第2話 爆破テロ犯人
アケボシ本社ビルから離れたコウリンはスクーターを路肩に停めて封筒を制服の内ポケットに入れた。そのままビルの間の路地に入り壁に背を預けて何度も荒い呼吸を繰り返す。
アケボシ本社ビルの方からは散発的な銃声と怒号が聞こえてくる。
「何だ? テロ? 何で今日に限って」
せめて自分が仕事でネオ新宿に来ていない日にしてくれと吐き出してコウリンはマップを見直した。
既に配送の仕事などしている場合はでない。アケボシ本社ビルから安全に離れられるルートは無いかと探してみるが、リアルタイムで銃撃戦が起きている場所は分からない。
仕方なしに路地の奥に進む。
スクーターは自動で登録した地点に移動させるオート運転が有るので後で回収すれば良い。人間が直に運転する程の精度や停車時に路肩に寄せる事ができないので少し不安は残るが命の方が大事だ。
暗い路地だがまだ日中で夜のように見えないということは無い。室外機や飲食店のゴミ箱が生温く不快な空気を作っている。
室外機の横を通る度に肌に温風とも言えない風が触れ、コウリンは汚れを落とす気分で頬を袖で擦った。
「なんだってんだ」
再び悪態を吐くが答えが有る訳でも無い。
路地の外から聞こえてくる怒号に野太い悲鳴が混じり始めて少しだけ事態が想像できた。
恐らくアケボシ本社ビルの警備がパワードスーツを持ち出したのだろう。装甲車を人型にしたロボットのような物で拳銃どころかアサルトライフルの斉射ですらダメージを受けない代物だ。
銃声からテロリストたちが拳銃以上の武器を持っている様子は無いので直ぐに拘束されるだろう。
そんな風にコウリンが安堵の息を吐いて進んでいると、少しだけ開けた場所に出た。
各企業が都市の景観などを考えずにビルを建てた為に生まれたエアポケットでバスケットコート程度の広さが有る。いかにも手作りなバスケットゴールが設置されておりコンクリートにもスプレーで白線が塗装されている。広場の端には缶ビールや総菜の容器が捨てられており、この場で誰かが飲み食いしていた事が分かる。
そのバスケットコートの中心に人が居た。
20歳くらいの長い銀髪の美女だ。ヘソの出たトップスの上から黒いジャケットを羽織り、ショートパンツから伸びる脚もロングブーツで膝まで覆っている。
「……お兄さん、仕事の人?」
「へ、いや、仕事?」
どこか舌足らずな話し方に日本語は苦手なのかと思ったが、それよりも内容が気に成った。これだけの事件で表通りはパニックが起きているのに銀髪美女は眠そうな目で驚いた様子も無い。
「えっと、表じゃテロが起きてるみたいなんですけど、お姉さん、何か知ってるんです?」
これで銀髪美女がテロのメンバーだったら危険だと気付いたのは言ってからだった。
コウリンの質問で銀髪美女も無関係な人間だと気付いたらしく、小さく溜息を吐いて右手をポケットから出した。
「そっか、お兄さんは全然関係ない人だったんだね」
銀髪美女が右掌をコウリンに向ける。
その掌の中心に、小さなスリットが見えた。
……ヤバい、ヤバいヤバい!
恐らく、銀髪美女の掌には違法な銃器が仕込まれている。テロリストの男たちとは異なりマガジンでなく銃器そのものを仕込んでいなければ掌を向ける理由が無い。
緊張からカラカラに乾いた喉を1度鳴らし、コウリンは静かに腰を落として自分の足に意識を集中させた。
「見られると面倒だからさ、お兄さんに恨みは無いんだけど、ね?」
銀髪美女が可愛らしく首を横に倒した。
その瞬間を見計らって、コウリンは足裏の電磁石を起動させる。
肉体改造手術、メカニカント。
人間の体に機械部品を埋め込む肉体改造手術の総称だ。
ネオ東京では15歳までに半数近い少年少女が手足に何かしらの改造を施す。
コウリンも足裏に特殊な電磁石を仕込んでおり、多少の金属が有る地面なら磁力のプラスとマイナスを利用してアクロバットな動きをする事ができる。
今回は反発力を利用し、自分の体を任意の方向に打ち出した。
即ち、銀髪美女に高速で突っ込んだ。
「ええっ!?」
「くうっ!」
自分より少し背の高い銀髪美女の腹に突撃し、腹に抱き着いたまま地面に押し倒す。
抵抗される前に無我夢中で右手を腹に押し付け、右腕に仕込んだスタンガンを起動する。五指の爪が開いて1センチ程度の金属針が飛び出し電流を銀髪美女に打ち込んだ。
「痛たたたたたっ!?」
「すんません!」
護身用としては一般的なメカニカントで出力は低い。相手の動きを止められるのも数秒だ。
コウリンは効果も確認せずに銀髪美女から離れて走り出す。
路地の奥に続く通路の先に他のテロリストが居るかもしれないが、この場は銀髪美女から離れるのが先決だ。
足がもつれて倒れそうに成るが手で地面を叩いて強引に姿勢を戻し走る。電磁石は先程の高速タックルでチャージが必要だ。アイコンに映る電力ゲージは少しずつしか溜まらず気持ちが焦れるばかりで呼吸が荒くなる。
そのコウリンの足元が小さく、しかし力強く弾けた。
驚いて倒れ、走る勢いのまま2回ほど地面を転がってバスケットコートに繋がるビルの壁に激突する。
「がはっ!?」
「全く、お兄さん、油断できない人だね」
全速力から壁に衝突した為にコウリンは視界が揺れて直ぐに立つ事もできない。
その間に銀髪美女が近寄って来て、左手で襟を掴み上げられる。
細い手足のどこにそんな力が有るのかと聞きたくなるコウリンだがメカニカント手術でパワーシリンダなどを仕込んでいれば見た目は意味を成さない。
再び向けられた右掌のスリットが開き、銃口らしき小さな筒が姿を現した。
「マジで、銃かよ」
「ゴメンね。ほら、運が悪かったって、アレ?」
ふと銀髪美女が手を止めた。銃口はスリットの中に隠れ、彼女は周囲を見渡し始める。
2人が居るバスケットコートはビル街の隙間にできたエアポケットだ。路地に繋がる道は4方向に有り、その内の3つから複数の足音がしている。
足音が聞こえ始めて十数秒でサラリーマン風の男たちが3方向からバスケットコートに入って来て、全員が懐から取り出した拳銃の銃口を銀髪美女に向けた。
「何かな?」
「計画は失敗した。部外者のお前から我々の事を調べ上げられると困るのでな。ここで消えてくれ、ディザスター・ジェーン」
「もうっ、企業連盟に喧嘩売るのにその程度なの?」
落胆した様子を隠しもしない銀髪美女は、円形に自分とコウリンを囲む男たちを挑発するように溜息を吐いた。
その挑発を正確に受け取った男たちが殺気立って銃を握る手に力を込める。
「もっと早く離れるべきだったなぁ。じゃ、さようなら」
男たちが銃口に怯えない銀髪美女に困惑している隙を突いて、彼女は地面を蹴った。ビルの壁を足場に三角跳びをし、室外機を足場に更に跳び上がる。
いつの間にかコウリンは襟ではなく腰を抱えられており、銃撃と跳躍の衝撃に悲鳴を上げるしかできなかった。
「わあああああああああああああっ!?」
「うるさいなぁ」
銀髪美女は銃弾を無い物としているかのように跳躍を繰り返して最も背の低いビルの屋上に跳び上がる。
抱えていたコウリンを屋上の床に落とし、指を組んで体を伸ばし始めた。
「いやぁ、巻き込んじゃってゴメンね、お兄さん」
「な、何だったんだ」
「えっと、トカゲの尻尾切りに遭ったところ?」
聞いてる限りその通り過ぎる。
銀髪美女に何を聞いても彼女も詳しい事は知らないだろうと諦めてコウリンは床に寝転がった。
律儀に答えてくれる辺り、銀髪美女は根っからの悪人という訳でもないようだ。
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