第17話 初心忘るべからず

 カレンに情報を貰ったコウリンとジェーンは同じネオ新宿という事でアケボシ本社ビルが見える路地に来ていた。

 襲撃事件から1ヶ月も経っていないので本社ビルは修復工事中だが通常営業に戻っているようだ。

 数は少ないが警察も見えるので不用意に近付く訳にはいかない。


「ね、ねえ、バスケコート、見に行かない?」

「了解。てかどしたんだ? 妙にしおらしいってか、大人しい?」


 カレンの研究所を出てからジェーンの様子が可笑しい。普段と違ってコウリンに引っ付かないし言葉1つ1つに詰まって心ここに在らずという感じだ。


「あ、あんな告白されて、普段通りで、居られる訳ないでしょ!」

「告白? ああ、『どこまでも付き合う』って辺りか」

「それ! 何でそんな平然としてるの!」

「いやもう決めた事だし」

「それだけで切り替えられるの!?」


 そう言われてもコウリンはそれで切り替えたのだ。おかしいと言われても今更変えられない。


「ミズハさんにも脅されたしな。命の危機は今更というか、最初にオレを殺そうとしたのジェーンだし」

「それはゴメンだけどさぁ、こう、心の準備が」

「別にジェーンの気持ちは待てるぞ? お互い子供で今直ぐ何か有る訳じゃ無いんだし」

「お、おおう。覚悟決まっちゃってる」

「ふふーん、オレは覚悟のできる男なのさ」

「何言っちゃってんの?」


 思ったよりも冷たい声で返されコウリンは顔を赤くして凹んでしまう。路地に居るから人に見られないで済んだのは幸運だった。


「ともかくバスケコートだったよな。こっちだったか」

「2人が出会った場所に行くんだね」

「いきなりロマンチックだ」

「言っておいてなんだけどさ、ロマンチックにしては血生臭いよね。本当は血の海にする予定だったし」

「オレは後から知ったからノーカン」

「都合良い事言ってる」


 少し調子が戻ったのかジェーンはいつもの笑顔を浮かべてコウリンの横に並んだ。

 警察と遭遇しないように少しだけ遠回りにバスケコートに向かえば無人だった。このバスケットコートは深夜徘徊している者たちの溜まり場なので日中には無人な事が多い。


 ジェーンの目でルミノール反応を見る事ができるので見てみれば、辺り一面に血液反応が出た。バスケコートだけでなく壁にまで血液の痕が有り10人規模の人間がここで死んだのだと想像が付く。


「誰か私の後にここでテロリストを皆殺しにしたんだ」

「マジかよ。ここで?」


 コウリンが見る限りこのバスケットコートに死体の気配は無い。壁が少し割れていたり、扉に蹴られた痕が有ったりと喧嘩の痕跡は見えるが、あくまで喧嘩の範囲だ。

 だが実際にジェーンが見たルミノール反応の様子を聞けばここで人が大量に死んだ事は明白だった。


「ジェーン以外に、殺し屋が雇われてた?」

「前に可能性だけ話したね。私1人でテロリスト全員は流石に数が多過ぎって」

「あ、ああ」

「ふふ、ビビっちゃった?」

「そりゃそうだろっ。オレ、人が死んだところは見てもこんな、こんな場所でほとんど虐殺だろ。そんなの、見た事ねえよ」

「裏家業でもここまで大規模なのは普通じゃないよ。まあ、単純にそんな目立つ依頼する人が居ないって話だけど」


 ジェーンは別にコウリンを慰めたい訳では無い。ただ裏家業に関わるなら現実を知って欲しいだけだ。

 深い息を吐いたコウリンが自分の頬を両手で挟むように軽く叩いた。

 それで少しだけ気分を切り替え集中する。


「何か調べるセオリーとか有んのか?」

「へぇ、続けるんだ?」

「当たり前だろ。お前が調べるの、手伝うって決めたんだ」

「分かってる? 私、誰かと殺し合いに成るかもしれないの?」

「……ああ」

「ま、両足にあんな切り札仕込んでるなら殺し殺されも考えてて不思議じゃないか」


 小さく息を吐いてジェーンもコウリンを試す事を止めた。今どれだけ言葉を尽くしてもその時が来なければ答えは出ない事だ。


 虐殺現場に特にセオリーという物は無い。ジェーンが言った通りそんな目立つ依頼は滅多に無いのでセオリーが確立していないのだ。

 なのでジェーンがルミノール反応で、コウリンがその他の視認モードで周囲を見て異常が無いか探す事に成った。


 ただここは都会のエアポケット。目立たない場所だからこそ好きに調べ物ができるが奇襲を受ければ逃げるのにも工夫が必要に成る。


「という訳で、手を繋ぎます」

「ん、了解」

「恥じらって! 少しは私の緊張に合わせて!」

「バックアップ作った時に手握ったじゃん。あ、やっぱ無し」

「ん?」


 何かを考え直したコウリンは自分の両手をズボンで拭いてジェーンに好きな方を取れと前に出した。


「では、どうぞ」

「いや、何今の」

「手を握りたいとは思ったので『じゃ無しで』って言われる前に引っ込めました」

「正直! 男の子って皆こうなの?」

「他のヤツの恋愛事情なんて知らねえって」

「いや学校で恋バナとかは?」

「するけど女っ気無いのばっかなんだよ。だから恋バナってギャルゲーの話ばっか」


 途端にジェーンが溜息を吐いてコウリンの両肩に手を置いた。

 正面から見つめ合う、という雰囲気ではなく心配されているようだ。


「女の子に優しくする方法、私で覚えていってね」

「何かバカにされてないか?」

「ううん、違うよ。これはバカにしてるんじゃないんだよ」

「待って、同情とかもっと嫌なんだけど!」

「うんうん、そうだね。身近に女の子が居なかったんだもんね、しょうがないよね」

「おい待て止めろ心を刺さないでお願いだから!」


 コウリンに振り回された事も忘れてジェーンは小さい男の子に情緒教育する気分だった。静かにコウリンと手を繋いで奇襲に備えつつ周囲の探索を始める。

 そんなジェーンの態度で物凄く傷付いたコウリンはショックを受けながらもアイコンを操作した。視認モードを適当に切り替えて周囲を見渡し何か異常が無いか確認していく。


「とは言っても簡単に見つかったら苦労は無いよな」

「そりゃね。実を言うと何か見つかるってよりも別の事に期待してるし」

「うん?」

「来た来た」


 言いながらジェーンはコウリンを強引に引っ張って背後に移動させると手を放してファイティングポーズを取る。

 何を言っているのか分からなかったコウリンだが頭を切り替えた。ジェーンが戦闘姿勢を取っているという事は戦闘の可能性が高いという事だ。


 ジェーンの視線の先で空間が歪んだ。

 空間に目視できる小さな電気が連続で走り人型を取るがその奥が見通せる。


「光学迷彩!?」

「動いたり長時間展開すると帯電しちゃうのが難点だよね」


 見つかっている事は理解しているらしく人型は迷彩を解除した。

 分厚い黒コートで帽子を目深に被りマスクによって体格も人相も隠している。辛うじて身長から女かとも思えるが子供なら男女の差は分かり辛い。


「こ、これは、ステルス忍者!」

「え、何だそれ」

「知らない? 光学迷彩と体術を多用するステルス忍者。お父さんのやり残した暗殺を子供が引き継いで頑張るアニメ」

「うん、現実の話をしような」


 まさかアニメの話に成るとは思っていなかったコウリンだが、意外にもステルス忍者は気を良くしたのか小さく頷いている。


「まさか成りきりさんか?」


 ステルス忍者の肩が小さく震えた。指摘されるのは嫌いらしい。


「お兄さんは逃げて。足の確保よろしく」

「っ、了解」


 小さくステルス忍者が歩を進めてファイティングポーズで2人を威嚇する。

 その姿勢に合わせてジェーンが指示を飛ばしコウリンが素直に従う。

 足裏の電磁石を起動したコウリンが地面を蹴った瞬間にステルス忍者がジェーンに向けて踏み込んだ。


 皆殺しの主犯と仮定してジェーンはステルス忍者に向けて駆け出した。

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