皇女と第二席

 連邦の総本山。

 そのとある一室にて、レスティ・ファンラルスは優雅に紅茶を嗜んでいた。

 艶やかな銀の長髪。それを小さく機嫌よさそうに揺らしながら、ついでに茶菓子も手に取る。


「流石は肝が据わっているというかなんというか。レスティ殿はこのような時でも優雅にティータイムか」


 小太りな黒軍服の男が眉を顰める。

 その背後には連邦お手製の武器を手にした男が五人ほど控えていた。

 一方で、レスティの背後には燕尾服を着た老人が一人。腰には一本の剣があるだけで、対面の兵士達よりかはどこか心許なく思える。

 しかし、そんな中でもレスティは顔色変えることなくもう一度紅茶を口に含んだ。


「喉を潤すのは大事なことだと思いますよ。砂漠でオアシスの居場所を真剣に話しても集中なんてできないでしょう?」

「……まぁ、私としては話が進めばそれでいい」


 ラッシュは座り直し、頬杖をつく。


「今まで通り、卸すのは構わない……が、如何せん提示してきた量が多すぎるな。言い出せなくて追い詰められるまで渋ってしまった、なんてことではないのだろう?」

「そこはラインハルトお兄様に文句を。計画性がない男の行動原理など理解できないものです。案外シャイボーイだった……ということで納得していただけませんか?」

「量が多くなれば足がつく。戦争を起こすのは構わないが、メリットがあまり浮上していない現状でリスクはあまり負いたくはない。というより、私は帝国と取り引きをしているのであって、そもそも───」

「そんな中、ラインハルトお兄様から伝言が」


 レスティの発言に、ラッシュは首を傾げる。

 すると―――


、とのことですが如何ですか?」

「ほう!」


 ここで初めて、ラッシュが勢いよく食いつく。


「念のための確認だが、それはレスティ殿と婚姻を結べるということでよろしいか!?」

「えぇ、その認識で構いません」


 どこか少なくとも威厳のあった男。

 それがたった一つの発言で、威厳が男のそれに変貌。かなり興奮しているところを見るに、よっぽどレスティと結ばれるのが嬉しいのだろう。


「ま、まさかレスティ殿と婚姻が結べられるとは……」

「ふふっ、そんなに嬉しいものなのですか?」

「もちろんだ! レスティ殿ほど美しい女性はいないからな!」


 それに、と。

 ラッシュは口元に手を当て、隠し切れない笑みを隠そうとする。


「あなたのような帝国の高貴な血と結びつけば、私はさらに各種方面への力が手に入り、腐った血が流れる俗物を一掃できる。連邦を、高貴な血が流れる人間だけの国に生まれ変われる……私の悲願が、ここにきて大きく前進する」

「…………」

「となると、ラインハルト殿には負けてもらっては困るな。今、この賭博にオールインしたくて堪らないんだ、すべてを失うことなど考えたくもない」


 レスティと婚姻するということは、ラッシュは第二皇子の派閥になるということ。

 帝国の皇族との婚姻。この恩恵を最も贅沢に受けるのであれば、第二皇子には勝ってもらわなくてはならない。

 何せ、負ければ第二皇子……レスティも失墜することになる。

 他国に援助するのではなく加担するともなれば、恩恵を受け取らないと連邦内での立場も危うい。

 まさに賭け。すべてを失うか、夢に大きく手をかざすか。

 もう少しラッシュがまともな男であれば、一度ここで話を持ち帰っただろう。

 しかし、レスティという美しい少女を手にできる……なんて男らしい下心が、それを許さなかった。


(それに、レスティ殿は帝国の傑物と呼ばれるほどのお方! 彼女がいる限り、第二皇子の派閥が負けるとは思えないッ!)


 笑みが堪え切れない。

 ラッシュは唐突に立ち上がり、部屋を出ようとする。


「そうと決まれば、色々とこちらも献上する品をふんだんに用意するとしよう。幸いにして、、そちらの素体サンプルもいくつか提供しようじゃないか!」

「あら、初耳ですね。その研究資料とは?」

「チルドレン……どこにでもいる子供を魔術師にさせる研究だ」

「……よく素体サンプル希望者が募りましたね。大体、得体の知らないお化けのようなものは子供達も嫌がるのでは?」

「何を仰っているのか分からないが……そんなの、? 下賤な血が流れる子供など、そこら辺に転がっている」

「そうですか」


 それでは失礼する、と。

 ラッシュは部屋から出て行き、続くように兵士達もこの場からいなくなった。

 取り残されたのは、老騎士とレスティのみ。

 紅茶がなくなりかけたのを確認して、老騎士はさり気なく新しいものと取り換える。


「よろしいのですかな、姫?」

「何がでしょう?」

「あのような男と簡単に婚姻を結んで。馬鹿ラインハルトから肩入れさせるよう勝手に命令されたのでしょうが、あなたの意は別にあるのでは?」


 老騎士の言葉に、レスティは笑みを浮かべる。


「あら、私の意は常に不変ですよ。神が賽子を振ったとしても覆ることはありません。いつも帝国に住まう民の幸せしか考えてないですから」

「出過ぎた発言でしたな、失礼しました」

「ふふっ、が、そう簡単に頭を下げないでください。私の肩身が狭くなってしまいます」

「私の主人は、第二皇子でも第一皇子でもなく、帝国でもなく……貴方様ですので」


 恭しく頭を下げる老騎士。

 その姿にレスティはもう一度笑みを溢すと、そっと外の景色に視線を移す。

 そして、ボソッと。美しすぎる女性から言葉が漏れた。


「さて、どこにいるのでしょうか……は?」

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