第5話 失踪、捜索、行き着く先
「じゃ、行ってくるね。あ、端末置いてくけど勝手に見たらダメだよ」
「へいへい。良いから行けって」
「うんうん。良いねこの感じ。あ、帰って来たら本格的に考えてよ、家政婦の話」
「ん~、まあ考えるだけなら」
同居を始めて1週間、ジェーンが前に言っていた新しい仕事をする為にコウリンの部屋から出て行った。
とは言ってもまだ新しい家が見つかっていないので仕事が終われば帰って来る。
だから情報端末は置いていくと言うが、コウリンにはその理屈が分からなかった。
「行ってきますのチューしてあげよっか?」
「止めて朝からグズグズに崩れちゃうでしょ!」
「嘘だけどね」
雑に手を振りジャケットに手を突っ込んで去って行くジェーンに溜息を吐きつつ、学校に向かう為にコウリンも部屋を出る。
朝から目の前で繰り広げられたバカップルな光景にアパートの廊下で酒瓶を揺らしたり仕事に向かう住民たちが白い目を向けてくる。
全部無視してコウリンも通学開始だ。
ττττ
3日経ってもジェーンは帰ってこなかった。
改めて考えてみれば仕事の日程などの話はしなかった。彼女が置いて行った情報端末は気に成るが他人の情報端末はプライバシーの塊だ。あまり無闇に見て良い物では無い。
ニュースではアケボシ本社ビル爆破事件の報道も少なくなった。テロ対策専門家の議論や東京湾で新たに爆破事件が起きてアケボシ本社ビル爆破事件との関連が有るか無いかについて老人たちが色々と語っている。
「何だよ、食材、余っちゃうだろ」
主婦根性の染み付いた事を言っているコウリンだがジェーンと同居するようになって1週間だ。染み付くという程の長さでもない。
ただ当たり前に感じているものが無くなった喪失感に自分の中で名前を付ける事ができず、コウリンはジェーンの情報端末に手を伸ばした。
昨日から落ち着かなくて万事屋の仕事を調べるのも少し怪しい。危うく表面的には好待遇だが条件や契約内容をよく見ると借金の連帯保証人にされそうな仕事を受注してしまうところだった。アイコンの文章チェックアプリの大切さを痛感させられる出来事だ。
人の情報端末を勝手に見るという行為に少しの緊張を強いられ、唾を飲み込んでから画面をタップして起動する。
考えてみれば当然なのだが起動と同時にパスワード、または生態認証による持主の確認を求められコウリンは途方に暮れた。ジェーンに繋がる何かが手に入ると期待していた分だけ落ち込みも大きい。
試しに画面の指紋センサーに自分の指を当ててみると承認された。
「はぁっ?」
自室だから良かったが意味が分からず大きめの声が出てしまう。普通は他人の生態情報を情報端末に登録はしない。
何か事情が有る事は確定したが情報端末を調べてみない事にはその事情が分からない。
ただ、情報端末のトップ画面はモデルの容量を考えると表示されているアプリが少ない。というか意味深に1つのファイルだけしか表示されていない。
何かのメッセージかと思いタップしてファイルを開いて見れば家政婦の仕事の契約書だ。
「何だ? 何を伝えたかったんだ?」
ジェーンの情報端末でわざわざコウリンの生態情報を登録し、しかもトップ画面にはファイルは1つ。
分かり易くジェーンからコウリンへのメッセージだろう。
何かの暗号なのかとも思ったがコウリンに暗号解読の技能は無いし、ジェーンもそれは分かっているはずだ。伝えたい情報はもっと単純だろうと思い、スクロールを続ければ契約者の住所と名前が載っている。
ご丁寧に赤く丸で囲まれて。
「流石に、ここまでくれば分かるっての」
時折感じていた違和感をこのヒントでまた感じた。
舌足らずな話し方、距離が近く無防備、裏家業の割に屈託のない笑みを浮かべる。
思い出すと不思議な部分は多いが今は横に置いておく。
数日前を懐かしんでいる場合ではないと首を振って切り替え、住所と名前を読む。
場所は池袋の駅から少し離れた住宅街、契約者の名前は『ミズハ・ミョウジョウ』。
アケボシと同様に企業連盟ヤマタノオロチに連なる大企業ミョウジョウに関わりの有る人物のようだった。
ττττ
場所が分かって直ぐに電動スクーターを走らせる。
ミズハに会う為に池袋を訪れたコウリンだが、到着してから困った事に気付いた。
大企業のファミリーネームを持つ者がアポ無し一般人に会う訳が無い。仮に大企業の人間でなくてもアポ無しで家に押し掛けるのはマナー違反だ。
契約書に記載されていた住所はミョウジョウ家の屋敷らしい。
テレビでしか見た事が無いような広い敷地が塀で囲われている。正面門から白い屋敷が見えているが左右にはバラの庭園が広がっており複数の庭師と思われる人間が歩き回っていた。
そして、正面門の左右には身長190センチオーバーの巨漢が1人ずつ立ち、片方がコウリンを見下ろしている。
「ミョウジョウ家に何か御用が?」
本当は『見世物じゃない。用が無いなら帰れ』と言いたいのか声を掛けて来た男は鼻を鳴らして片目を苛立ったように歪めている。もう1人は関わりたくも無いといった様子でコウリンを見もしない。
「えっと、家政婦の仕事の契約書を見て来ました」
「……契約書を出せ」
「これです」
家政婦という単語に反応した男たちの態度が軟化した。というか気まずそうに成った。コウリンを見もしない男は見るからに顔色が悪く額に汗まで浮かせている。
その変化に驚いたコウリンだが驚いている場合でもない。情報端末を操作して契約書を画面に表示し男に見せた。
「ようこそいらっしゃいませ。どうぞお入りください」
「なぁにコレ」
「どうぞどうぞ」
「気持ち悪いっ。何か分からないけど何か怖いっ」
先程までの見下していた態度からの変化が大きい。もはや男たちはコウリンを最上級の持て成しで敷地内に招き入れる姿勢だ。
不気味で仕方ないがコウリンはミョウジョウ家の敷地に踏み込んだ。別に敷地に入ったからといって変化が有る訳では無い。少し進めば背後で門が閉まる音がして思わず振り返ったが男たちは背中で『絶対に振り返らない』と語っている。
「なんだってんだ」
男たちの態度が豹変した理由が分からず不気味さを覚えながらも前を向く。庭師らしい者たちも意図的にコウリンを見ないように足早に庭園の物陰に隠れてしまった。
「……なんだってんだ」
思わず同じ言葉を呟いてしまったが今更帰れない。
コウリンは魔王城に踏み込む勇者のつもりでミョウジョウの屋敷に向けて歩き出した。
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