この戦争の大義

 聖騎士は、護衛となる聖女が生きている限り死ぬことは許されない。

 そこに例外はなく、たとえ火炙りにしようが、首をもごうが、遥か深くの海の底に落とそうが、苦しむだけで生存させられる。

 故に、対処法は以前セリアがやってみせたように……一撃で意識を刈り取ることだ。


「死なねぇ不死だろうがなんだろうが」


 アレンは目の前にいた聖騎士の頭を掴む。

 人体の中枢。電気信号によって体を動かしている脳に、アレンは容赦なく過電流を流した。


「がッ……!?」

「魔術師相手じゃ、それもオプション程度だろ」


 聖騎士の振るおうとしていた剣が地面に乾いた音を残して落ちる。

 大混乱も大混乱。乱戦となった戦場に、青白い確かな光が広がった。


「ほれ、お次じゃよ英雄殿」


 声と共に、宙へ頭蓋が己に向かって放られる。


「絵面! 絵面がお茶の間に見せられないようなものに!?」

「戦場におる時点でお茶の間の子供には見せられないじゃろうて。この人数で大規模なヒーローショーをしておるなら、お茶の間の子供も大興奮じゃがの」


 アレンは宙に舞う聖騎士であろう頭蓋に向かって雷を飛ばす。

 なんていうか、死なないと分かっていてもかなり酷い絵面である。

 それ以前に、あの華奢な細い腕でどうやって首まで斬り切れたのだろうか? 転がっていく頭が倒れている胴体に戻っていく光景を見て、アレンは思わず頬を引き攣らせた。


「これで二人。お主がおるから、聖騎士相手でも楽勝じゃわい」

「ご期待に添えられたようで何より……俺は明日ご飯を食べられる体でいられるかどうかが心配だよ」

「吐いたら優しくてかいがいしいメイドが背中をさすってくれるじゃろ、羨ましいのぉ」


 とはいえ、二人の聖騎士は倒した。

 あとは四方で広がっている戦争に参加して数を減らしていけば───


「二人、倒されたか」


 頭上に影が差し込む。

 月明かりに照らされた薄暗い空間に現れた影に、アレンは思わず顔を上げた。

 すると眼前には白い甲冑を纏った銀の髪をした女性が、そのままアレン目掛けて大槌を振るう姿が映る。


「〜〜〜〜〜ッ!?」


 咄嗟に両腕で頭を守ったが、押し潰されそうな程の威力がアレンへ与えられた。


「戦場でも俺は人気枠なのかね……ッ! ファンが押し寄せても、サービスは事務所側から遠慮するように言われてるんだが!」


 やられたからといって、タダでは済まさない。

 巨大な槌は金属製。アレンは帯電している電気を槌へ移動させ、電導を誘発させる。


「ッ!?」


 一瞬の硬直。

 一般人であればこのまま気を失うのだが、意識を保っているのは聖騎士特有の耐久力タフネス故か。

 アレンは体をズラすことによって大槌を逸らすと、聖騎士の女性目掛けて蹴りを放った。


「さ、すがは英雄……ッ!」


 大槌を手放さなかった聖騎士はそのまま後ろに後退していく。

 すぐさま攻撃のモーションに入らないのはアレンの魔術の余韻があるからか?

 それとも───


「……だが、違う」

「何が?」

「ザックから聞いた話だと、君は利益よりも誰かのために拳を握れる優しい英雄ヒーローだと聞いた」


 アレンは手首を感触を確かめながら首を傾げる。


「であれば何故立ち向かう? 君がしている行動は、君の性格から反しているのではないのか?」

「何も間違っちゃいねぇだろ。この場には帰る家がある奴ばかりいる……昨日の友が敵になって妬いてんのか? 美女が新しい属性つけてやって来るのはいいが、意味不明な嫉妬はウザがられるだけだぞ?」

「……そのためなら、ヒロイン一人が泣いてもいいと?」


 聖騎士が地を駆ける。

 先程相対した聖騎士とはどこか違う。もちろん、持っている武器は変わっているが、それだけじゃない。


(こいつ、今までの聖騎士よりも強いな……)


 可愛い成りして何してんの、と。

 アレンはため息をついて聖騎士の女性に向かって拳を握る。


「加勢はいるかの、英雄?」

「いらねぇよ、加勢なんて! これ以上女が増えたらうちのメイドが嫉妬するもんでね!」


 後ろからエレミスの声が向けられる時、大槌が真横へと振られる。

 サイズは胴体をまるまる覆えるほど。振られただけで、ほとんど逃げ場がなくなっている。

 しかし、大振りになってしまうが故に胴体だけは空いてしまう。

 アレンは空いた胴体へ潜り込むと、拳を振り上げようとした。

 だが、器用なことに潜り込んだ懐から聖騎士の膝が顎目掛けて迫り来る。


「がっかりだよ、英雄。ザックから話を聞いた時は、密かに尊敬していたんだが」

「うるせぇ、自己中エゴイスト。元より、てめぇらが始めた戦争だろうが」


 飛んできた膝を手で受け止め、アレンは首筋に蹴りを放った。

 両手は塞がれている。膝を打ってきたために体勢も不充分。

 そのため、アレンの蹴りは確かに直撃し───聖騎士は地面を転がっていった。


(……おかしい)


 アレンは転がっていく聖騎士を見てふと思う。



 確かに、アレンは利益よりも感情を優先する。

 誰かが泣いているのなら望んで戦場へと向かっていくし、誰かに助けを求められたら拳を握る。

 もちろん、これまで全ての戦争がそうだったわけではない。

 今回のように、利益が混ざった戦争など普通に行ってきた。

 そこに落胆でもされたか? しかし、今回の戦争は思想と主義が相違して起こった戦争───というより、神聖国側から起こした戦争のはず。

 なのに、何故自分は目の前の聖騎士の期待を裏切った?

 まるで、この戦争で泣いてしまう誰かがいるかのような。


(いや、っていうかちょっと待て)


 さっきまで敵味方関係なく魔法を撃ってきた───


「ア、アイシャ様!?」


 アレンの右脇腹。

 そこに、一つの人影が潜り込んできた。

 金の装飾をあしらった修道服の少女。ナイフを手に、確かな殺意を込めて突き刺そうとしてくる。


(意味が分からない……)


 ここに死ねば戦争自体が終わってしまうはずの聖女しんぞうがいることも、胸に残る相違しているようなモヤも、全部。

 アレンは難なく少女の手首を掴むと、そのまま持ち上げた。


「いた……っ」

「おい、エレミス」


 アレンは背後にいるエレミスに声をかける。

 すると、ゆっくり和服の女性はアレンの横に並んだ。


「なんかこの戦争……少しおかしいぞ?」

「なんじゃ、妾がステージに立つ役者が腰を抜かしてしまうようなドッキリか何かを仕組んでおるとでも?」

「だったらわざわざ横に並んでこねぇだろ……そうじゃなくて、そもそもの前提が違うような……」


 アレンが違和感を覚えている時、手首を掴まれて持ち上げられた修道服の少女がキツくアレンを睨む。


「……あなたのせいよ」

「あ゛?」

「なんなの……なんであなたまで私達の邪魔をするの? あなたは、誰かのために戦える英雄じゃないの?」


 少女の瞳から涙が零れる。

 期待を裏切られた子供が、絶望しているかのように。


「だって、あの子は苦しそうだったんだよ? ずっと、ずっと……私は変わったのに、初めて出会った時からあの子は変わらず。それで、今度はもっと酷くなるって」


 そして、少女は口にする。


「私達は、私達の信徒なかまを助けるために戦ってるの! またあの子をあんな息苦しい国に閉じ込めるつもり!?」


 この戦争の、大義を。

 今回始まった争いの、前提を───



「おい……そういえば、今!?」

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