飛ぶと思ったが、金属の塊でも蹴った様な感触と共にステルス忍者は地面を滑って蹴りの衝撃を受け切った。


「へぇ、防御方面もなんか仕込みが有るんだ?」

「噂通りの馬鹿力。私じゃなかったらケチャップだ」


 仕込みの正体は分からないが黒コートが最有力候補。裏家業で防弾防刃など当たり前。特に布面積や厚みを稼げるコートはポピュラーな装備だ。

 ただジェーンの知識の中に衝撃まで完全に殺せる防弾防刃装備は無い。

 叩き続ければ勝ち筋は有ると判断して下手に距離は取らずに肉薄する。


「ちっ」


 舌打ちするステルス忍者の反応で衝撃までは防ぐ事はできないと判断する。演技だった場合はその時、疑念は意図的に切り捨てた。

 左拳でコンパクトにジャブを放ち牽制する。ステルス忍者が右手に展開したままの6本爪で防御するが構わず拳を叩き付ける。皮膚に傷ができない事を確認しつつ右ストレートを爪に打ち込みガードを吹き飛ばす。


「馬鹿力がっ」


 上に弾けたガードを潜るように身を低くして左フックで右脇腹を打つ。やはり金属板を叩いたような感触が返ってくるが気にしてはいられない。

 続けて右フックを放つがステルス忍者が身を引くして距離を詰めて来た為、体の左側全体でフックを受け止められた。


 蹴りどころか拳でも近過ぎて振るい辛い超近距離だ。

 だがステルス忍者は右腕や黒コートに仕込みを入れているメカニカント。超近距離でも手札が有る。

 振り被る事も無く踏み込みだけで左肘をジェーンの右半身に近付けた。同時に左前腕に仕込んだ武装を展開、肘の先端から手首の付根まで続くスリットが開いてバネ仕掛けの薄い刃がジェーンを切り裂く。


 ジャケットとトップスを纏めて切り付けた刃だが、ジェーンの皮膚の硬度には通じず金属音を響かせバネの勢いを利用してステルス忍者は後退した。


「お気に入りなのに!」

「そんな硬い体で少年を満足させられるのか?」

「残念でした~、ちゃんと柔らかいよ」


 距離ができた事で軽口を叩きつつジェーンは指で自分の頬を突き人間らしい肉の柔らかさが有る事を示した。

 マスク越しでも分かる程に驚いたステルス忍者だが直ぐに肩の力を抜いた。


「ズルいな。普通は硬くするか上に着るかしかないのに」

「ふふーん、良い技師が居るからね」


 得意気に胸を張るジェーンだが気を緩めてはいない。思い付きで忍者と言ったがその通りに体中が武器のようだ。

 ステルス忍者は黒コートが防御装備だと隠す気も無いらしい。溜息を吐きながら黒コートの裾を摘まみ上げてから軽く払った。

 右手の6本爪、左手の仕込み刃。

 両手の武器を軽く払い、体の力を抜いて直立する。

 警戒しているジェーンの視線を置き去りにする速度で右に跳び、ガードの間に合わない速度で殴り掛かる。


「なっ!?」


 速過ぎてステルス忍者も制御できないが、今回は偶々ジェーンが構える左腕を擦り抜け顔面に右拳を突き刺した。拳ではなく6本爪が先にジェーンの顔面を捉えるが、やはり傷を付けるには至らない。

 拳の衝撃で後退するジェーンを追撃したいがステルス忍者も着地に精一杯だ。


「これで傷が付かないって、どんな皮膚だ?」

「そっちこそ、その速度は何? 目の前から完全に消える速度なんて、普通じゃない」


 コウリンに抵抗された時は目で追う事はできた。一般人に対する油断と驚きで体が鈍り偶然に不意打ちとして成立しただけだ。

 だが今回は違う。

 油断せずにステルス忍者を警戒していても完全に見失った。


「企業秘密だ。切り札の種明かしは普通しないだろう?」

「それもそっか」

「さて、お前を殺すには手持ちの武装では威力不足だ。少年を助けに行くなら止めないぞ」

「その足使われたら追い付けないんだけど? わざわざ聞く?」

「チャージ中かもしれないぞ」

「コスト考えないでエネルギータンクストックしてたらチャージなんて要らないよね」

「ふん、面白味の無い奴だ」


 肩を竦めたステルス忍者が両手の武器をスリットに仕舞う。

 軽くブーツの位置を整えるように爪先で地面を数回蹴り、1度だけ強く地面を蹴る。

 それだけでジェーンの視界からステルス忍者の姿が消え、今度はジェーンに何の変化も起きなかった。

 どれだけ意味が有るか分からないまま周囲を見渡したジェーンだがステルス忍者の奇襲は無い。ただ路地の奥から車の音や喧騒が聞こえてくるだけだ。


「あ、お兄さん」


 ふと思い出してジェーンはコウリンを追って路地に走り出した。

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