資本主義

 アレン達が案内されたのは、シャルロットが住んでいるマンションとやらから歩いて数分の建物。

 先程までトランプに興じていた場所も大概驚かされてはいたが、案内された建物はそれ以上。

 高さ、内装、設備。どれを取っても最上級。上位互換ではあったが、違ったのは『住む』というよりかは『集まる』といった部屋の作りをしていることだろうか?


「……んで、ここどこ? そろそろ俺は技術格差に心が泣いちゃいそうなんだけど」

「王族あるあるだよね……どうしても自分の国と比べちゃうんだもん。どっかに一人でもいいからうちの技術を発展させてくれるスーパーヒーロー落ちてないかな?」

「ここ以上に学べる環境があれば来てくれるんじゃないです?」

「そんなのが用意できてるんなら、今頃色んな国へ巣立ち少年が足を運んでるよ」


 長い廊下。いくつも頑丈そうな部屋の扉が見える中、先頭を歩くシャルロットが口を開く。


「ここは統括理事局の総本山。連邦の中心部になります」

「……わくわく、ここ潰したらアレン褒めてくれる?」

「ハッ! それとも、最近できていなかったご主人様とのスキンシップ……!?」

「お前らの脳内で俺の立ち位置どうなってんの?」


 国一つに堂々と喧嘩を売った対価と釣り合っているのが非常に不思議である。

 愛と恋は盲目……などというが、この子達の瞳は曇るどころか黒く塗り潰されているような気がしてならない。


「でも、なんで倉庫が統括理事局の本拠地にあるの? 武器とか発明品とかいっぱいあるんだよね?」


 アリスがそう疑問を投げかけた時───



「あぁ、それはということだよ」



 カツン、と。

 歩いていた廊下の先から、一人の軍服を着た女性がゆっくりとヒールを鳴らしながら近づいてきた。

 唐突にアレン、セリア、ジュナの記憶にある日のことが思い浮かんだ。

 連邦との空白地帯。神聖国と魔法国家との戦闘。鉱山……というより、聖女を巡っての争い。

 そして───記憶。


「よし、セリア。氷のオブジェを連邦さんにプレゼントしよう」

「承りました」

「待ちたまえ、久しぶりの再会を殺傷から始めるんじゃない」


 殺意ギンギンなアレンに向けて黒軍服───統括理事局の第五席に座るライカ・キュースティーは肩を竦めた。


「俺は忘れちゃいねぇぞ……熱い友情が生まれるかと思ったらすぐに汚ぇストーリーに切り替えやがって! あの日、どれだけ可愛い妹に怒られたことか……ッ!」

「あんた、とりあえず一発殴られたらどうです?」

「王国の英雄に殴られるのもある意味名誉か? 私は体験版だけの価値に興味はないんだが」


 流石は資本で成り上がった女性というべきか。

 発言の節々に金のがめつさが窺えてくる。


「……それで、連邦の第五席はなんでここに?」

「ん? あぁ、いつぞやの賢者の弟子か。ついに敵まで心を射止めるとは、流石は英雄ヒーローというべきか」


 その質問だが、と。

 ライカはポケットに手を入れる。


「ここは統括理事局の職場だぞ? 仕事していた時に君達の姿が見えただけだよ。ここに来ていることは知っていたしね、そもそも彼女が向かっていると教えたのは私だろう?」

「……ふぅーん」

「私としましては「ここで会ったが百年目!」というシチュエーションをしてみたいのですが」

「セレスティン伯爵家の神童に喧嘩を売った覚えはないんだが……随分と私も嫌われたものだ」


 堂々と喧嘩を売って、嫌われることをしたからでは?

 なんて、今にでも暴れそうなアレンを抑え込みながら、セリアはジト目を向ける。


「あぁ、そういえば王国の王女様」

「え、私?」


 蚊帳の外感を味わっていたアリスは、いきなり呼ばれて背中を一瞬跳ねさせる。


「先程の質問の続きだが、第七席は連邦にとっても貴重な存在なんだ。他国がほしがるように、連邦としても彼女にはなんとしてでも国に残ってほしい」

「えーっと……じゃあ、シャルちゃんを監視するためにここに用意したってこと?」

「ふむ、理解が早いな……流石は、その歳で国をまとめているだけはある」


 シャルロットをほしいという国が多く存在するということは、その分シャルロットを誘惑する要素が多いということ。

 連邦としても、シャルロットの性格は分かっている。愛国心はほとんどなく、自分が思うままに作れればすぐに移動しまう。

 だからこそ、連邦としてはシャルロットを目の見えるところに置いておきたい。

 思い切って手放し難い技術の粋を集めた倉庫が中心部にあれば、おいそれと出て行くことは難しいだろう。


「……ちなみに、これも議会で可決された結果ってやつですよ」

「裏工作するまでもなくほぼ満場一致だったがな」

「ほぼ?」

「私は賛成しなかったからな」


 首を傾げるアリスに、ライカはさも当たり前のように口を開く。


「第七席……シャルロットはシャルロットという女の子こそが資本だ。頭の中身という曖昧なものは、感情で左右される。土地や金銀のように持っているだけでは資本にはならない」

「…………」

「つまるところ、資本として有意義に運用するなら? 他の連中は、それを履き違えてると今でも思っているがね」


 せっかくの頭脳も、本人が使う気がなければ意味がない。

 もしモチベーションで左右されるのであれば、上手いことモチベーションを上げられるよう努力しなければならないのは道理。

 それは決して拘束して手元に置くことではない───頭脳ではなく、人をしっかり見ていないと財産としての価値を失くす。


「だから私はどこの国に行こうとも関係が残る方を選択するよ。要するに、必要なのは天才児に対する媚び売りだ」

「……嘘ばっかり。あんたは単に他の連中に利益を与えないようにしたいだけでしょうに」

「まぁ、それで私はここまでやって来れたからな」


 ───ライカ・キュースティーは、己の中にしっかりとした方針しほんがある。

 それが褒められることか、褒められないことかは分からない。

 国というよりかは個人主義。真似しようとは思えない。

 けれど───


(そういう考えも、あるんだ)


 ───同じく国のトップに立つ者として、アリスの刺激になったのは言わずもがなであった。

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