ボーイ・ミーツ・サイバーガール

上佐 響也

第1話 企業連盟爆破テロ

 分厚い雲に覆われた空に少しの肌寒さを感じる春。

 電子工業の授業を聞き流しながらコウリンは放課後の予定をスポーツグラス型ディスプレイに表示していた。


『新東京都庁に16時30分集合。指定の住所に届ける事』


 内容は非常にシンプルだ。

 人口の高齢化や企業のブラック化によって運送会社が激減した為に何でも屋である『万事屋』にもこのような仕事が回ってくる。学生には簡単だが確実な稼ぎになる仕事なので有難い。


 万事屋とは15歳以上で事業届を出せば誰でも成れる何でも屋だ。

 仕事斡旋アプリ、『万事屋集会』の発達で簡単に仕事を探せるのでコウリンもこのアプリから仕事を受けている。


 周囲の生徒たちも授業は適当に聞き流して寝ていたりコウリンと同じようにアイ・オペレーション・コンピュータ、『アイコン』を操作しているようだ。

 そもそも今の授業内容は1年の時に80点以上を取らないと進級できないという鬼畜カリキュラムの再確認なので聞き直すだけ徒労感が凄い。


 欠伸を噛み殺しながら退屈な再確認授業を聞き流し、コウリンはアイコンを額にズラして腕を枕に睡眠学習の準備を整えた。


「ハヤタ君、堂々と寝ないでね。少しは起きてますアピールしてね」


 教員の言葉に応える気力も無くコウリンの意識は落ちた。


ττττ


 放課後、学校から電動スクーターを走らせ新宿の新東京都庁に着いたコウリンは受付で仕事の荷物を受け取りに来た事を伝えた。

 受付には人間ではなくデフォルメされたクマのロボットが配置されている。電子音で万事屋集会アプリから発行される仕事番号の入力を求められた。

 アイコンに番号を表示させてクマが用意したタッチパネルに番号を入力し決定。

 正しい入力が確認されてクマから少し待つように言い渡された。


「君が運搬の万事屋かな?」


 2分ほどでエレベータホールらしい広間の方からスーツ姿の神経質そうな男が封筒を持ってやって来た。21世紀から比べれば非常にデータ管理が発達した現代で封筒に入れるような紙の資料は珍しい。

 コウリンが不思議そうに首を傾げて受け取ると男も珍しい事を理解しているようだった。


「中身は詮索しないでくれ。デリケートな個人情報だ」

「あ、はい。預かります」

「届け先は間違えないでくれよ」

「分かってますよ」


 妙に喧嘩腰というか苛立っている男に思わず反発したコウリンは直ぐに背を向けてその場を去った。

 学生の万事屋に対して悪い印象を抱いているのだろう。あまり嫌味に付き合えば売り言葉に買い言葉で喧嘩に成る可能性も有る。無駄に苛々しない為にも早々に距離を取るのがコウリンの自己防衛だった。


 電動スクーターの座席を開いて封筒を放り込み、事前に読み取っていた住所までのナビをアイコンに表示する。左目にだけ地図とナビが表示され、同時に電動スクーターにもナビが入力された。

 ここまで入力すればコウリンがやる事はアクセルを回す、緊急時のブレーキ、路上で車や人を回避する程度だ。

 早速スクーターに跨りハンドルを回してアクセル、急発進防止機能によって緩やかにスクーターは走り出し段々と速度を上げていった。


 ネオ東京の中でもネオ新宿は雑然としたビル群で有名だ。21世紀の頃からあまり変わっていないと言われているが、各ビルのネオンはより激しく成った。

 技術の発達により電力消費量や発熱は21世紀初頭の蛍光灯よりも抑えられているらしいが目に痛いのは間違いなく現代だ。

 高級車や警察関係の車は空を飛ぶようになり地上の道路を使うのは中流階級、トラック、万事屋が主になっている。


「お、アケボシ」


 国という存在は形骸化し、各国は複数の大企業が作り出した企業連盟が運営している。

 元日本である『島国』を統治している企業連盟はヤマタノオロチといい、ネオ新宿には連盟所属の大企業アケボシの本社ビルが建っている。Web系の複合企業であるアケボシはリモートワークが主流なので大企業の本社ビルと言っても外見上は周囲のビルと変わらない。

 ただ福利厚生の一環とやらでビルの前に大きな広場が有るので直ぐに分かる。


「こんな企業に入れたら人生勝ち組なんかねぇ。いや社内の派閥争いが凄いらしいし勝ち組とも言えないか」


 アケボシ本社ビル前で赤信号の為に停車し、肩を解すように両手をハンドルから離して軽く回す。

 指を組んで腕や背中の筋肉を伸ばしてスッキリした気分でハンドルを握り直す。


 その瞬間、腹の底に響く爆音に頭が揺らされた。


「な、なんっ!? 何だ!?」


 隣に停車していた車の運転手も似たように混乱している。

 空を走っていた高級車がバランスを崩して近くのビルに突っ込み、街を歩いていたサラリーマンや学生が悲鳴を上げる。

 コウリンは驚き過ぎて逆に悲鳴も上げられなかったが、反射的に爆発音と思われる空を見上げて呟いた。


「アケボシが、爆破された?」


 激しく黒煙を上げ悲鳴の中心地に成っているのはアケボシ本社ビルだ。

 爆発は1度では終わっていないようで再び爆音が響き、ビルの外にまで火が噴き出す。

 目の前の危機からカメラを構えるような発想も無くコウリンはアクセルを回した。赤信号にも関わらずコウリン以外の車やトラックは停車しており安全にビルから離れる事ができる。


 だが、事態はこれだけでは終わらない。

 アケボシ本社ビルから50メートルは離れ少しだけ安堵したコウリンは状況が知りたくて路肩にスクーターを停車した。

 直ぐに動けるようにスクーターに横座りしてアイコンを操作し、SNSやニュース速報を開くが流石に爆破から5分も経っていないので情報は無い。ただSNS上でアケボシ本社ビルが爆破された事、オカルトとしか思えない陰謀論の投稿が有るだけだ。


「くっそ、何だよこれ」


 思わず悪態を吐いたコウリンだが、事態は彼の混乱を待ってくれない。


 直ぐ近くで、鼓膜が破れるかと思う程の発砲音がした。


 驚きながらも本能的にスクーターの影に隠れたコウリンだが、そもそも音が大き過ぎて発砲の位置が分からない。スクーターに隠れても銃撃犯に背中を向けている可能性も有るがコウリンにはそこまで考えが及んでいない。


 混乱しながらもスクーターの椅子から頭を上げて周囲を見てみれば、道路の向こう側に拳銃を持って周囲を威嚇する男が居た。

 普通のサラリーマンに見えるスーツの男だが、左手の袖はたくし上げられ腕に不自然なスリットが見える。そのスリットに合わせて皮膚が開き拳銃のマガジンが現れた。


「大人しくしろ! 邪魔しなければ痛い思いしないで済むぞ!」


 そんな事を言う男の追従するように周囲や少し離れた所からも銃声が上った。

 同じように左腕に拳銃のマガジンを隠した者たちのようで、軽く目配せをした連中がアケボシ本社ビルに向けて走っていく。


「に、逃げなきゃ!」


 身の安全が最優先。

 男たちから離れた位置に居る通行人が順々にパニックを起こしながらも走り出す。

 邪魔に成る逃げ方をする通行人が男たちに銃撃される中、コウリンは偶然にも男たちの邪魔に成らないルートでアケボシ本社ビルから離れる事に成功した。

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