回想~???~

 最近、魔法国家にあるうちの教会に珍しい女性が足を運ぶようになった。

 金髪の女性。あんまり表情が変わらないから少し話し難いけど、すっごく美人さんだ。

 けど、美人っていうだけじゃなくて。

 その人は、魔法国家で有名な賢者のお弟子さんなんだよね。


(あ、今日も来てる……)


 昼下がり。皆がお昼を食べ終わり始めた頃。

 早めに食事から戻ると、いつの間にか礼拝堂にその人はいた。ちなみに、昨日も。

 熱心な信徒さん? って初めは思っていたんだけど、ちょっと違うみたい。

 だって、お祈りするだけじゃなくてただただボーッと天井を見上げることがあるから。


『あ、今日も来てる』

『賢者のお弟子さんって、魔法にしか興味がないんじゃないの?』

『き、機嫌損ねたら殺されちゃうかな……?』


 あとから戻ってきたシスター達がヒソヒソとそんなことを言って、そそくさと礼拝堂の奥へと向かってしまった。

 本当なら、タイミングを見計らって信徒の悩みを聞くのがシスターのお務め。

 でも、声をかけられないのは相手が魔術師……それも、魔法国家のナンバーツーの実力者だからだろう。

 いくら魔法国家の教会で働いているとはいえ、ほとんどの聖職者が神聖国から派遣されている人。私も例外じゃない。

 だから、一応の敵国で……何かあって殺される可能性もある。だから皆怯えてるんだ。


(そんなに怯えるような人かな?)


 


「よしっ!」


 私はそんな賢者のお弟子さんに……今日、ようやく話しかけることにした。


「あの、いつも来てますよねっ!」


 私が声をかけると、ゆっくり賢者のお弟子さんがこっちを向いてくれる。

 間近で初めて見るから改めて思うけど、やっぱりすっごい美人さんだ。


「……あなたは?」

「あ、あー……ごめんなさい。私はここのシスターで、アイシャ・アルシャラです!」

「……私はジュナ」


 ジュナさん、かぁ。

 ちょっと覇気? 的なものがなさそうな声だけど、いい人そう!


「それで、ジュナさんは何か主にお願いごとでもあるんですか?」


 私は話しやすいように、ジュナさんの隣に座る。

 すると、ジュナさんは少し考えて───


「……息が詰まる」

「え?」

「……この国は息が詰まるなぁ、って。だから神様にお願いしてた」


 楽しいことがありますように、と。

 ジュナさんは天井に張られたステンドグラスを見上げる。

 その時の表情は、やっぱり……苦しそうだった。


(魔法の天才が……こんなに苦しそうなんて)


 お金も才能も、全てを手にしている女性。

 なのに、息が詰まるなんて……どういうことなんだろう? そういえば、セレスティン伯爵家の神童って呼ばれていた女の子が前に亡命したって話があった。

 あの子も才能があって家柄もいいのに、全てを捨ててこの国を去っていった。

 もしかしたら、思っている以上にこの国は───


「……不思議だと思う?」

「えっ?」

「……皆そんな顔をする。私はなんでもできるし、なんでも持っているのに何が不満なんだって」


 ジュナさんは軽い調子で手を天井に向かって振った。

 すると、一瞬にしてステンドグラスの天井が澄み切った青空へと変わる。


「わぁっ! け、景色が変わった! すっごいっ!」

「……『違う景色をオーロラ』って魔法。昨日知って今日できるようになった」


 魔法は高度な武器だと聞く。

 魔法国家にいるから感覚がおかしくなるけど、基本的に魔法を扱える人はそもそも数が少ない。

 私がいた神聖国で使える人は、少なくとも周りにはいなかった。その代わり、聖女様のような主からの恩恵っていう不思議な力もあるんだけど。

 話は戻すけど、それぐらい難しいんだ、魔法を扱うのは。

 なのに、彼女は昨日の今日で新しい魔法を……たった一年で、魔法士の頂きである魔術師へと成ってしまった。


「……私はなんでもできる。そういう才能があるし、

「ジュナさん……」

「……だから、お願いに来てる。いつか、息をするのが楽に……ううん、楽しいことが見つかりますようにって」


 才能がある人間は決して恵まれているわけじゃない。

 不満があって、不幸があって、不安があって。

 傍から見ていると羨ましいって思われるかもしれないけど、結局は隣の芝生が青く見えるだけなんだろう。

 ジュナさんも、結局私達とは変わらない……うん、主の教え通り───


「皆、平等だもんね」

「……アイシャ?」

「これ、あげますっ!」


 私は胸元から取り出したロザリオをジュナさんに手渡した。

 すると、ジュナさんは不思議そうに首を傾げる。


「……これ、信徒の証。私、信徒じゃないよ?」

「いいんです! 同じ神様にお祈りする者同士、皆等しく信徒なかまです!」


 そして、賢者の弟子お弟子さんも私達と同じなんだ。

 だから、住んでる国が違っても信徒なかまであることには変わりない。


「ジュナさん」


 私はジュナさんの手を握って、満面の笑みを浮かべた。


「いつか、あなたの願いが届くといいですねっ!」










 そして、あれから数年後。

 私は女神様に選ばれて、シスターから聖女になった。

 立場は確かに変わった、環境も。今は魔法国家じゃなくて神聖国で暮らしている。

 でも、気持ちはあの頃から何も変わってない。



 だから、私は戦争を起こした。

 だって、私が戦う理由たいぎは───

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