帝国の傑物

「あー、お腹空いたんだよー」


 シャルロットの持っている倉庫から出てすぐ。

 可愛らしい女の子は長い金髪を巻き込みながらお腹をさすった。


「何食べます? ︎︎私としてはパスタ派なんですけど」

「私、ここら辺の店知らないからお任せで! ︎︎あとは───」

「スイーツが美味しいやつですよね」

「フッ……よく分かってるんだよ。流石は私の宿敵」

「フッ……このあと宿敵と呼べないぐらいボコボコにしてやりますよ」


 薄気味悪い笑みを浮かべる子供枠二人。

 どうしてか、段々この二人の仲も深くなっているような気がする。

 一方で、後ろをついて行くアレン達は───


「そういえば、パーティーの正装とか持ってきてんの? ︎︎なかったらこのあと現地調達しなきゃいけないんじゃ?」

「ご安心を、ご主人様。できるメイドはすでに五着ほどご主人様の正装を用意しております」

「え、一着でいいじゃん? ︎︎なんで自らリュックの面積取るようなことしてんの? パーティーに延長試合とかあると思ってるタイプ?」

「いえ、ジュナ様とご主人様に着てもらう正装の意見が割れまして」

「意見が割れる以前に選び切れてないだろ……」


 意見が割れても二人なら二着で済みそうなものなのだが、乙女が好きな人に着てもらう服装はどうやら収まり切らなかったらしい。


「……先輩は分かってない。アレンはシンプルな黒一択」

「最近ぽっと出た後輩の方が分かっていませんね。白に赤……これこそご主人様の魅力を引き立たせるベストアンサーです」

「……俺はどっちでもいいよ年頃女の子の着せ替え人形にならなかったら」


 五着だけで終わることを切に願いながら、アレンはとぼとぼと歩いていく。

 すると、いきなり目の前のシャルロットが立ち止まり、


「ん? ︎︎どったのシャルロット───」

「あら、あなた様もいらっしゃっていたのですね。リゼお姉様の英雄ヒーロー様」


 シャルロットの視線の先。

 そこには、黒軍服を着た小太りな男と、どこか面影のある少女の姿があった。

 艶やかで、若干ウェーブのかかった銀の長髪。幼い顔立ちから滲む美しさと気品。

 年齢的にはシャルロットやアリスと同い歳ぐらいだろうか? ︎︎しかし、纏う雰囲気が年頃の女の子とはどこか違う異質さがあった。


「えーっと……どちら様です?」

「ふふっ、初めまして。帝国が第三皇女───レスティ・ファンラルスと申します」


 っていうことは、リゼの妹か。

 などと、面影があることに納得したアレン。

 すると、その横でセリアがこっそりと耳打ちをしてきた。


「(ご主人様、彼女は第二皇子の派閥でございます)」

「(ってことは、リゼの敵? ︎︎困ったなー……俺はどっちの美少女枠に媚びを売ればいいの?)」

「(いい顔だけしとけばよろしいのでは? ︎︎現状、別に目立って第一皇子に肩入れしているわけではありませんし)」

「(よし、そうしよう。俺の八方美人スキルを発揮する時だ!)」

「(余計なことをしなければ済むだけだと思いますが)」


 なんて二人のヒソヒソ話を他所に、引率しているシャルロットは代わりに前へと出る。


「あー、噂の皇女様ですか。そんな帝国のお偉いさんがどのようなご用向きでここに?」

「お前には関係のないことだ」


 そう言って、小太りな男も前へと出る。

 ラッシュ・トナー。統括理事局の第二席にして、血筋で成り上がった男である。


「高貴な血すら流れていない下賎な小娘が耳にすることなどない。早々に立ち去るといい」

「……だったら、もっとこっそり内緒話でもしてくれませんかね? ︎︎関係ないし興味もねぇのにいちゃもんをつけられると困るんですが」

「ですが、私は興味ありますよ?」


 火花を散らす中、レスティは二人の間に割って入り、シャルロットの可愛らしい顔に視線を向ける。


「お、おいっ、レスティ殿───」

「私と変わらない歳でありながら、連邦のトップを張る少女……密かに尊敬しておりましたもの」

「嬉しい言葉ですね。下心はおありで?」

「んー……そうですね。挙げればキリがありませんが、強いて言うならあなたの発明に興味があります」


 心配するラッシュへ視線を向け、変わらずレスティは笑みを浮かべる。


「別にあなたとの手を振りほどくつもりもありませんよ。私が来たのはあくまでカエサルお兄様の代理……今の発言は、あくまで好奇心からくるものです」

「……なら別にいいのだが」


 ラッシュは少しだけ安堵し、シャルロットへ鋭い視線を向けたあと背中を向けた。

 シャルロットはその背中に「べー」と舌を出すと、レスティへと向き直る。


「では、私のパーティーに出席してはどうですか? ︎︎新作のお披露目会です」

「よろしいのですか!?」

「はい、変に私の倉庫へ案内して背中を刺されるより、大衆の目があるところで下心を出してくれた方が安心ですから」

「なるほど、賢い選択ですね」


 レスティはチラリと横にいるアリスへ視線を向ける。

 ペコリと頭を下げ、つられるようにアリスが頭を下げるのを確認すると、今度は足を進めてアレンの前へと立った。

 突然美少女からの視線が近くなったことに、アレンは少しばかり戸惑う。


「え、えーっと……?」

「ふふっ、そう固くならないでください。単にリゼお姉様の英雄ヒーロー様がどのような方なのか興味があるだけです」


 まじまじと、興味を孕んだ視線がアレンの体へ向けられる。

 少しして満足したのか、レスティもまたラッシュと同じように背中を向けた。


「ですが、あまり引き留めるのも失礼だと思いますので私はこれで。パーティー、とても楽しみにしております」


 そう言い残し、レスティは一人先の廊下を歩いていく。

 小さくなっていく背中。どうしてか、張り詰めた空気から解放されたかのようにアリスが大きく息を吐いた。


「ぷはーっ! ︎︎緊張したー!」

「……そんなに緊張する相手か? ︎︎歳もそう変わらんだろ?」


 立場も一緒だし、と。

 アレンは何気なしに口にする。

 すると、アリスは驚いたように勢いよく振り返った。


「え、おにいさま知らないの!?」

「え、何が?」

「ご主人様、彼女はかなり有名なお方ですよ」


 横にいるセリアが補足するように口を開く。


「皇位継承権争いの筆頭である第一皇子、第二皇子、第一皇女であるリゼ様よりも評判の度合いで言えば桁違い。今の帝国の中で最も皇女様です」

「えーっと……めちゃくちゃ強い、的な?」


 あまり他国に興味がないアレンは首を傾げる。

 セリアはそんなアレンへ首を横に振った。


「いいえ、彼女に帝国が誇る剣聖のような力はありません。それどころか、そこら辺の少女と変わらない身体能力しか持っていないでしょう」


 だったら、なんで? ︎︎そんな知らない人間なら当然の反応が返ってくる。

 そして───


「それでもなお、国三つを堕とし、帝国をさらに繁栄させた───間違いなく帝国の歴史に名を残す傑物でございます」

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