笑顔にしたい

「はぁ……なんだろう、あの瞬間だけ戦場だったらいいのになって願望があったわ」


 それから少しして。

 ライカと「じゃあ、私はそろそろお暇させてもらうよ」という言葉を残して別れたあと、アレンの口から溜め息込みのそんな言葉が漏れた。


「戦場でしたら思う存分殴れましたのにね」

「俺はまだ可愛い妹から怒られた恨みを忘れちゃいない……ッ!」

「おにいさま、私は結構おにいさまに怒ったことがあるんだけど、その他は棚の上にしまっちゃったの?」


 やはり他国からの客ということもあって、先程から通り過ぎる連邦の人間からの視線が集まる。

 しかしながら、注目されることに慣れている面子の会話はいつでもマイペースであった。


「……ねぇ、シャルロットはあの女と仲良し?」

「仲良しってわけじゃないですよ。ただ、統括理事局の中では割かし接しやすいってだけです。汚ねぇ下心が他の連中と違って私の意を尊重してくれてますしね」

「……なるほど」

「賢者のお弟子さん的にはどうなんです?」

「……私は別に。戦ってないし、直接かかわったわけじゃないし。でも、アレンが嫌いなら私も嫌い」

「悲しい話ですねぇ……いい男は周囲の人間関係まで俺色に染めちゃうんですか」


 私は染まらないようにしないと、と。

 そうシャルロットが呟いたタイミングで、一際大きな扉が正面に現れる。

 シャルロットはその扉のノブ付近にある画面に手をかざすと、何やら鍵が開くような音が聞こえてきた。

 そして、小さな手に反した大きな扉をゆっくりと開け放つ―――


「さぁさぁ、おめめかっぴらいてよーく見るといいです! 私自慢の技術の粋すべてです!」


 中は部屋を五つほど潰したぐらいの広さ。

 そこにぎっしりと敷き詰められた棚と、よく分からない機械の数々。絶景ではない、明るい色などほとんどない息苦しい色。だが、圧巻、壮観……なんて言葉が似合う空間であった。

 故に、アレン達は思わず入り口の前で固まってしまう。


「すっげ……」

「これ、全部シャルちゃんが作ったの……?」

「ふふんっ! 当然です! ここにあるものすべてが私が直接愛を注いだものになります!」


 もちろん、何が何に使うものなのか分からない。

 しかし、それでも興味をそそられて中に入ってしまうのは、圧倒的自分の知識の及ばない未知が広がっているからだろう。


「あ、見てもいいですけど触らないでくださいね? 変なスイッチ押したりとかされたら困るんで」


 遠慮がないわけではないが、自然と足が進んだアレン達。

 基本的いつも一歩後ろで見守っているはずのセリアでさえ、同じように自分の興味の赴くまま進んでいった。


「これらすべてがシャルロット様の手で作られたとは……」

「とても十五歳だとは思えん」

「もしかして、中身おばあちゃん説ある?」

「……そういえば、レティア国の王妃も若そうに見えた」

「「「ってことは……」」」

「すみません、その感想はマジな十五歳に失礼だとは思いませんか?」


 マジで十五歳が作ったものとは思えないからこその発言なのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。


「あ、これ可愛い!」


 そう言って、アリスは瞳を輝かせながら棚の上にある一つを指差す。

 持ち手の先端が熊の形をした可愛らしい羽根ペン。確かに、普段使っている道具がこうして可愛らしく作られていると、アリス的には気になってしまうのだろう。


「それ、先端から致死寸前ギリギリの電流を生み出す羽根ペンです」

「可愛くないっ!」


 本当に使用用途が可愛くなかった。


「でも、こっちはどうです? 離れていても特定の相手と通話ができる機械ですよ」

「あ、それはいいかも! いっつもどっか行ってるおにいさまとお話できそう!」

「余ってるんで、あとであげます。感謝しやがれです!」

「え、いいの!? やったー!」


 そう言って見せてきたイヤリング型の機械に興奮するアリス。

 こちらはお気に召されたようだ。


「っていうか、あんまり武器がねぇな……やっぱり、総本山なこともあって武器あんまり置いちゃいけない感じ?」


 視界に映っている機械や道具の中に、見かけたことのあるような連邦ご自慢の武器が見当たらない。

 流石に兵器ほどのものは置けないのだろうが、武器ぐらいは置いてもよさそうな気がする。

 まぁ、アリスが気になったものは間違いなく武器ではあるが。


「いえ、そんなことはねぇですよ? 単に作ってないってだけです」


 シャルロットはアレンの前へと立ち、真っ直ぐ瞳を覗き込む。


「古今東西、技術の発展の下には戦争がありました。剣や槍を生み出すために鉄が生まれ、騎兵を作るために馬が育てられ……別に私はそれが悪いとは言いません。それらがあったからこそ、今私達が過ごしている技術が生まれたのですから」


 でも、と。


「私は、っ!」


 シャルロットは子供らしい満面の笑みを浮かべた。


「楽しかった、面白かった、便利だ、簡単だ、使いやすい、なんでもいいんです! 一人でも多く! それで使う人が笑顔になってくれるなら、私は本望です! これ以上の幸せはありません! だって、笑っている人がいるからこそ、私だって笑えるんですから!」


 その笑顔は、とても無邪気で。女の子というよりかは、子供らしくて。

 見ているこちらまで釣られて笑ってしまうほど魅力的で、大言壮語と思ってしまうはずの内容なはずなのに、熱意がしっかりと伝わってきて。

 どうしてか、自然とアレンの手がシャルロットの小さな頭に伸びてしまった。


「な、なんですかいきなり……」

「いいや、なんとなく撫でたかった」

「子供扱いですか!?」


 そうじゃないって、と。

 アレンは苦笑いを浮かべる。


「シャルロットなら、きっと世界中の人間を笑顔にできるなーって」

「あ、当たり前です……私、天才なんで」


 照れ臭かったのか、それとも大きな声を出して恥ずかしかったのか。

 黒軍服の上に羽織っている白衣を握り締めたまま、シャルロットは頬を染めて俯いたのであった。

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