戦わなくてもいい
心地よい風が地面から生える草を靡く。
それだけではなく、アレンの視界には月光と見紛うほどの美しい金髪も一緒に揺れていた。
天幕から少し離れている場所。警護の人間が少し先に見える中、アレンはゆっくりと足を進める。
向かうのは警護の人間……ではなく、澄み切った青空を見上げるジュナであった。
「……空、綺麗だね」
アレンが近づいたのに気づいたのか、ジュナが口を開く。
「こういう時には昼寝でもしてみたいもんだ。ここなら羊を数えながら寝転がっても背中が痛くならなさそうだからな」
「……膝枕、してあげようか?」
「心の底から魅力的なご提案なのだが……ッ! や、やめておこう。うちのメイドは嫉妬深いんだ、違う子の太股に浮気したらどの関節が悲鳴を上げるか分かったもんじゃない」
脳裏に頬を膨らませながら足関節をキメる少女の姿が思い浮かぶ。
日頃から受け慣れているとはいえ、痛いのは代わりないので思わず身震いをしてしまった。
「……それで、どうして私のところに? 戦争に参加しないから怒ってる?」
「馬鹿言うな」
アレンは吐き捨てるように否定したあと、ゆっくりとジュナの横に腰を下ろした。
「元より、ジュナは戦争に参加する人間じゃない。捕虜……の扱いにしては束縛なさすぎだが、ここでジュナを責め立てるのはお門違いだ」
「…………」
「それに、知り合いに拳を向けろなんて口が裂けても言えねぇ。正当な理由があるならまだしも、今のジュナには皆無だ」
手伝ってくれるのは間違いなく助かる。
けれど、それは相手の知り合いで、本人が嫌がっているのに望むものではない。
目先の利益はある。ジュナが参加すれば間違いなく早く戦争は終わるし、早く帝国から一部の領土をもらえる。
だが、本人に嫌な決断をさせながら手に入れるものであればアレンは間違いなく回れ道をするだろう。
むしろ、敵側に回ってくれないだけでもありがたい話だと思っている。
「……変わってるね」
「不思議なことに、よく言われるんだ。とはいえ、戦争がしたくないって思うのはごく一般論だと思うんだが……そこんとこ、どう思う? ちなみに俺は今でも世界平和を願う派」
「……アレンと戦うのは、楽しかった」
「おっと、俺限定に矛先を向けるのか!? もう少し世界に楽しさでも見出そうぜ!?」
スミノフとどこか似ているお隣さんから、アレンは思わず距離を取る。
その慌てっぷりを見て、ジュナは口元を綻ばせた。
「……魔術師は本来、戦場でこそ輝くのに」
「いいか、俺はすでに名声もお金も手に入れている王子様だぞ? これ以上体に鞭打って手に入れられるもんがあるなら逆に教えてほしいね」
「……って言いながら、この前の戦争は何も手に入れられないのに拳を握ってたくせに」
「いや、鉱山の半分が手に入るから戦ったってだけで……結局、見晴らしのよくなった瓦礫に変貌したけどさ」
ジュナは今の言葉が嘘だというのを知っている。
捕虜として王国にいた際、色々なところからアレンがどうして拳を握ったのかを聞いた。
―――己を嵌めた女の子を救うために。
これのどこに利益があるのか? もちろん、聖女と関係を築けるという点ではメリットだろう。
しかし、それだけであれば優勢だった鉱山を占拠していた候補者側につけばよかった。わざわざ妹のためだったとしても自分を嵌めたのだ。
それでも拳を握ったということは……つまり、そういうことなのだろう。
「……アレンは変わってるね」
「だから、別に変ってないって」
「……アレンと一緒にいるのは、楽しい」
ジュナは徐に己の胸に手を当てた。
「……ふわふわするの、一緒にいると。戦っている時はワクワクして、この人と戦うのは楽しいって思ってた。でも、それだけじゃなくて……一緒にいるだけで、胸がポカポカする」
「…………」
「……魔法国家にいた時は、こんなことなかった。ずっと退屈で、ずっと寝ていたかった。どこの国と戦争しても、同じ気持ちにはなれなかった」
靡く金髪が日の光に当てられて淡く輝く。
元々美しい女性だ。乏しかった表情に柔らかさが滲んだだけで、見惚れるほど美しい光景に変わる。
「……本当に毎日退屈だった。そんな時、魔法国家にある教会に足を運んだの。一種の暇つぶしっていうか、なんというか。神様にお願いしたら何か変わるかなーって」
「じゃあ、その時に出会ったのが―――」
「……うん、アイシャ。私が出会った時はシスターだったけど、まさか聖女になってるとは思わなかった」
ジュナは首元からロザリオを取り出し、そっと大事そうに握り締めた。
「……だから、神様にもアイシャには感謝してる。だって、アレンと出会わせてくれたから」
アレンはその言葉を受けて、少しだけの沈黙を作る。
しかし、それもすぐに終わってゆっくりと重たい腰を上げた。
「エレミスにお願いして、この戦争で勝利した時はお尻ぺんぺんだけにしてもらうようにお願いするかー」
「……えっ?」
「本当ならここで投げ出して美談の肩入れをしたいところだが、残念なことに色々こっちも縛られる側なもんでね」
いや、そういう話じゃなくて。
戦争を仕掛けた人間に温情を与えていいものなのかと、ジュナは思わず口を開こうとした。
だが、アレンはにっこりと笑みを浮かべて―――
「任せろ、俺はこう見えて女の子の笑顔を守ることだけは得意なんだ。うちの野郎達も、わざわざ神聖国の宝石を汚そうとも思わねぇ。エレミスが首を横に振るんだったら、そん時はうちの野郎共を引き連れて回れ右でもするさ」
あまりにも清々しく、それでいて……胸が温かくなるような言葉。
聞いただけで安心し、心のモヤが少し晴れていくような。
ジュナは、アレンの言葉を聞いてまたしても口元を綻ばせる。
「……その時は、私も戦ってあげる」
「百人力よありがとう。まぁ、この戦争が終わったらまた王都で遊ぼうや。まだまだうちの魅力は伝えきれてないからな」
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