第5話 True End
ユーリスはずっと無気力でいた。起きて、最低限の活動をして、寝てを繰り返し、毎日をただただ無為に過ごした。まるで死んだように生きていた。何の変哲もない時間を繰り返して数年経ったある日、久しぶりに夢を見た。これは夢だと自覚出来ているだけでも十分なのに、本当に夢か怪しくなるくらい現実的で、不思議な感覚だった。
「やあユーリス、久しぶりだね」
「グレン……か。まさかこんなところで、おぬしを見かけるとはのぉ。どうした、この老いぼれに何かようか?」
「なあに。僕にもちょっと思うところがあってね。久々の再会を祝したいところだけれど、あまり時間が無いんでね。手短に話すよ。君に知らせが二つある」
「なんじゃ、せっかちなやつめ。久々に話し相手が出来たと思うたのにのぉ。それで、知らせとは何じゃ?」
「そうだね。まずは一つ目。『煉獄で死を擬似体験した者はその死全てを克服の上、現世に蘇る』っていうルール、これはやっぱりどうにもならないや」
「そうか」
ユーリスはただ頷いた。何十年もその規則のせいで苦しんでいたが、その苦しみを感じる心ですら最早失われていた。
「次に二つ目。つい最近、現世で新たに『安楽死』という概念が生まれてね。それが死神界でも反映されたんだよ。勿論、煉獄にもね。まぁそんな事態、ここしばらく無かったから、上も僕もてんやわんやで大変だったよ」
「……『安楽死』? 何じゃ、それは?」
「君は相変わらず物を知らないねぇ。簡単に言えば、肉体的な苦痛を与えないよう薬を施したり、延命処置を止めたりすることによる自死だよ。今回追加されたのは前者の意味合いでの死だね」
「そうか」
ユーリスはその知らせを聞いてもなんら関心を示せない様子だった。これほどの大吉報を理解していない様子だった。
「あれ、その様子はピンと来てないな。百年以上生きて、
死神の言葉がようやく老人の脳内で処理され、その事実を把握してしばらくすると、ユーリスの両目から透明な液体が零れ出した。
「あぁ……! なんということだ……ありがとう、グレン。本当にありがとう! これで……これでやっとわしは本懐を遂げられる」
ユーリスは感謝の気持ちを目一杯示そうと死神の両手を握りしめた。
「いやぁ、この仕事をしていて初めてだよ。殺した人間に感謝されるなんて」
「……あの時は本当に酷いことを言ってすまなかったな」
あの時というのは、ユーリスに死をもたらした事実をグレンから聞いた時を指していた。
「いいよ、別に。気にしてないし。それに……」
本当に気にしていない……どころか、どこか誇らしげな様子で、死神は続ける。
「人間に死を与えるのが、僕達死神の役目だからね」
二人は笑った。お互いにこれほど笑ったのは久しぶりで、だからこそそれが余計に可笑しかった。
「因みに、キリスト教では安楽死は神の意思に反するとして厳罰の対象だそうだよ」
グレンは冗談めかした顔を作っていたので、ユーリスはニヤリと笑って、それに乗っかってみせた。
「残念じゃったな。わしは
そこで夢は終わった。しかし、死神が告げた内容が間違いとは思わなかった。確信にも似た直感があった。窓の外の日差しが今日はやけに明るく感じた。
ユーリスは早速行動に移して、ようやくその最後を迎えた。その顔はどこか満足していたように見えた。
彼の最後を見届け、死神は穏やかな笑みを浮かべた。
「お疲れ様、ユーリス。今はゆっくりと休むといい」
彼からの返事のように優しい風が死神の全身を撫でて行った。
終わり
兵士は逝き、死神は笑う 東雲しの @shinonomeshino
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