第16話 新たな取引先2
ジェーンのノルマが終わり彼女が着替えるとカレンからお茶の誘いが有った。カレンとカイの休憩も兼ねているらしくコウリンの参加も許されたので4人で1階に向かう。
「1階が居住スペースだったのか」
「このアパート丸ごとカレン先生の持ち物だからね」
「スゴ。安くないだろうに」
「むしろ研究所の設備の方が掛かったわね。2階と3階を吹き抜けにするのに強度の問題が有ったし」
「そっか、広いスペースを取ろうとすると柱が邪魔なんだ」
「建築物の内側に貼って強度を補強する壁を作ってて良かったわ」
1階も本来ならアパートらしく複数の部屋に分けていた壁を取り払った物だった。ただ2人で暮らすにはスペース広くなり過ぎるので3部屋分の壁を取り払っているようだ。
カイが鉄筋コンクリートに不釣り合いに綺麗なシステムキッチンで紅茶やクッキーを用意するというので3人は来客用の席に着く。
先にクッキーとジャム、3人分のスプーンが机に置かれた。
「んで、何でジェンちゃんはこんなクソガキを連れているのかしら?」
「えっとねぇ、家荒らされちゃっただろうからお兄さんの家に居候してるんだ」
カレンがジャムを掬う為に手に取ってたスプーンを指の力だけで折った。
「そう、そうだったの」
「えっと、カレンさん?」
「ジェンちゃんが私の娘に成ってくれないのは、やはりお前のせいかクソガキィ!」
「完璧に濡れ衣だ!」
「義母さん、新しいスプーンを出しますけど折らないで下さいね」
「あらカイ、ありがとっ」
「温度差! 少しはテンション保って!」
思わず叫び返したコウリンだがジェーンは慣れているのか呑気にスプーンで掬ったジャムを口にして美味しそうに笑っている。
「ちっ。で、何がどうしたらそんな事に成るのかしら?」
「最近の爆破事件知ってる? 3件連続してるやつ」
「そりゃ毎日ニュースでそればっかりだもの。お客との話題でもよく出るわよ」
「1件目でお兄さんの事、私が巻き込んじゃったんだよね」
「それはご愁傷様ね」
「で、2件目も多分私絡みで、3件目はお兄さんと現場に居たんだよね」
「あら、意外と修羅場は見てたのねアンタ」
「1件目と3件目だけですよ。修羅場って言うには足りないと思います」
「1回だろうが100回だろうが修羅場は修羅場よ。ジェンちゃんと比べて足りないのは当然。調子乗って本職に張り合ってんじゃないわよ身の程知らず」
コウリンの存在は認められている訳ではないが、経験は認められているらしい。
何と答えれば怒られなかったのかは分からないが言われた事は最もだと思いコウリンは素直に頷いた。
「ふん。その事件、私の所に話が来てるわ。爆弾の破片解析だけどね」
「え、言っちゃって良いの?」
「警察が発表した内容でテレビだと端折られてるけど、ネットで全文見てみなさい。1件目は主犯ぽいし良いわね。2件目は技術レベルが高過ぎてよく分からないわ。3件目は素人の模倣犯でしょうね。入物がただのプラスチックケースだったわ」
「やっぱりかぁ」
事前にミズハが集めた情報に合致する。複数の方面から調査して同じ結果が出ているなら信憑性も高いだろう。
「ついでに3件目は動物が使われてるわね。破片から鼠の肉片が出たわ」
「倉庫に住み着いてたんじゃなくて?」
「ええ。ワイヤーで括り付けたりしたんでしょうね。多分、背負わせた爆弾から餌が顔の前に吊るされてて、餌の向きを遠隔操作して鼠の移動をコントロールしたんだと思うわよ」
「うわぁ、愉快犯てそこまでするのかよ」
「だから愉快犯なのよ。模倣は悪い事じゃないけど人様に迷惑掛けてんじゃねえって話よ」
素直に同意できたのでコウリンとジェーンは深く頷いた。
紅茶の用意ができたらしいカイが配膳を終え席に着く。
「それにしてもジェンちゃんが男の家に居候ねぇ。やっぱり生皮」
「ジェーン、オレ先に帰るわ命が危ない!」
「あ、お兄さんが帰るなら私も~」
「まあまあ2人とも冗談よ紅茶くらい飲んでいきなさいなオホホホホ」
「指が骨の隙間に食い込んで離れねえ!?」
手首をホールドされて逃げ切れないコウリンだった。
「そもそも、コウリンさんは裏の世界にどこまで浸かるつもりなんですか?」
「特に区別してないな」
「何よソレ。半端な覚悟でジェンちゃんと一緒に居るっての?」
「ジェーンが行きたいならどこまでも付き合うし、戻りたいなら引き上げる。そんなつもりです」
「うっわ、思ったよりも甘いんですね」
「どうせ甘いよ」
「ま、覚悟なんて他人が測っても意味無いしどうでも良いわ。ジェンちゃんを泣かせたら殺す。それだけ分かってくれればそれで良いわ」
「大丈夫です。ミズハさんからも似たような態度取られてます」
「あら、安心ね。その時は喜んで手伝うって伝えて貰える?」
「謹んでお断りします」
「お得意様予定を相手に強気ね」
「生皮狙う人に遠慮しませんよ」
睨み合ってみるがカレンの眼力が強過ぎる。
しかし会話の節々でジェーンが顔を赤くしていく。
その姿に溜息を吐いてカレンは諦めた。
「ま、私がジェンちゃんの気持ちを測るのもお門違いだしここまでかしらね」
「義母さん、良いんですか?」
「どうせ最後はジェンちゃん次第よ。言った通り泣かせたら殺す。それだけ決まっていれば良いわ」
「安心しろよカイ君。俺はジェーンを泣かせないから」
「はぁ、これよ。そろそろジェンちゃんも限界だしこの辺にしておきましょう。はい解散解散」
そろそろ顔が真っ赤なジェーンが可哀そうだ。彼女の場合、冗談でなくオーバーヒートに成る。
さっさと連れて帰れと手を振るカレンに頭を下げてコウリンはジェーンを連れて退出していった。
「まさかジェーンさんが誰かと住むとは思いませんでした」
「そうね。表情豊かに成っちゃって。私のお陰じゃないのが悔やまれるけど」
「真面目な話、大丈夫でしょうか?」
「どれだけ心構えしていようが準備していようが、大丈夫なんて無いわよ。いつだって理不尽は急にやってくる。カイに言う事じゃなかったわね」
「いえ。僕は義母さんに拾って貰えて幸せですから」
「ふふ、ありがとう」
紅茶で口を潤し、ジャムをクッキーに塗って甘みを堪能する。
「ジェーンさんはどうしてミョウジョウ家に留まらなかったんでしょう?」
「そればっかりは分からないわね。本人にも分からない事も有るでしょうし」
「自分でも、分からない」
「人間というのは、自分の状態を言語化する事で初めて自分の状態を理解できる。そんな学説が旧世紀に有ったらしいわ」
「そんなに昔から有る学説だったんですか」
「まあ反対の学説も有ってケースバイケースだったらしいわ。たしか『肩凝り』という単語が無い国の人間は自分が肩凝りだと認識できないって話が有ったそうよ」
「……人間て不思議ですね」
「自分の事なのにね」
小さく微笑んで親子は『人間とはどのような生き物か』について意見を交わし始めた。
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