第4話 ネオ東京の生活

 アケボシ本社ビル爆破テロ事件。

 コウリンとジェーンが出会った爆破事件はそのような名前で報道された。連日、テレビもネットもその話題で持ち切りだが犯人グループの一部が捕縛されている。その為、警察当局の捜査は直ぐにでも進展が有るだろうと言われていた。


 そう、言われていた。


 実際には進展が無いまま数日が経過している。

 ジェーンも新しい部屋を探している様子は無くコウリンの部屋に居候したままだ。


「ほれ、布団干すからベッドから降りて」

「え~、まだゴロゴロしたい~」

「止めてっ、多感な青少年のベッドで綺麗なお姉さんゴロゴロなんて止めて! くそう、何で防御力マシマシなんだよ今日に限って!」

「初日に殺されかけたのに私をエロく見れるお兄さんはやっぱ大物」


 新東京都庁で引き受けた封筒は翌日には指定住所に届けた。預かった当日に届けろとは契約書には書いて無かったので違約金も発生しなかったのは幸いだった。

 部屋を簡単に片付けつつ、コウリンは『綺麗なお姉さん枠』と思ったジェーンが『ダメなお姉さん枠』だったと2日で悟り溜息を吐いている。これではダメな娘を世話するお母さんである。


「何なら家政婦を募集してる人を紹介しようか? お兄さんなら直ぐに採用されると思うよ」

「いや勘弁して」

「え~。お給料良いのに?」

「……ちなみにおいくら?」

「こんな感じ?」


 そう言ってジェーンが取り出した情報端末を覗き込ませて貰えば月収でサラリーマンの年収が表示されていた。


「うっわスゴ。え、これマジ?」

「マジマジ」

「うわぁ、うわぁ……いや絶対に裏有るだろコレ」

「疑い深いなぁ」

「詳細な契約書は?」

「えっとね~、あ、これこれ」


 再び覗き込んでみる。

 色々な項目が並んでおり全てを読むのは流石に無理なのでアイコンに読ませてみれば想像通りにおかしな項目が有った。


「おい、『業務中の怪我については責任を負いかねます』とか有るんだけど」

「え、本当? あ、知らなかった。まあ大丈夫大丈夫」

「何も大丈夫じゃないから」


 他にも『銃器が扱えると給料が上がる』だとか『逮捕歴が有る方歓迎』だとか馬鹿げた項目が散見される。


「これ本当に家政婦? ボディーガードの間違いじゃなくて」


 ジェーンの情報端末を覗き込むのに中腰になるのが大変なのでコウリンもベッドに横に成る。

 読むペースを合わせてスクロールしてくれるジェーンには悪いのだが読み進めれば読み進める程に断りたい仕事だ。


「そんなに変かな? よくある仕事じゃない?」

「お姉さんが普段からどんな仕事してるか分かったよ」

「いやぁ、褒めても何も出ないよ?」

「褒めてねえ。呆れてる」


 同じベッドで寝るという中々な状況なのだがコウリンは呆れて溜息を吐く程度にジェーンに慣れてしまった。まだ同居して数日なのに自分が枯れた老人みたいで泣きたくなるコウリンだった。

 初日に同じベッドで寝た時のドキドキを返して欲しい。


「へーい、お姉さんの腹チラだよ。おへそだよ」

「くっそうエロい! 何でこんなニートがそんな良い体してんだよ馬鹿!」

「酷いなぁ。あ、そろそろ仕事が入るんだ。これでニートとは言わせないよ」

「はいはい本当に仕事してから言ってくれ」


 ベッドから起き上がったコウリンが強引に布団を引き剥がしてジェーンをクルクルと転がす。

 『あ~れ~』などとゲイシャの真似事をするジェーンだが棒読みだ。この程度で劣情によって我を忘れるコウリンではない。


「……流石に私もお腹をガン見されると恥ずかしい」

「い、嫌だなガン見だなんて! お、オレは布団を干しに行くんだよ!」

「いやタップリ5秒は見てたから。言い訳できないくらい目血走ってたし」

「青少年のエロさ舐めんなよ毎日毎日艶っぽい声で寝返り打ちやがって! いつか本当に揉みしだくぞ!」

「去勢手術てやった事ないなぁ。試してみて良い?」

「すんません勘弁してくださいリン子ちゃんは嫌ぁっ!」

「女の子な名前が直ぐに出てくるの凄いと思う」


 今日は休日でコウリンも万事屋の仕事をする気が無い。偶の休みくらいは休みたいし爆破事件はコウリンにとって重かった。今日の休みまで本当は学校も休みたいくらいだったが休めない実習の日だったので嫌々授業に出たのだ。


「さて、布団干したら食材の買い出しにでも行ってこようかな」

「お~。ジュースとアイス~」

「はいはい、ちゃんとお掃除できたらね」

「わぁい頑張る~、って子供か!」


 コウリンは慣れて平然としているがジェーンは右手に銃を組み込むような犯罪者だ。外を歩いて警察に見つかると逮捕されてしまうのであまり頻繁に外出する気は無い。

 雑に手を振るジェーンに手を振り返してコウリンは1人で買物に出た。


ττττ


 いつの時代も住宅街の近くには娯楽施設や飲食店が並ぶもの。

 コウリンはアパートから出て直ぐ近くのスーパーに向かった。

 近所の住民たちを注意深く観察すれば手足にスリットが有り誰もが何かしらのメカニカントである事を示している。主婦が指先から何かの接続端子を出したり、アパートの外壁塗装職員が命綱も無しに足裏を壁に張り付かせたりしている。中々にメカニカントの種類は豊富だ。


 コウリンのメカニカントは特に買物で披露する機会は無い。

 軽い足取りでスーパーに到着すると買い物籠を手に取り入口付近の野菜コーナーを見る。60年近く前に室内で野菜を大量生産する栽培方法が確立して『島国』の食料自給率は大幅に改善された。ネオ新宿の求人には常に科学室での農家が出るくらいポピュラーな職業に成っている。


 特に目利きができる訳でも無いので安い野菜と人工たんぱく質などから作り出した合成肉を籠に放り込んでいく。

 リクエストに応えてジュースとアイスも籠に入れて無人レジに向かう。通り過ぎれば自動的にアイコンに金額が表示され、問題無いので承認の指示を出す。


……昔はレジに店員が居てお札やコインで会計してたった言うんだから凄いよな。わざわざコインを用意するって、どうやるんだ?


 実体の有る貨幣などコウリンは歴史の教科書に載っているものしか知らない。

 テレビでコレクターが大金を払って集めていると見た事も有るが、紙幣については妙に手の込んだ絵が描かれた紙としか思えなかった。コインはゲームセンターで手にする物との違いが分からず金銭的価値が有ると言われても全く感覚が分からない。


 会計を終えて買い物籠からレジ袋に荷物を入れ替え、スーパーを出てアパートに戻る。

 たった30分の外出だった。

 それでも自分の家に帰ってきた事に安堵し、爆破事件が自分の中で大きな事件に成っていると実感する。


「ただいま~」

「お帰り~。ん? 何かホッとしてる?」

「え、そうかな?」


 言いながらもコウリンはレジ袋から食材やアイスを取り出し冷蔵庫、冷凍庫に納めていく。


「もしかしてぇ、私と離れるのが寂しかった?」

「言ってろダメニート」

「酷い酷い! ちゃんと働くからニートじゃないもん!」


 意外とジェーンとの馬鹿話が楽しくて早く帰りたかったのかもしれない。

 そう思いつつ調子に乗られると困るのでコウリンは黙ってジェーンにアイスを放って渡した。

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