第11話 倉庫街警官突破戦2

 コウリンと別れた直後からジェーンは足を止められない。常に走り回っていないと即座にパトカーの攻撃範囲に入ってしまう。

 違法な銃器を腕に仕込んでいるが射程はデリンジャーより少し長い程度だ。空を自由に飛び回りマシンガン斉射を行うパトカー相手では役に立たない。

 屋上から屋上に飛び移り続け3台のパトカーに囲まれない位置を探し回る。屋上の窓から倉庫内に入る事も考えたが周囲をパワードスーツに囲まれる方が危険だ。


 そう思っていたところでパワードスーツが1体、ジェーンを追わない方に走り出した。

 コウリンに向かったのは分かるが1体くらいはどうにかして貰いたい。


……不意打ちスタンガンがラッキーかアンラッキーか、試させてもらおっかな。


 居候先を用意してくれた事は感謝している。自爆した後にミョウジョウの家に端末を届けてくれた事も感謝している。

 命を続ける事、命を繋ぐ事に見合った報酬は払ったつもりだ。コウリンが居候先を用意し続けてくれる間は追加報酬だって払う。

 だが自分からジェーンの世界に踏み込んでくるなら自衛はしてもらう。

 その試練を超えられるなら本物だ。


……女の子の体を再現してくれたミズハには感謝だね。


 銃声に近い轟音が響く。少し囲まれた空間で発火した火薬の轟音と共に倉庫が1つ斜めに傾いた。続けて倉庫街の外に近い倉庫が小さく傾く。

 恐らく最初の破壊はコウリンが足に隠しているつもりの切り札だろう。表世界の少年が仕込むには物々しい切り札だが出し惜しみするタイプではないらしい。

 少し感心した。


 逃げるだけならパトカーと戦う必要は無い。ただ相手に警戒心を抱かせないと強引に包囲されてしまう可能性が高い。脅威が無い相手に対してなら多少強引にでも動いてしまった方が安全に拘束できる。

 だから何かしらの攻撃は必要だ。


 前提としてパトカーの装備は全て人間が操作している。人間以上の速度で動けるジェーンがその速度の範囲で動き続ける限りパトカー単体から被弾する事は無い。

 だが人間を始めとする集団動物は個体の能力の不利を数の力で覆して発展してきた。

 パトカー3台という数の力が、ジェーンという強大な個人を覆すに足るのかが勝負の分かれ目だ。


 屋上に転がる小石を拾い隣の倉庫へ跳躍すると同時に最も近いパトカーに投擲する。

 防弾装甲のパトカーを相手に小石では有効打には成らない。ジェーンの肉体が優れていてもそれは同じだ。


 だがパトカーを運転する警官は人間であり自分の周囲で強い衝撃が起きれば反射的に怯む。そして自分が安全な位置に居て相手よりも強い力を持っている事を思い出すと逆上し攻撃的に成る。


 今までは距離を取ってジェーンからの攻撃に警戒して回避できる余裕を持っていた。だが小石で攻撃されたパトカーだけが不用意にジェーンに迫ってくる。

 今までは20メートル近い距離を保っていたが攻撃し易くする為に10メートル程まで接近している。パトカーの装甲ならジェーンの攻撃も防げるとの算段も有る。


「犯罪者相手にちょーっと甘いかなぁ」


 屋上に複数有る窓から倉庫内に入り込み、パトカー内の警官に視認モードを変更させる。

 その隙に天井の鉄筋を掴んで少しだけ移動し、別の窓から飛び出しパトカーに9メートルまで接近した。

 飛び出して屋上に着地する反動で体を大きく屈め、パトカーに向けて跳躍する。

 視認モードの変更には1秒以下だがラグが有る。

 倉庫内を見通す為の視界モードから通常視界に戻す為に掛かるラグを利用してジェーンはパトカーに着地した。


「こ、ん、に、ち、はっ」


 意図的に大きく口を動かして警官に挨拶しジェーンはパトカーのフロントを踏み砕いた。

 エンジンの電気、銃火器の火薬、姿勢制御の空気。

 フロントに納められている様々なエネルギーが連鎖的に破壊を引き起こす。それでも安全装置が働き重力に引っ張られて即座に落下する事は無い。フロント以外に納められた強烈なエアが自動的に吹き出されて墜落を防ぐ。


 そのパトカーを足場に跳躍し2台目のフロントを下から蹴り壊す。1台目と同様にエアが噴き出し墜落を防ぐ。

 突き刺さった左足を引き抜くように右足でフロントを踏み締め、屋上に向けて跳ぶ。

 2度も車という機械の塊に足を突き刺したにも関わらずジェーンの体には傷1つ無い。合成皮のブーツは相応に傷付いているが下に見える地肌は綺麗なままだ。


 たった数秒で3台のパトカーの内、2台が撃墜された。

 空だからこそ倉庫街の外からでもその様子は見える。何が起きたか細かい事は分からなくとも煙を噴き出してパトカーが地面に落ちていくのは見えてしまう。

 夜でも倉庫街に集まっていた報道関係者が騒ぎ始め、地上の警官の怒号が倉庫街に響く。


 その混乱を利用してジェーンは突っ走った。

 残るパトカーは1台。3台でも囲む事ができなかったのに1台で追いすがる事はできない。


 外を目指して直進するが、そんな分かり易い移動は先回りされる。

 倉庫街の全体に広がる警官たちがジェーンは人間では止められないと判断してパワードスーツを呼んでいた。


「そこじゃ止められないよ!」


 ジェーンが走るのは屋上だ。パワードスーツの機動性では屋上に跳躍する事は難しく、また屋上に登れても重量で踏み抜いてしまう。

 だから警官たちは倉庫街の包囲を広げジェーンが着地するだろう場所に展開していた。


……あらら、流石は旧世界で世界有数の捜査能力とか言われた組織だね。


 今もそのノウハウが活きているのかジェーンには分からないが世間で言われる程の無能で無い事も分かった。封鎖範囲の拡大、パワードスーツを主軸にする判断は咄嗟で行うにはそれなりの訓練と経験が必要だ。


 最後の倉庫を足場に跳躍して警官が展開する包囲の正面に着地する。

 地面に使われるコンクリートを踏み砕く事も、大きな音を響かせる事も無く自然に着地したジェーンに警官たちが息を飲んだ。


「違法メカニカント」

「なんだあの性能は」


 小さい呟きだがそれは確かに警官たちの本意だった。

 その声を聞き取ったジェーンが気を良くして笑みを浮かべると、それは警官たちには挑発的で狂気的な笑みに見えた。


 直ぐに変化が起きた。

 倉庫街から遠く離れた場所で照明弾が空に上がる。

 事前に決めていたコウリンからの合図だ。


……超えちゃったかぁ。


 この照明弾が上がったという事はコウリンが包囲を突破したという事だ。

 先程と違い、ジェーンが浮かべた笑みは小さい。

 直ぐに笑みを消し、走り出す。


「パトカー相手にできるんだ。今更パワードスーツ程度で止まると思わないでよね!」


 眼前のパワードスーツが腕を振り上げジェーンの速度に合わせて振り下ろす。

 その直前でブレーキ、左に跳躍、地面を蹴ってパワードスーツの右肩に跳び乗った。パワードスーツの頭部を片手で引っ掛けるように掴みパワードスーツの背後に向けて跳躍する。

 肩は前で頭部は後ろに向けた力を受けてパワードスーツがバランスを崩し、姿勢制御の為に搭乗者を無視してパワードスーツの足が暴れた。


 2体目を突破すれば後はジェーンの脚力で逃げ切れる。

 1体目を足場に跳び出したジェーンは2体目の腹を蹴り飛ばして仰向けに倒す。

 その腹を足場に跳躍して空中で身を捻る。空中に展開される不可視の電気帯の隙間を通り抜け警官の封鎖範囲の外に着地した。


「じゃあね~」


 雑に手を振って走り出し、ジャケットを翻したジェーンは警察の包囲を完全に突破した。

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