最高潮、突入

 神聖国が魔法を扱うことは滅多にない。

 正確に言うと、他国も同じことである。

 連邦は己の最新兵器がメインの武器となっているし、神聖国には聖女を守るための不死の騎士がいる。

 強いて扱うのは、軍事力にものを言わせる帝国ぐらいだろう。

 それでも数は少なく、戦場に現れるとしても大規模な戦争ではない限り両手で数えられるほど。


 つまり、魔法が飛び交った時点で───自ずと発信元は導き出せてしまう。


「あー、くそっ! 悠長にレディのお風呂も覗かせてくれないのか、世界っていう人はッ!?」

「世界さんのナイスファインプレーですね」

「ダメだ、絶対に世界さんとはウマが合わねぇ!」


 アレンとセリアが一気に丘を駆け下りていく。

 先にはレティア国の兵士と───


『あいつら絶対に許さない……! 我らが姫さんのお裸を!』

『おっとり美人の入浴シーンを邪魔した恨み……ッ!』

『和服美女なんて滅多にお目にかかれない属性なのにィ! ぶっ〇してやるッッッ!!!』


 ……想像以上に憤慨している、王国兵の突貫している姿が。

 絶対にこの光景は夜分遅くにお邪魔しただけでは生み出せない光景だろう。

 野郎の下心に対する執念が垣間見られた気がした。


「しかし、何故魔法国家がこんなところにいるんじゃ……?」


 一緒に丘を駆け下りながら、エレミスは呟く。

 隣を走っていたセリアは、野郎達の向かっている先を見て返答した。


「どうせ、聖女様と手を組んだのでは? この前私の友人から聞いた話ですと、私達が行った戦争も教皇との関係を作るためみたいでしたし」


 空白地帯で行われた鉱山奪取戦。

 そこでは、聖女を巡って神聖国が起こした戦争に魔法国家が絡んでいた。

 敗北し、少しばかりの和解をした友人であるモニカから話を聞いたところ、結局魔法国家は『勝ち馬との関係を築きたかった』から戦争に加担したという。

 すでに席に座っている教皇より、新しく座った教皇の方が関係も密になりやすい。

 自分達と同じ大国のトップ……深い接点があるだけでも充分な利益を生める。

 そのため、前回ではソフィアを狙って教皇戦を勝ち抜こうとしている候補者を後押ししたのだ。

 もしかしなくても、今回はその延長戦―――馬を切り替えて、新たに聖女経由で競馬に参加しようとしているのかもしれない。


「うーむ……まぁ、神聖国に比べれば人気は低い馬ではあるがのぉ……」


 勝手に別の思惑を乗せられて不満なのか、エレミスは分かりやすく眉を顰める。


「んなことはまずどうだっていい───」


 アレンがひとまず先に飛び出し、戦場に向かって叫んだ。


「さぁ、今宵も戦争だ! 思想主義関係ねぇ、うちの女の子が困ってんだ! 傍迷惑なレディに躾すんぞ、気張れや馬鹿共ッ!」

『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』』』』


 あれこれ考える前に、目の前の敵を。

 自分達は安全圏でふんぞり返りながら戦場を動かしているわけではないのだ。味方と己の命のために目下の戦争に集中しなければならない。

 そして、徐々に暗闇が支配していた草原から神聖国の兵士達の姿が浮かび上がる。

 浮かび上がったのは残念ながら月明かりのおかげではなく―――先程と同じ、火の球体が全体に降り注いだからだ。


「おいおいっ、王様を歩かせるために整備するにしては周り考えなさすぎだろ!?」


 敵味方容赦なし。

 明らかに飛んでくる火は広範囲で確実に葬ろうという意思を感じられた。


「流石、魔法士クズ共は容赦を知りませんね」


 セリアが立ち止まり、頭上へ視線を向けた。

 何かを向けるわけでもなく、何か大きなモーションを見せるわけでもなく。


愛し貴方へ愛の贈り物をアレット・セルベア


 頭上の火の玉が、一瞬にして蒸発した。


『『『『『ッッッ!!!!!?????』』』』』


 その息を呑む音は味方なのか、敵なのか。

 分からないが、とにかく戦場を走っていた兵士のほとんどが頭上を見上げて驚いていた。

 蒸発した煙はすぐさま空間に舞い、メイド服を着た少女はそのまま溶け込んで消えていく。


(ははっ! やはり、随分と可憐な皮を被った化け物もいたもんじゃのぉ!)


 走りながら、エレミスは思わず笑ってしまう。

 これが味方だというのだから心強い。魔法国家がどんな理由で介入してきたかは分からないが、二人がいると妙に安心する。

 とはいえ―――


「こっちも正念場正念場。ご褒美があることを期待して、ちょっとばかし本気マジでいこうかのぉ」


 和服美女は腰にある刀を抜く。

 いつの間にか、そこには白銀に輝く一際目立った甲冑を着ている騎士が一人。


「……何故邪魔をする?」

「はて、邪魔とな? 戦争に正義も悪も存在せんのは理解しておるが、手出しの話で行くなら異議を唱えるぞ?」

「…………」


 神聖国の聖騎士。

 聖女が生きている限り死ぬことが許されない……異分子ゾンビ

 それがようやく戦場に顔を出しているということは、向こうも総力を挙げて最終局面クライマックスに踏み切ったのだろう。

 エレミスの額に緊張から生まれた汗が伝う。

 その時―――


「前回は相手にできなかったが、心優しいダイアモンドありきの騎士がどこまでれるかお手並み拝見させてもらおうかッ!」

「~~~~~ッ!?」


 青白いエフェクトと同時に、二つの物体がエレミスとの間に割って入る。

 白い甲冑を着た騎士はそのまま地面をバウンドしていき、最終的にはアレンだけがこの場に降り立った。


「お邪魔したかね、レディー?」

「いいや、面白い客を連れてきて客席わらわが沸いたぐらいじゃ」


 さぁさぁ、ここから。

 思想と主義を合わせた化学反応から始まった戦争は、ついに最高潮を迎える―――

























「…………………」


 そして、少女は一人夜空の下を歩く。

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