後釜

 もちろん、空白地帯に立派な街があるわけはない。

 どこまでいっても自然に囲まれ、あるとすればもう使われていない廃墟だけ。

 故に、行軍をしている時ではなかった場合、基本的に野営を強いられる。

 薄っすらと星の輝きが見え、時折豪快ないびきが聞こえてくる中、天幕の一つからこんな声が聞こえてきた。


「『チルドレン』は私が行われてきた実験の一つです」


 セリアの静かな声は、たった一人の殿方へと向けられる。


「才能ある者から才能ない者へ才能を拡散する。その名目は表向きの平和を謳っている魔法国家の至るところで行われています。『チルドレン』は、言うなれば拡散という名の複製……人工的に魔法士を生み出す研究とも言えるでしょう」

「あの、セリアさん……?」


 相棒の声を受け、アレンはおずおずと手を上げる。

 それを受け、セリアは首を傾げた。


「いかがなされましたか? もしかして、モノローグはスキップしたい派———」

「いや、そうじゃなくて」


 はぁ、と。アレンはため息をつく。

 柔らかな感触と鼻腔を擽る仄かに甘い香りを味わいながら。



 そう、現在アレンとセリアは同じ天幕の中。

 豪快ないびきが聞こえてくることからも分かる通り、今は警備の人間だけ残して就寝中である。

 そして、肝心なのはここからだ。

 シーツに覆いかぶさり、寝ているアレンの下へセリアが潜り込み、抱き枕を抱くかのようにアレンへピタッとくっ付いている。

 これはもう、場所さえ違えばナニが働くシチュエーションである。

 そんな状況で如何にシリアスな重たいお話を聞かされようとも、まったく頭に入ってこない。

 何せ、こっちはこっちで別のことを考えて必死に鎮めるので忙しいのだからッッッ!!!


「……だって、最近ご主人様成分があまり接種できなかったんですもん」

「俺は健康衛星食品なのか?」


 欠如したら何か心配になるような成分なのだろうか? アレンはメイドの甘えっぷりに首を傾げた。


「……話は戻すが、じゃああの子供達は魔法国家の創り上げた被害者ってことなのか?」

「半分正解で半分不正解ですね」

「というと?」

「あの様子から察するに、。初めは無理矢理だったかもしれませんが、もう盲目的に力を持つ自分と正当化する他人の言葉に浸ってしまっている状況です」


 自分はこんな力を持っているからなんでもできるという欲。

 間違っているかも? という疑問を払拭してくれる他人の言葉。

 戻れるはずの場所にいたはずなのに、それらによって突き進んでしまった……被害者。

 セリアの目には、『チルドレン』はそのように映っていた。


「無論、誰が悪いかと言えば魔法士クズ共です。どうせ、いくらでも失敗していいいよう色々な場所から子供達を攫ってきたのでしょう」

「…………」

「『チルドレン』はあくまで研究の一部……研究を仕切っている頭さえ叩いてしまえば、研究は終了します」


 アレンの眉が強張る。

 無理もない、聞いても不快にしかならない胸糞悪い話だったのだから。

 そんなアレンの顔へ、セリアはそっと手を添えた。


「ご主人様が気に病む必要はございません」

「セリア……」

「すべてに手を差し伸べるなど不可能。助け出せるのであれば私だって助け出したいのが本音です。しかし、人の手は数えるほどしかないのですから」


 それに、と。

 セリアは柔らかくて温かい笑みをアレンへ向けた。


「ここにあなたが助けてくれた人がいるでしょう? 大勢を救えなくとも、ご主人様はすでに英雄ですよ」


 魔法国家の実験だけではない。

 この世界には、必ずどこかしらに不幸は生まれている。

 アレンの体は、もちろん一つ。

 どれだけ優しい心根を持っていようが、差し伸べられる人間には限度があるのだ。

 だからこそ、気に病む必要はない。

 悪いのは不幸を生み出している人間であって、今現在誰かのために拳を握ろうとしているアレンではないのだから。


「……ほんと、いい相棒だよ」

「ふふっ、では哀れで不幸だった私をもらってくれますか?」

「家族交えて真剣に一考してやるから、とりあえずできちゃったになる前に離れてくれない?」

「えー、どうしようかなー?」

「喋り方変わってんぞ、小悪魔」


 悪戯っぽく笑うセリア。

 相棒の笑みに思わずドキッとしてしまうアレン。

 その時———


「あ、あのー……」


 静かに天幕の入り口が開き、おずおずと一人の少女が姿を現す。

 何事だろうか、と。セリアとアレンは状態を起こして首を傾げた。


「どったの?」

「え、えーっとね……クラリス、寝ちゃってて。起こすのも申し訳ないなーって……それで、アレンくん達の天幕から声が聞こえてきて……」


 結局、何が言いたいのだろう?

 こんな気恥ずかしそうに体をモジモジさせながら頬を染めるなんて、何事———


「お、お手洗いについて来てほしいなー……って、すみません」

「「…………」」


 この子はドジっ子からあとどれだけ属性をつけようとしているのだろう?

 アレンとセリアは幽霊は絶対NGそうな女の子を見て苦笑いを浮かべるのであった。

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