状況整理

「さて、そろそろ現状の整理でもしておくかの」


 指揮者が集う天幕の中。

 エレミスが大きく地図を広げ、机上にいくつか駒を並べた。


「今回は思想と主義の戦争。要するに、理想と今を見る者の意見の相違じゃな」

「字面だけ並べるんなら前者を応援したくなるんだが……それで他人を巻き込んでお遊戯をおっぱじめたら目も当てられねぇな」


 アレンは面倒臭そうにため息を吐く。

 王国の英雄が座っているのは、エレミスの対面にある椅子。その横にはセリアがピタッと無駄に近づけた椅子に座って体を寄せている。

 甘い香りが話している最中も鼻腔を刺激し、少しばかり話に集中できない。

 ちなみに、スミノフは「そういう話は俺には分からん」と言って天幕から出ていき、ジュナは机に突っ伏しながらエレミスの置いた駒で遊び始めている。


「戦場はここ、神聖国とうちらの間にある空白地帯じゃ」

「地図と天幕の外を見る限り、見晴らしのいい草原が広がっているようですね。ドッキリを仕掛けるには不向きすぎる場所です」


 見渡す限り、広がるのは遮蔽物のない緑の絨毯。強いてあるとすれば今アレン達が拠点としているような丘ぐらい。

 地図上では、空白地帯全てこのような形となっている。本格的に山や森が現れるのは、レティア国領土に差し掛かったところだ。


「セリア嬢の言う通りじゃ。こんなに開けた場所じゃと、襲撃をすることもされることもほとんどない。もちろん、警備担当が夜な夜なのハッスルで寝不足になっていなければの話じゃが」

「ハッスルなんてできねぇだろ……これ、お隣さんのピンク色の声とか普通に筒抜けでお顔が真っ赤になるやつだぞ」


 アレンが面倒くさそうにため息を吐く。

 そんなアレンを見て、遊んでいたジュナが少しだけ顔を上げた。


「……防音の魔法なら、私張れるよ?」

「……ふぅーむ、魔法便利。ちなみにお嬢さん方のお風呂を覗けそうな魔法はありますかな?」

「ご主人様」

「冗談だって腕関節はそっちに回らないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!???」

「わ、妾もその魔法ほしいぞ! いくらで買えるのじゃ!?」

「……なんでそっち側から食い気味な反応が?」


 なんかアレンと同じ匂いがする、と。

 ジュナは不思議そうに首を傾げた。


「話を戻してください、エレミス様。ちなみに、戦況はどのような状況なのですか?」

「少し押されておるぐらいじゃ……が、想定以上に被害が少ないのが本音。正直に言うと、大国相手にここまで善戦できておるのがちと不思議での」

「ん? 相手の人数が少ないのか?」

「……それとも、私達が来たから?」

「どちらかというと前者じゃな、戦争はすでに三週間前ぐらいから始まっておる」


 相手は先走って戦争を始めたと言いながらも、かの大国の一つだ。

 ウルミーラ王国ほど小さくもないが、大国と比べると遥かに劣るレティア国。総出で戦ったとしても、本来であれば人数や個の実力によって押し負けるだろう。

 それが三週間も少しの劣勢で済んでいるのだ。エレミスが不思議に思っているのも、想定しているより人数が少ないと考えるのが妥当である。


「とはいえ、向こうさんも厄介な戦力がいるのも間違いない」


 そう言って、エレミスはジュナが遊んでいた駒を地図上に置き始める。

 取り上げられたジュナから「……あっ」と悲しい声が聞こえてきたが、エレミスはそのまま言葉を続けた。


「向こうの戦力は三千の兵士に、聖騎士が五人」

「んで、こっちは俺達の連れて来た王国兵三百人と、レティア国の兵士が千人。数的には不利だが、こっちには魔術が三人も……って、ジュナは戦力に数えていいの?」

「……アレンのためなら私、頑張る」

「ご主人様、私もいますっ!」


 拳を握って気合いを入れるジュナと、負けじとアピールするセリア。

 こんなに可愛らしい女の子なのに、二人共戦場をひっくり返せるほどの戦力なのだから恐ろしい。


「かっかっか! そういうこともあって、妾らの戦力も一気に急上昇! 今ならライバル商店に下剋上できるどんでん返しなストーリーもフィクションじゃなくなるわい!」

「な、なんか目の前の和服美女がチートアイテムを手にしてはしゃいでる子供のように見えるんだが!? ちょっと可愛いわんもあぷりーず!」

「ギャップ萌えというやつじゃよ。キュンときたか、セリア嬢とジュナ嬢?」

「あれ、普通野郎に向ける言葉じゃないの、それ? 俺はキュンときたのに!?」

「男に興味はないわい」

「妻帯者だよな!?」


 なんで結婚したんだろう? アレンの中で一つ謎が生まれた。


「じゃからな、今回の戦争は妾とて憂鬱なんじゃよ……」


 エレミスが駒を一つ持ち上げる。


「今回の戦争の発起人———神聖国が誇る聖女、がこれまた可愛い子でのぉ……戦争自体だけでも憂鬱じゃのに、更にすこぶるやる気が出ないわい」


 その言葉を口にした瞬間、ジュナの眉がピクリと動く。

 そして、徐に立ち上がって天幕の入り口へと手をかけた。


「おい、どうしたジュナ?」

「……ごめん、アレン。今回の戦争、やっぱり私は参加したくない」


 何故? とアレンが口を開こうとする。

 しかし、それよりも先にジュナは胸元のロザリオを首元から取り出した。


「……私にこれをくれたの、アイシャだから」


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