チルドレン
アレンが何度かバウンドした時、ふと柔らかな感触に包まれる。
久しぶりにもらった一発。
顔を押さえながらゆっくり見上げると、セリアの端麗な顔が眼前に映った。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
「今、戦争に憧れた子供達から無邪気なパンチもらったとこ」
「油断するからですよ、子供のパンチだって辺りどころによっては涙目になるんですから」
「……それを聞いて、ナニに直撃しなくてよかったって心底思ったよ。王子が子孫残せなかったらどうしてくれる」
抱き留られたアレンはゆっくり体を起こし、立ち上がる。
視線の先には腕が膨れ上がった少女と、吹き飛んだ生首をツンツンとしゃがみながら突いている少女。
こんなにも違和感がある光景は久しぶりだ。
何せ、目の前にいるのはまだ公園でボールを片手に遊んでいそうな子供なのだから。
「ぬぉっ!?」
その時、突いていた生首が物凄い勢いで倒れている胴体へ向かっていく。
勝手に生首が動いたからか、妹である少女は腰を抜かして驚いていた。
「……俺はどっちの構図に驚けばいいんだ」
「どちらにでも驚いていいと思いますよ。何せ……」
セリアはキツく少女二人を睨みつける。
その視線を感じ取ったのか、妹の方は首を傾げた。
「あっれっれー? もしかして先輩?」
「先輩と呼ばないでいただけますか? 被害者に上下関係を持ち出してどんな職場を作るつもりです?」
「うーん……でも先輩は先輩だし被害者でもないんだけどなぁー」
先輩、というワードにアレンは眉を顰める。
しかし、問答が始まる前に……クラリスが大槌を構えて突貫し始めた。
「歳上に対してよくもまぁ、このような所業ができるもんだ」
向かった先は妹の方。
妹は口角を吊り上げると、獰猛さを醸し出して駆け出した。
「あははははははははっ! じゃあ、躾の悪い子供にちゃんと教育してくれるのかにゃー!?」
「お望みなら」
「じゃあじゃあ、やって見せてよ! 私達は選ばれし子供なんだから!」
二人の手が届く間合いに差し迫った瞬間、クラリスは大槌を振るう。
スピードを考えるに、子供だろうと容赦はしていないのだろう。
「あー、ゆー、れでぃー?」
しかし、それよりも先に妹が指をさした───そして、腕が爆ぜた。
「ぼんっ♪」
だが、妹はまだしっかりと認知していない。
不死身の捨て身。聖女を守るために鍛え上げられた聖騎士の
「痛いでしょ痛いよねぇ!? 大丈夫大人でも咽び泣いても私は許してあげるかべらっ!?」
クラリスの容赦のない回し蹴りが、妹の鳩尾に叩き込まれた。
「あまり子供には手を出したくはないのだがな、躾してやるといった責任ぐらいは取っておこう」
妹の体が何度も草原の上をバウンドしていく。
一方で───
「神様に祈りを捧げましょう捧げましょう」
アレン達目掛けて、肥大化した腕を振り回す姉がやって来る。
「私達は選ばれた子供達だから、死なない死なない」
姉の腕が振るわれる。
それは横でも上でもなく、下から。アッパーでもするかのように、地面を抉りながらアレンへと猛威を振るった。
しかし、二度も油断するアレンではない。
振るわれた腕に飛び乗り、そのまま少女の体目掛けて走り出す。
「わぁーお、器用器用」
「関心する前にやめてくんねぇかなぁ、戦場に倫理観を持ち出すつもりはねぇけどモチベ上がんねぇんだわ! アリスより幼いだろ!?」
「今年で十二歳、諦めるの無理無理」
乗って気づいた。
これは腕ではない。
正確に言うと、腕を肥大化しているように見せているだけの無数の蔦の集合体───
「私達は『チルドレン』。選ばれた子供達子供達」
腕の肥大化が消え、アレンの足場がなくなった。
とはいえ、アレンは驚かない。
いくら眼前でもう片方の腕を振り抜こうとしても……この場には、セリアがいる。
「発言は撤回しません、何せ後輩と呼ぶには違いすぎます」
パキッ、と。
姉の腕が全て透き通った氷に覆われた。
物凄い鈍い音を残して、姉の腕が地面へと垂れ下がる。
しかし、その直後……氷が全体的に爆ぜ、少女の華奢な小さな腕が顕となった。
「どうしたのどうしたの?」
「お姉ちゃん、てっしゅー! 蟻ん子さんいっぱい来そうだし、この人達つよーい!」
「うんうん、分かった分かった」
いつの間にか、少女は起き上がって姉を呼んでいた。
姉は妹の声に返事をすると、背中を向けて歩き出す。
逃げる……というには、あまりにも堂々と、それでいて悠然とした態度をしていた。
クラリスはそんな二人を見て、大槌を構え出す。
「逃がすとでも?」
「逃がした方がいいっしょ」
妹は姉が横に並ぶのを確認すると、ゆっくりとフードを取る。
綺麗な茶色のストレート。やはり誰でも子供だと分かる幼い顔立ちをしていた。
ただ───両の目が黒く濁っていた。
「ッ!?」
あまりにもショッキングな姿だったからか、クラリスは思わず息を飲んでしまう。
「あなたはいいかもしれないけど、後ろの兵隊さんまで「ぼんっ♪」に耐えられるかにゃー?」
要するに、後ろの仲間達を殺されてほしくないのならこれ以上追いかけてくるな、ということだろう。
クラリスは更に歯噛みを見せ、歩いていく少女達とついて行く魔法士達の背中を見送った。
アレンも、それが正解だと思っている。
結局、この場にはジュナらしき人間はいなかった。
目的を履き違えないようにするのであれば、ここで深追いするのは愚行と言えよう。
しかし───
「大丈夫か、セリア?」
横にいるセリアの顔を覗く。
セリアは主人の心配を受けても、淡々とした表情を見せた。
「えぇ、別に。どうやらあの子達は自分から望んであの場所にいたようですし」
ただ、と。
セリアは怒っているような、悲しそうな。そんな声音を含ませて口を開く。
「『チルドレン』……私の後釜は、まだ終わっていなかったのですね」
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