第10話 倉庫街警官突破戦

 屋上に跳び出したジェーンは抱えたコウリンを離さずに走り出した。直ぐにアイコンを電気帯が見えるものに切り替え屋上を走り爆発した倉庫から離れる方向に跳躍する。


「やっぱ気付かれた!」

「もう、邪魔しないでよ!」


 直ぐ隣の倉庫を確認する為に近付いていたパトカーが2人を捉えた。ライトを向けようとするがジェーンが早い為に間に合っていない。

 それでも地上や周囲のパトカーと連携は取っているらしく地上と上空の両方から銃口が向けられる。


「地上は拳銃ばかりだ!」

「威力の高い銃を使っているから油断できないけどねっ」


 メカニカントの恩恵で東洋人の体格でも腕部にパワーシリンダを組込み大口径の銃を扱う事が可能に成った。犯罪者も多くがメカニカント手術でパワーシリンダや鋼板を装備している。21世紀に採用されていたサイズの拳銃で現代の凶悪犯を相手にするのは威力不足だ。


 だが上空のパトカーも油断できない。

 数百年前のモラルハザードを境に警察の武装強化を止める方が凶悪犯の増加に繋がるという意見が主流だ。その為、パトカーには捕獲用の電磁ネットだけでなくマシンガンまで装備されている。


「一気に行くよ!」


 着地と同時にジェーンは思い切り体を屈めた。

 弓矢のような勢いで体を射出し、パトカー内でライトを操作する警官の処理能力を超える速度で動く。

 ただ、その速度はマッハとまではいかないが生身で受けるには速過ぎる。


「ぎゃああああああっ!!」

「ああ、ゴメン!」


 腰を抱えられているコウリンからすれば体が『く』の字に折れ曲がるかと思う勢いだ。ただそれだけの速度を出さないと警察の攻撃から逃れられない事も分かっている。

 しかしジェーンとしては気になってしまう。

 多少のリスクは承知で大きく跳躍し、警官もパトカーも居ない倉庫の影に着地してコウリンを降ろす。


「隠れて逃げて。スクーターに戻ったら信号弾よろしく!」

「待っ」


 コウリンの言葉も聞かずにジェーンは跳び出した。

 幸いパトカーや警官から見えた影は1つだったはずだし、高速で動いているので人を抱えていたとは思われていない可能性が有る。

 再び屋上に戻って跳躍を繰り返せば、地上で叫んでいる警官たちはやはりジェーンの事しか認識していないようだった。


 屋上に居れば地上からの射撃はほぼ受けない。問題は3台のパトカーから攻撃されないよう前輪付近に取り付けられたマシンガンの射線に入らない事だ。

 本当は欲張って爆心地の近くで情報を集めたいが今はコウリンを逃がすのを優先したい。


「さって、パワードスーツもパトカーも、追い付けるものなら追って来なよ」


 足場を制限された危険な鬼ごっこの始まりだ。


ττττ


 ジェーンに逃がされたコウリンも黙っている訳にはいかない。

 自分が邪魔に成っている自覚は有る。だからジェーンが引き付けている間に倉庫街からスクーターに辿り着く為に走り出す。足裏の電磁石を弱めに起動して1歩のストロークを長く取る。

 倉庫と倉庫の隙間を通る度に警官に見つからないか緊張するが、警官は誰も彼も屋上を飛び回るジェーンを探して空を見上げている。その為、姿勢を低くして物陰を走るコウリンに気付く可能性は低そうだ。


 だが、基本に忠実に周囲を見渡している警戒も居た。


「誰か通ったぞ!」

「やはり複数人か!」


 直ぐに通り過ぎた路地から2人の警官が飛び出してきた。

 右手に拳銃、左手に特殊電磁警棒を持っている。恐らく警官の標準装備である電磁石ブーツも履いているだろう。

 案の定、電磁石によって50メートル5秒台の速度で走るコウリンに近い速度で追走してくる。


「くっそ」


 悪態を吐きながらコウリンは大きく踏み込み滞空時間を長く取る。体を捻って倉庫に向けて左膝蹴りを放つ。

 蹴りの衝撃に反応して彼の膝に仕込まれたパイルバンカーが起動する。ふくらはぎのスリットが軽く開いて内部の火薬が燃焼し、人間では不可能な破壊力を持った杭が壁を粉砕した。

 同時に火薬による人体へのダメージを最小に抑える為にふくらはぎから白煙による廃熱が行われる。


 粉砕された壁が崩れコウリンが通り過ぎた道を塞いでいく。当たり所が良過ぎたのか倉庫そのものが斜めに大きく傾いていく。

 流石に警官も自分の体よりも大きい破片が落ちてくる道に跳び込む気は無いらしくコウリンの追跡を断念した。少しでも衝撃が入れば傾くだけでは済まずに倒壊しそうだ。


「2人目の逃亡者だ! 倉庫の裏から倉庫街の外に向かっている!」


 少しは仕事をサボれと思いながらもコウリンは速度を緩めない。

 膝のパイルバンカーは左右に1本ずつ仕込んでいるが左足分の火薬は使い切った。基本的に1回限りなのだ。

 レールガンのように電磁式なら回数を考えなくて良いかと言えばそうでもない。同等の威力を出そうとする場合は高額な高性能品にする必要が有り、電力も相応に必要なので再充電に時間が掛かる。

 問題はここから。警察の包囲を抜けるのに右膝のパイルバンカーと右手のスタンガンだけで突破できる自信は無い。


 そんな風に弱気に成っていると2つ先の倉庫の影からパトカー配色のパワードスーツが横滑りで姿を現した。

 ゴムタイヤが急ブレーキによるコンクリートとの摩擦によって焦げる嫌な臭いがするがコウリンはそれどころではない。人間相手にパワードスーツは大人気無さ過ぎる。


「過剰戦力だろ!?」


 悲鳴を上げるとパワードスーツが余裕そうに両手を広げた。

 スーツに仕込まれたマイクでコウリンの言葉を聞き取ったのだろう。2メートルを超える巨体でコウリンを捕まえようと両手を広げ走り寄るコウリンにタックルを仕掛ける。


「男でも嫌なのにパワードスーツなんかに抱き締められてたまるか!」


 走りながら壁に跳躍し空中で電磁石を調整して壁に着地する。

 片足でも離れれば地面に落下してしまうので逃走には向かないのだが、コウリンは壁に張り付き短く体を屈めた。下に成っている右足だけを壁に吸着させつつ、逆の左足は反発の準備を行い、タイミングを合わせて電磁石の機能を切り替える。

 電磁石オフの右足と、反発力を発する左足。

 その状態から左足で思い切り壁を蹴り、パワードスーツを飛び越すように跳躍した。


 走り高跳びの要領で身体を捻りながら空中を舞い、コウリンを狙ったパワードスーツが壁に腕を振るうのを見送った。

 地面を転がって細かい擦り傷を付けながら手も使って転がりながら立ち上がる。

 止まる事無く倉庫街の外に向けて走りながら首だけで振り返れば壁にパワードスーツの腕が埋まっていた。


「捕獲する気無いじゃんか!」


 人体などパワードスーツと壁に挟まれて潰れたトマトである。

 恐らく爆破事件を起こすような凶悪犯と判断されて生死問わずの指令が出ているのだろう。

 だが壁に腕が埋まった事で抜くのに少しだけ手間取っているようだ。パワードスーツの出力なら強引に引き抜けるがそれでは壁が崩れるかもしれない。その懸念が有るから慎重に引き抜いているようだ。


 その隙にコウリンは電気帯にまで肉薄し、右足の電磁石を最大出力で起動。強引な跳躍で派手な踏切り音を出しながら電気帯を飛び越え倉庫街の外に出た。


「しゃあっ!」


 危険地帯から逃げ出した達成感で思わず叫んでしまう。

 直ぐにそんな場合ではないと思い直し、報道関係者の人混みに紛れスクーターを回収する為に走り出した。

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