思想と主義の戦争

 レティア国。

 大陸では珍しい女性主権で生きている国家だ。

 男ではなく女性。差別などはないが、女性が表立って国の運営や生活面での中心人物となる風習があり、実際に国を治めているのは一人の女性である。

 かの四大国の二つである魔法国家と神聖国と隣接はしているものの、トップの王妃の手腕によって今もなお領土が小さくなることなく繁栄を見せている。


 そんなレティア国に、アレン達は―――


「戦争に、来てるんだもんなぁ」


 アレンは両手のひらから生み出した魔法をとりあえず飛ばしていく。

 突き刺さった雷は的確に相手の意識を刈り取り、次々と神聖国の兵士達を地面へ倒れさせた。


「昨日までの平和が懐かしい……っていうか、戻りたい」

「戻ったところで、するのは初対面の人と戦争という名のゲームですけどね」

「なんでどこに行っても平和の二文字が見られないの……」


 ジュナと一緒に王都へ足を運んだのがこの前のお話。

 片道一週間の道を兵士引き連れてレティア国へ足を運び、到着してすぐ戦争に駆り出されたのが今のお話だ。

 どうやら予め帝国の第一皇女であるリゼから「加勢してくれるみたいだから」とお言葉をいただいていたらしく、外野だったはずのアレン達は楽しい楽しい戦場へと連れていかれた。


「ちくしょう、戦争なんてしたくねぇのに……さっさとトンズラしてぇ」

「…………」


 アレンの呟きが耳に届いたかどうかは分からない。

 横にいるジュナはいつも通りの無表情な美しい顔を見せていた。


『大将! こいつら全員俺が相手していいんだよな!?』


 戦場のど真ん中で、そんな頭の悪い声が聞こえてきたような気がした。

 その声は、もしかしなくてもアレンとは正反対な戦闘に生きるスミノフのものだろう。

 とりあえずアレンは引き攣った頬のまま届くか分からない声援を飛ばす。


「子供でも分かる質問にお兄さんがしっかり答えてやろーう! 死ぬから普通に一人で相手にしちゃダメだぞー!」

『なるほど、死ぬ度胸があれば一人で相手にしていいってことだな!?』

「って言う馬鹿がいるから、お前らも手伝ってやれー!」

『『『『『おいコラ美少女侍らせてねぇで、大将もさっさと下りて戦えッッッ!!!』』』』』

「あれ!? 俺もお守りに参加しろと!?」


 王子なのに、と。

 アレンは涙を浮かべながら渋々と丘の上から降りていく。

 その姿を見て───


「結局、行くんじゃな」

「なんだかんだ、ご主人様は部下と遊びたいお年頃ですので」


 セリアはクスッと笑う。

 こうして己が戦争に参加していないのは、恐らく戦況を見る限りアレン一人で充分だと思ったのだろう。

 もしくは、レティア国の王妃であるエレミスを守るためか。

 どちらにしろ、セリアとジュナがいればたとえ攻め入れらても問題ない。何せ、二人は大陸有数の戦力である魔術師なのだから。

 まぁ、片方の魔術師は現在大きな欠伸をかまして退屈そうにしているが。


「して、今回の戦争の発端はどのようなものなのでしょうか?」


 戦場に「ズバヂィッッッ!!!」という青白い光が現れ始めている中、セリアがエレミスに尋ねる。

 すると、和服美女は頭が痛そうに一つ大きなため息をついた。


「妾の国が女性主権なのは知っておるの?」

「はい」

「ざっくり言えば、それが気に食わんから喧嘩売りに来た……といったところじゃ」

「本当にざっくりとした理由ですね」


 詳しく説明すると、神聖国は信仰している神からの教えの関係で『平等』を謳っている。

 誰もが同じような立場で、同じような環境を与え、同じように接するべき。

 他にも『信徒は家族』、『手を取り合って助け合うべき』などといった博愛に満ちたお言葉もあるが、一方でレティア国は女性主権。女性が優遇され、女性が男性よりも活躍できる環境が根付いている。一家の大黒柱が男ではなく女。男が働いて金を稼ぎ、家族を養うのではなく、女性が積極的に働いて家計を支える───みたいな風習があるのだ。

 大国であり『平等』を謳っている神聖国としては、神からの教えに反している行為。

 要するに、神聖国の思想がレティア国の主義と反しているから起きた戦争ということだ。


「神聖国にとっては、隣接しているレティア国がこのような形態で動いておるのを前々から嫌がっておった。それが実際に浮き彫りになってしもおたのは、教皇戦の決着がつきそうだからじゃの」

「……教皇戦と何か関係あるの?」


 暇そうにしていたジュナが、ようやく会話に入ってくる。

 だからからか、エレミスはいきなり瞳を輝かせた。


「おぉ! 噂の賢者の弟子は別嬪さんじゃのぉ! 妾達の空白地帯に変な建造物を建ておった頭のおかしい連中の中に一輪の薔薇がおったとは!」

「……目が怖い」

「もちろん、セリア嬢も可愛いぞ!? セリア嬢はどちらかというとダイアの原石———」

「話を戻してください、エレミス様」


 つれないのぉ、じゃがそこがいいっ!

 エレミスは口元を吊り上げ、分かっていないジュナに引き続き説明を始めた。


「成果がほしいんじゃよ、成果が。王国と連邦と戦った一件で教皇戦はほぼ決着がついてしもうた。じゃが、確実に教皇としての地位を手に入れるためにはあと一押しがほしかった……ってところじゃな」

「目の上のたんこぶを消せば、皆から褒められる……安直な発想ですが、実際にレティア国を支柱に納めれば間違いなくその候補者は教皇へと成るでしょうね」

「……難しい話」

「かっかっか! まぁ、賢者の弟子には関係のない話じゃ! 気にせず老人との会話に付き合ってくれればよい! それだけで妾は喜ぶぞ? 何せ、美女美少女との交流なのじゃからな!」


 老人というが、あまりにも若すぎるようにしか見えないのは気のせいだろうか?

 セリアはエレミスの姿を見て眉を顰めてしまった。


「しかし、疑問です……神聖国側は滅多に自分から戦争は起こさないはずなのですが」


 ふと、脳裏に以前出会った聖女の子を思い出す。

 あれだけ優しく、純粋ないい子が支持している候補者だ。己から戦争を吹っかけるような性格には思えない。


「実際のところ、候補者が起こしたというよりかは候補者を推している聖女が引き起こした戦争じゃな」

「なるほど、そういうことですか」

「……ん? つまり、自分の候補者を教皇にしたいから頑張ってるってこと?」

「どこの国の人間でも、推しのためなら命を張れるってことじゃよ。とはいえ、やってることは褒めてもらうために頑張って獲物を捕まえようとするペットみたいじゃが」


 国の総意で総てが動くわけではない。

 それぞれの意思があり、それぞれの行動指針があり、全員をきっちりと統率することなどどの国でも不可能だ。

 利益ほしさに戦争を起こす一個人もいれば、褒めてもらうために主人の言葉を待たずに行動してしまう一個人もいる。

 今回の戦争は、どうやらそういった類のものみたいだ。


「よくもまぁ、起きた戦争をそこまで把握しておられますね」

「うちの情報部は優秀じゃからのぉ。まぁ、今回は割かしがの」


 セリアはエレミスの笑いを受けて納得した顔を見せる。

 とりあえず、今の発言に対して何も思うところはなかったのだろう。


「というわけで、助かった。お主らが来てくれんかったら、正直ちと厳しい戦いじゃった」


 エレミスが懐にある刀を触りながら呟く。


「……そうでしょうか? これだけの規模であれば、そこまで苦戦を強いられるものではないと思います」

「流石は魔術師。発言が豪胆というかなんというか……今は見えておらんが、今回の戦争は主人の命令なしで動いた聖女ペットも聖騎士も参加しておる。普通に考えて辛いじゃろうよ」

「……ん、聖騎士は厄介」


 珍しくジュナが同意する。

 流石に賢者の弟子ともなれば、幾度の戦争で神聖国と殺り合ったことがあるのだろう。

 セリアも先日、神聖国の聖騎士と戦ったばかり。

 聖女の恩恵を受けた人間の厄介さを身を持って知っているため、内心でしっかりと同意した。


『よーし、鬼さんが逃げていくぞー! お前ら帰宅の準備だ!』

『『『『『和服美女! 和服美女!』』』』』

『そんなに見たいのか和服美女!?』

『がーっはっはっはー! 俺達の兵士のやる気がどこから出てくるのかが分かる一幕だな、大将!』


 そうやって女性陣が話していると、敬愛すべき野郎共のそんな声が聞こえてくる。

 どうやら、とりあえずの戦争はひとまず無事に幕を下ろしたみたいだ。

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