第4話 死神は泣く


 それから、半世紀の時が過ぎた。ユーリスは墓場に居た。見知った名前が刻まれた墓石の前にたたずむ。


 何十年とつるんだ親友の顔を思い浮かべる。

「おぬしと飲んだ酒が一番楽しかったのぉ。あの世でも、馬鹿みたいに語り合いたいものじゃ」


 次は、とうの昔に天寿を全うした両親の所へ訪れる。

「親父、お袋、向こうはどうじゃ? 楽しんどるか? もしそうじゃったならわしは安心なんじゃがのぉ」


 そして最後に、最愛の妻へ。

「マリアンヌ、君まで先に逝ってしもうたか。わしもそちらへ……」


 天を見上げる。近くにありそうで、ずっと遠い空の上を。そうでもしないと心が壊れそうだったから。


「わしはずっと……このままなのかのぉ」

 不死であっても不老ではないこの身体。老いぼれになるまでは不死であることを喜んでいた。しかし、今は違う。この呪いにも似た身体を悪く思うようになった。

 身体が思うように動かない時間が大半だった。ベッドから起き上がるのも、椅子に座るのも、立って外を散歩するにも時間がかかる。

 どんな出来事にも心が動かくなってきた。感動すると評判の演劇も、日々の悲惨なニュースも、どれだけお金を使っても、何の思いも湧きあがらない。

 こうして、日々老いることをむやみに自覚させられる。全てが終わりに近づいているはずのに、その終わりが永遠に来ない。そのことが苦しい。 


「……死にたい」

 ポツリと独り言をこぼした。


 様々な方法で自殺を試みたものの、いずれの方法も苦しいばかりで死ぬことは出来なかった。つい最近になってユーリスはやっと把握した。不死とは、終わりがないというのは、酷く辛いものだと。あの償いの日々よりもずっとずっと。


 ユーリスは懇願こんがんする。

「もう嫌じゃ。もうわしは十分なんじゃ。だから……、だから、もう死なせてくれぃ!」


 しかし、その声は、思いは、ただ虚空に行くだけであった。


   ◆


「ユーリス……」

 かつて彼を担当したことのある死神の横顔は暗かった。全ての償いを受け、不死として現世に蘇るという空前絶後の偉業を達成し、その後の人生でも全てを手にした。  

 その男が友も親も妻も亡くし、悲しみの底に陥り、生前とは真逆の言葉を口にする。そんな状況に目も当てられなかった。


「しかし、僕には何も出来ないんだよ」

 死神界での『煉獄で死を擬似体験した者はその死全てを克服の上、現世に蘇る』というルールは変えられない。その能力も権限も無いし、そのルールを牛耳っている上が聞く耳を持たないのは火を見るよりも明らかだ。


「僕は……なんて無力なんだ!」

 手をきつく握りしめ、自身の非力さを嘆く。思わず涙が零れた。

 今までの自分は、飄々ひょうひょうとしていて、上に言われるがまま淡々と死神の仕事をこなす。何人もの人間を『煉獄』に案内し、その後の魂がどこへ行こうが無関心を貫いていた。そのことを当たり前に受け入れていた。

 しかし、今は違う。彼をこれまで案内した何人かの内の一人ではなく、一人の人間として、どうにかしてやりたいと思うようになった。現世に帰ったいという一心で、あの辛くて残酷な償いを受けた彼の姿が頭の中から消えなかった。


「このまま何も出来ないままでいたくない。諦めたくない。このまま世界に、ルールに屈してたまるものか!」

 袖で目元を拭う。その眼にはこれまでとは違う。力強さが灯っていた。


「待っていて、ユーリス。死神の名に懸けて、僕が君を、死なせて救ってみせるから!」


『グレンに天啓を授けますか?』

 はい  ⇒ True Endへ進む

 いいえ ⇒ GAME OVER

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