家の中にいる

牛丼一筋46億年

家の中にいる

 俺が外でタバコを吸っていると、男が走ってきて玄関から家の中に入っていった。

 あっという間の出来事だった。


 俺は、今年の夏に仕事を辞めて、実家に戻ってきて、就職するでもなく、ただひたすら有り余る時間を怠惰に過ごしていた。

 仕事を辞めて収入がなくなったにも関わらず、タバコはどうしてもやめられず、日に5本ほど吸っていた。

 朝、昼、昼飯の後、夜、寝る前の5回だ。

 家の中ではタバコは吸えないので、家の外で吸う。


 俺の家は木造の平家で昔ながらの日本家屋だ。田舎の田んぼ道にぽつんと建っている姿は趣を感じさせるが、利便性は皆無だった。

 寝る前の一服を吸うため、パジャマのまま外に出て庭先でタバコに火をつけて吸う。


 家の中には父と母がいる。家族は3人だけ。俺は一人っ子だ。

 家族中は悪くない、両親もまあゆっくりしてから就職すれば良いと言ってくれている。

 とは言え、たまらなく不安になる時もある。

 そんな時はボンヤリと空を見ながらタバコを吸うに限るのだ。

 吸い終わり、タバコを灰皿に押しつけて火を消し、玄関の方を見ると、男が田んぼ道から全力疾走してきており、彼はあっと言う間もなく家の中に入っていってしまった。

 男は恐らく20代半ばくらい。俺と同い年くらいの冴えなさそうな男だった。

 俺は正気に戻ると、すぐさま家の中に入り、大声を出した。

 「どこに行った!?」

 すると、母が驚いたように飛んできた。

 「どうしたの?」

 「さっき、男が家の中に入っていった!」

 「え!?」 

 「警察呼んで!」

 俺と母の切羽詰まったやりとりを聞きつけ、寝ていた親父も起きてきた。

 とりあえず、警察を呼ぶことになり、しばらくすると警察が来て家中を見て回っても侵入者は見つからなかった。そうなると、警察も帰るしかない。とにかく、戸締まりに気をつけてと言い残し、警察は帰っていった。

 両親は俺の幻覚かと疑っているようだったが、俺は絶対に男を見たのだ。


 それから不思議なことが家の中で起き始めた。家の中で誰かが走る音が聞こえるのだ。

 例えば、居間にいると縁側をドタドタと歩く音が聞こえる。急いで縁側に向かうも誰もいない。

 台所で飯の用意をしている。すると、居間で足音が聞こえる。振り返るが誰もいない。

 万事こう言った具合だ。

 俺は気味が悪くて仕方がなく、お祓いなり、なんなりしてこの足跡を早く消し去りたかったが、両親はこの音が心地よいと言い出した。

 

 お前が子供の頃を思い出す。こうやってよく家中を駆け回ってたんだよな。と両親は懐かしそうに笑うのだった。

 

 物音は一年くらい続いた。

 不気味なものでも一年もしてしまえば慣れるものだ。その頃になると、俺は足音に対して恐怖心よりも嫌悪感が強くなってきていた。

 両親は依然として、いや、一層足音を愛でるようになっていた。


 足音が聞こえると、ふふふ、今日も元気だなあ、なんて言う姿はたまらなくおぞましい。

 そして、しばらくの後、俺の転職先が決まり、遠方へと引っ越すことになった。

 本当はまだまだ働いていた頃の貯金もあるし、しばらくニートをしていたかったのだが、もう、この不気味な家から早く出たかった。なにより、もう家には居づらかった。

 と言うのも、日増しに足音に対する両親の愛は増していき、その頃は俺よりも足音の方を大事にしているような様子でもあったのだ。


 例えば、俺が廊下を歩いていると母が飛んできて、俺の顔を見ると残念そうにため息をつく。どうしたのかと聞くと、例の足音がしたと思って飛んできたのだと言う。足音の主を見てみたい、あの子を見てみたいと話し、そして、あの子じゃなくてあんたで残念、と言うのだ。


 俺は前よりも冷たくなった両親がまるで赤の他人になったように思えて、寂しさと恐怖を感じるようになっていた。


 家を出てしばらくすると実家のことはすぐに忘れ、生活に没頭するようになった。

 ひたすら仕事に没頭して、生活に熱中し、生活に埋没していった。


 そして働き始めてから最初のお盆。

 俺は実家に久々に帰ることにした。

 家族仲が良かったのはいつのことやら、その頃には俺は両親とは一切やり取りはとらなくなっていた。

 それでも、お盆くらいは帰らなくては。

 俺は両親に盆に帰ると一報入れてから実家に帰った。


 昼に家を出て、夜には田舎の実家に着いた。

 そして実家に帰って驚いた。

 無人なのだ。誰も住んでいない。ゴミも溜まっていないから、昨日今日いなくなったのではない。かれこれ一週間くらい両親は家を不在にしているのだ。

 書き置きもない、冷蔵庫を開けたが食材もない。日持ちしなさそうなものは全て捨てられている。廊下にはうっすらと埃が溜まっている。

 途方に暮れた俺は家を出て、とりあえず庭先でタバコに火をつけた。

 

 その時だった。

 玄関からあの日家に入ってきた男が飛び出してきた。彼に続いて父が、母が走って家から出て行く。

 3人とも満面の笑みだ。

 笑って田んぼ道を全力で走って行く。

 俺はあっけに取られたが、すぐにその背中に向かって、おーい!待てよー!!!と叫ぶ。

 しかし、3人には聞こえていないみたいで、なおも田んぼ道をひた走る。

 何度も何度も叫ぶ。

 おーい!俺も連れてってくれよー!

 なんでそんなことを叫んだのか自分でもわからない。気がつけばそう叫んでいた。

 結局、3人は闇の中に消えていき、そして両親が帰ることは二度となく、俺は天涯孤独の身になった。


 それから、部屋の中にいる時、足音が聞こえるとほんのちょっとだけ嬉しくなった。

 迎えにきてくれたのかな、って。


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