第13話 倉庫街の情報
悲しいドラマを観れば悲しいし、お笑い番組を見れば腹を抱えて笑う。
当たり前の事を当たり前に感じるのは体力が要る。
日常で様々な事に体力を使い切った果てに感情が擦り切れ、より強い刺激でなければ反応できなくなる。
「と勝手に思っていましたよ」
「そのパターンも有るだろうけど、他にも人間が壊れる理由は一杯有るわよ」
溜息を吐きながらミズハはデスクトップ端末のキーボードに指を走らせる。ここ200年で視線誘導と声帯入力が主流に成りキーボードを使用する者は減った。それでもミズハは入力している感覚が好きでキーボードを愛用している。
今行っているのはジェーンのメンテナンスだ。
同席しているコウリンは先週からミズハの家政婦を始めたので不法侵入ではない。
ジェーンは素っ裸で培養槽に入っているのでコウリンは目を逸らしているのだが、ジェーンからすれば今更とも思ってしまう。
「初心ね」
「オレ、男子高校生」
「なるほど、これが男子高校生の生態なのね」
ジェーンの全身メカニカントにはナノマシンによる劣化防止処置が施されている。その為、壊れさえしなければ半永久的に体を維持できるのだが、それは理論上の事でしかない。
全身メカニカントは現状で世界的にも例が無く、有ったとしてもジェーンのように秘匿されている。設計者であり製造者であるミズハも想定していないエラーが起きる可能性も有る。
大事な友人の人生を自分の油断で壊してしまう事をミズハは恐れている。
だから定期的にジェーンのメンテナンスを行うし、少しでも確実な改良案が有ればコスト度外視で提供する。
「あの、オレも丸裸にされたりするんですか?」
「アンタの体で見るべき所なんて1つも……パイルバンカーはちょっと珍しいかしら?」
「足湯程度でお願いできませんかね?」
「下半身全部よ。使用時に太股の姿勢制御サスペンションが作動するよう作られてる。バランサーの設定は中々のものだわ」
「いつ見たんですかエッチ!」
「技師の端くれなら外からでも読み取れるわよ。ガワだけ見てここまで分かるなんて、解析したら止まらなくてアンタ剥製にするかも。それか技師を捕まえてくるかも」
「オレは研究材料じゃねえよ!」
ついでに言えば技師は恩人で変態金持ちに捕まるのは目覚めが悪いのでコウリンは黙秘する事にした。
黙っていればバレないと思っているコウリンだが、その様子を見てミズハが嗜虐的な笑みを浮かべた。
「金持ちの情報収集能力、舐めてると痛い目を見るわよ。本気に成ればアンタが黙ってても調べられるわ」
「さ、流石は企業連盟」
「そんなお金持ちから有力情報よ」
「は?」
そう言いながらミズハがキーボードに指を走らせるとコウリンのアイコンに着信が入った。送信者はミズハで先週にやらかした倉庫街の情報だ。
ニュースに成った爆破はやはりジェーンの肉体で同時に複数の人間の肉片が確認されていた。逆に2人がやらかした日の情報は少なく爆弾は素人でも集められる材料で作られた簡素な物らしい。2回目の爆破地点は既に警察が調べ終わった倉庫の中央で誰かが忍び込んで新たに設置しない限り見落としも考え辛い状況のようだ。
「さ、流石はお金持ち」
「無様を晒してジェーンに失望されたりしないかしら」
「アンタ本当にジェーン大好きだな!」
「当たり前よ。あの子に『お兄さんっ』だなんて呼ばれてる奴、あの子のお気に入りじゃなきゃ東京湾に沈めてるわ」
「怖っ! お金持ちの嫉妬怖っ!」
「アタシだって『お姉ちゃん』て呼ばれた事無いのに!」
「頼めば呼んでくれそうじゃね?」
「自主的じゃなきゃ嫌」
「我儘か!」
金持ちの考える事は分からないと溜息を吐いてコウリンは資料に目を通した。
ただコウリンは荒事の素人だ。正直に言えば調査報告書を見ても半分程度しか理解できない。爆弾に使われた火薬の成分など見ても意味が分からない。
少ししてジェーンのメンテナンスが終わり、以前にコウリンが見た通り黒いタールの培養槽が透明の液体に入れ替わっていく。
相変わらず視線を逸らしたままのコウリンを微笑ましく思いながらジェーンは培養槽の横に置いておいた服に着替えた。
「いやぁ、ミズハってば結局調べてくれたんだ」
「使えそうな情報は無かったけどね。倉庫街の監視カメラは意図的に止められてた」
「マジかよ」
「お~、流石は爆弾使うような相手だね」
「呑気か」
「想定してたからね」
「だから直接見に行ったのよ」
「な、なるほど」
裏家業に関わっている時間が違い過ぎる。今までの人生経験の差も有って根本的な部分で行動原理や思考回路が異なるようだ。
「事件現場の情報からプロファイリングでもしましょうか?」
「意味有るかな?」
「何とも言えないわね。勘だけど模倣犯の可能性の方が高いんじゃないかしら」
「模倣犯って、何のだ?」
「アケボシ本社ビル襲撃か、倉庫街の爆破か。大きな犯罪の後って模倣犯が出るものでしょ」
「あぁ、なるほど」
「失礼しちゃうよね。爆弾使うならド派手で調べるのも大変な物を使わないと」
「待ってお姉さん、規模で張り合わないで」
思わずツッコミを入れたコウリンだがミズハまで不思議そうに首を傾げるので頭を抱えたくなった。
「なあ、もしかしてジェーンの自爆装置が倉庫1つ完璧にぶっ壊せたのって」
「ド派手にする為に決まってるじゃない」
「キタねえ花火だぜっ、てね」
「物騒過ぎるんだよ!」
やはり根本的に考え方が違う。
工業高校に通うコウリンからすれば爆弾は手段であり目的に合わせた威力である事が重要だ。威力や規模が大きければ良いという考え方は理解できない。
「この人たちのお陰で警察から逃れられたのかぁ」
「何? 不満?」
「滅相もございません」
「よろしい」
「また2人で分かり合ってる」
「そう見えるかこれ?」
「ジェーンの嫉妬か。悪くないなぁ」
「ちょっと欲求不満じゃねえかなこの人」
「お兄さんと知り合ってからミズハってばよく笑うように成ったんだよ」
「理由が嫉妬てどうよ?」
思わず溜息を吐いたコウリンだがジェーンは嬉しそうだ。ミズハは少々困った顔をしているがジェーンが嬉しいなら構わないらしい。
「言っておくけどヤマタノオロチのでも警察を抑えるのはそれなりに苦労するのよ。企業連盟の中でどんな役割を担っているのか、それぞれに得意分野が有るの」
「うへぇ。ミズハ、長い話に成るなら食堂に行こうよ~」
「待って、落ち着ける場所だと話聞かないとじゃん授業と変わらないじゃん嫌だよ!」
「学生の本分でしょう。大人しく聞きなさい」
「あ、定時終わった。今日はこれでお暇します! ごきげんよう、また次のシフトで!」
「何? あ、こいつ無駄話で時間引き延ばしたわね!」
「それじゃ私も帰ろっかな~」
「ジェ、ジェーン? 今日はシェフに力入れさせてるし食べていかない?」
「あ、ご馳走に成ります」
「お前は呼んでねえよ!」
「う~ん、折角美味しいなら3人で楽しく食べよ」
「くっ、ジェーンがそう言うなら」
「ジェーン、恐ろしい子」
「ふっふーん」
ミズハについて困った事が有ればジェーンを利用する。
そう心に決めてコウリンは前を行く2人の後に続いた。
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