笑っている方がいい
笑っている方がいいじゃないですか?
なんで悲しい顔をしなきゃいけないんですか?
あれですよ? まだちゃんと調べられてないですけど、一説によれば笑っているとストレスが減るみたいです。
逆に悲しい顔しても誰かの同情しか得られるもんないです。
表情は伝播するものです。欠伸をすればつられて欠伸しちゃいますし、泣いていれば相手も泣いちゃうんです。
じゃあ、笑っていたら? つられて笑っちゃうじゃないですか。
―――笑っている方がいいに決まってます。
それがたとえ、親の死に目であっても。
『シャルちゃん、ごめんね……私、先に天国に行っちゃうかも』
私の家族はお母さん一人だけでした。
母子家庭で、早々に亡くなったお父さんの代わりに私のことを一人で育ててくれたんです。
家は決して裕福ってわけじゃなかったですよ。
なんとか私一人を養っていけるぐらいのお金しか稼げなくって。
でも、私は昔から何かを作るのが好きで……材料やらで家計を圧迫していました。
あの頃の私は何も知らなくて、好きに好きなことをやらせてくれるお母さんに甘えて、色んなものを作ってきました。
それがお母さんを無理させた原因だとは知らずに。
気づいたのは、それこそお母さんに限界がやって来た時。
自己嫌悪。それでいて申し訳なさと罪悪感、死に目が近いことに私は大泣きをしました。
『ねぇ、シャルちゃん……お母さんね、シャルちゃんの笑ってる顔が大好きなの』
だから、私には「やめなさい」とも言わずに。
私がしたいことをしたいだけやらせてくれて。
『最近、どんなの作った……?』
お母さんが力のない声で話してくれている状況。
私だってここまできて気づかないほど馬鹿じゃない……お母さんはきっと、もう。
だから私は、病院から飛び出して家へ帰り、一番最後に作った機械を取って戻りました。
なんてことない、ただ会話を録音する機械。
お母さんが大好きな吟遊詩人の詩を勝手に取って、いつかお母さんに聞かせてあげようって思っていたもの。
私はお母さんにそれを聞かせました。
そしたらね、お母さんは―――
『やっぱ、り……シャルちゃんは、凄い……わねぇ』
笑ってくれたんです。
弱々しい表情のまま、確かにちゃんと。
私の目尻には涙が溜まっていました。
でも、ですよ? これから死んでしまうであろうお母さんがそこにいるっていうのにですよ?
「わ、私は……お母さんの娘ですからねっ!」
私は笑っていたんです。
こんな時でも。こんな時でも……ッ!
病院の人も釣られて涙を浮かべている中、当事者である私が―――お母さんの笑顔につられて。
『あぁ……』
それから、お母さんは最後に。
『最後に、シャルちゃんのその顔が見られ、て……幸せ、だった』
それだけを言い残して、この世を去っていきました。
まだまだ若いはずのお母さんが、この世を堪能したかのように幸せそうな死に顔を見せて。
泣きたかった。泣いていたと思います。
それでも、私は笑っていて……お母さんも喜んでいて。
(あぁ……笑っている方がいいんですね)
最愛な人が亡くなった時でも。
石ころに躓いて泣いてしまった時も。
笑っている方がいいのだと、私はお母さんに教わりました。
だって、こんなに幸せそうな顔をしていて。私も不思議と悲しみだけでなく嬉しさも胸の内に込み上げていて。
―――それからほどなくして。
私は当時の統括理事局の第七席様に目をつけられて、充分すぎる環境で思う存分研究、研鑽、発明をさせられました。
まぁ、統括理事局の中で異質すぎるほど優しかった彼はほどなくして亡くなっちゃいましたけど。私も思い切り泣いて……一緒に最後まで笑いましたけど。
そうして、今度は私が彼と同じ第七席の席に座って、ほとんどの技術が世に出ていって。
―――けれど、私は満足しません。
新しいものを作って作って世に広めて、多くの人の手に渡って。
ご飯を食べる時も、遊んでいる時も、誰かが亡くなった時でも笑顔になってもらえるように。
そうしたら、どんなに悲しくても嬉しさが少しぐらいは湧いてきますよね?
……お母さん、私は。
あなたに教わったことを、これからも頑張って皆に届けようと思います。
「だって、笑顔! 皆が笑ってくれたら、私だって笑えちゃいますもんねっ!」
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