天幕で

 せっかく知らない場所に行くんだ、観光でもしよう! と普通はなるはずのに、やって来たのは単なる戦場。

 場所はレティア国と神聖国との間にある空白地帯。

 見晴らしのいい丘の上に天幕を張り、一時の英気を養う。

 もちろん、襲撃されても対抗しやすいよう上の方を陣取っているような形だ。

 戦争から帰ってきたアレンは疲労を感じながら、兵士長であるスミノフと共に設営した天幕の中へと戻っていった。

 すると―――


「ほれほれ、もっとちこぉ寄らんか♪」

「……鬱陶しい」

「何故私も抱き着かれているのでしょうか……」


 何やらある意味目の保養的な光景が広がっていた。


「大将、なんか俺の目の前にピンクい雰囲気が見えるぜ」

「奇遇だな、といってもピンクい奴は一人だが」


 アレン達は目の前の光景に頬を引き攣らせる。

 何せ、女性主権のトップがジュナとセリアを引き寄せて目にハートマークを浮かべているのだ。加えて言うのであれば、頬が蒸気して息も荒く、世間にお見せできないような絵面となっている。

 抱き着かれているセリアとジュナは戦争に参加していないのに何故か疲れ切っていた。


「おぉ、戻ってきたか王国の英雄!」

「……えーっと、どういう状況?」

「ん? 可愛い女の子とイチャイチャしとるだけじゃが?」

「こいつ、俺が汗水たらして働いている時にやることやってやがった……ッ!」


 何が女性主権だ、てめぇも働け。なんて愚痴が普通に口から零れそうであった。

 横にいるスミノフは「なんか大将と似てんなぁ」などと既視感を覚えていた。


「まぁ、そう怒るでない。妾とて鞭で叩くばかりの女王様ではないぞ? しっかりと飴ちゃんも用意してある」

「……ほほう?」


 アレンが食い気味に興味を示す。

 だって、この流れで褒美ともなれば、つまりはそういうことなのだろう。

 その証拠に、目の前の和服美女は肩を少しだけ露出させ明らかに色気を醸し出し、自分を誘っている。

 レティア国が誇る、絶世の美女。あと和服美女。

 これに興奮しないわけが―――


「次の戦場も用意してやるぞ! これが妾からの褒美じゃ!」

「…………ッ!!!」

「大将! 俺の剣を抜いて突貫するんじゃねぇ流石に俺でもそれはマズいって分かる!」


 期待を裏切られたからか、単に鞭しか与えてくれなかったからか。

 戦場で輝く働き蟻さんは、スミノフに必死に押さえられながら額に青筋を浮かべていた。


「馬鹿じゃのぉ、人妻に手を出させるわけにはいかんじゃろ。というより、手を出させたら帝国の美姫に怒られてしまう」

「……エレミス様」

「はいはい、分かっておる。なにぶん、近頃の男よりも可愛い反応見せるからつい、の。じゃから美少女がそんな冷たい目をせんでおくれ」


 エレミスは両手を上げ、二人から離れる。

 やっと解放されたセリアとジュナはすぐさまアレンの近くへ寄り、それぞれ腕に抱き着いた。


「……落ち着く。やっぱりスキンシップはアレン一択」

「私のポジションは絶対にここです、決定事項なんです」

「大将、うちの連中を呼んできてもいいか?」

「やめろ、絶対に世間にはお見せできない殺伐とした構図が完成する」


 脳裏に浮かぶのは、敬愛すべき馬鹿共から剣を向けられる光景。

 これが実際に何度も現実で起きているのだから、本当に洒落にならない。


「っていうか、うちの馬鹿共は待機させてるんだよな?」


 アレンは二人から抱き着かれたままスミノフに尋ねる。


「まぁ、待機とは言ったぜ。レティア国の人間が天幕を用意してくれて、やることもなくなっちまったし」

「ふぅーん……じゃあ、一応釘でも刺しておくか」

「釘?」

「一応、他国の前だからな。いびきでもかいて男の品位を落とすような真似をしたらレティア国のお嬢さん方に迷惑をかけるかもしれん」


 流石はレティア国というべきか。今回参加していた兵士の半数は女性陣であった。

 そんな中で、自由気ままに休息を取り、だらしなく寝てでもしていれば変な目で見られるだろう。

 というより、そもそも共闘している他国に迷惑はかけられない。

 ある程度の礼節は弁えるのが普通。とはいえ、普通ではない面子だから釘を刺しておかなければ心配なのだ。


「別に気にせんでもよいぞ? 今回は妾らが手を貸してもらっている状態じゃからの」

「いいや、礼節はしっかり弁えるべきだ。女に手を貸している時こそジェントルマンでいるのがモテる秘訣だからな」

「その割には先程剣を持ってキレそうになっていたが?」

「フッ……お姉さん、その記憶はきっと捏造さ」


 なんかよく分からないキメ顔を見せ、アレンは二人に腕から離れてもらうよう促す。

 そして、ある意味で心配な部下達が迷惑をかけないよう、注意喚起するために天幕から出———


『お姉さん、どうか俺とお付き合いを!』

『なぁ、俺の雄姿は見てくれたか!? あれ、君のために頑張ったんだぜ!?』

『あそこに綺麗なお花が見える。もしよかったら、そこで僕と二人っきりでお話ししないかい?』


 ―――ようとしたが、そっと中へと引き返した。


「……今回、戦争僕達ちゃんと頑張ります」

「お、おぅ……それはありがたいが、何があったんじゃ?」

「…………ごめんなさい」

「何があったんじゃ!?」


 離れていたからこそ、天幕の外で行われている光景に気づいていないエレミス。

 一方で、アレンは外の手遅れな景色を見て顔を両手で覆いながらさめざめと泣いていた。


「流石、うちの連中はどこに行っても通常運転だぜ」

「戦場では滅多に咲かない花があって、馬鹿達も興奮していらっしゃるようですね」

「……王国の人、面白いね」

「もうやめてうちの痴態がッ!」


 どうやってあとで皆にお詫びしよう?

 目下戦争を嘆くより、謝罪の方法を嘆きたくなったアレンであった。

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