何かの予感
───なんで急なこの展開が多いんだろう?
さめざめとした涙を流しながら、両手のひらに雷を生み出してアレンは思う。
この前まで爆弾そのままな美人さんを王都に案内させたというのに。
何故か不思議。今眼前に広がるのは───
『はっはっはー! 戦争だ戦争! 戦場が心地いいッッッ!!!』
『兵士長に続け、和服美女のために!』
『そうだ、俺達には和服美女を守る義務がある!』
『和服美女! 和服美女!』
……ノリノリで敵に突貫していく、我らが敬愛する
「……この前も思ったけど、なんかアレンがいっぱいいる」
「おっと、俺をあの枠に入れるのか!? 俺は女のためなら命を張れるが、鼻の下を伸ばしてステージに立つ男じゃないぞ!?」
「その割には、今正に戦場に立つ準備をしていますが」
「見て、この涙を! 無理矢理戦争に駆り出されたジェントルマンに鼻の下を伸ばす余裕なんてないんだよッッッ!!!」
横には、相変わらずメイド服を着ているセリアと、興味なさげにボーッと立っているジュナの姿。
眼前には広がる荒野で雄叫びと下心を見せながら突貫していく王国兵。先には神聖国特有の白い甲冑を着た騎士達がびっしりと。加えて、あまり見かけない甲冑を着た男共が王国兵に続くようにして走っていく。
そして───
「かっかっかっ! おいおい、帝国の美姫が慕う英雄とやらにしては随分後ろ向きな態度じゃのぉ!」
───背後には、大きな椅子に悠然と座る、一本の刀を携えた水色の髪と和の着物が特徴的な美女の姿があった。
「もうやだ……なんでいっつも世界は俺を働かせるの。レティア国の王妃とご対面して好感度アップを目指しても、流石に人妻には手が出せません」
「……アレン、元気出して。だったら私と楽しいこと、する?」
「ここはベッドの上じゃないの戦場で魔法をチラつかせながら言わないでそんなこと!」
心配そうに顔を覗かせ、手元に炎をチラつかせるジュナと更に涙を加速させるアレン。
そんな二人を見て、セリアは───
「此度の戦争は考え方の相違、ですか……主義に思想をぶつければ戦争など必然でしょうに」
ことは、二週間前ほどまで遡る。
♦️♦️♦️
「……うまうま、王国のお店は美味しいものいっぱい」
「なぁ、俺の財布が空になったんだけどさ、捕虜よりいい待遇って戦争的にはどうなわけよ?」
「ご主人様も一度捕虜になられては? といっても、いい扱いをされるかどうかは手足を縛ってくれる天使様に期待ですね」
「皮を被った悪魔の可能性が高そう……」
両手いっぱいの焼き菓子を抱えて帰宅するジュナ。
その後ろにいる無一文寸前のアレンは、セリアに頭を撫でられながら一緒に王城の中へと入っていく。
平和な一日。
接待している気にしかならないが、戦争よりかは程遠い和かな時間であった。
「……でも、もらってばかりは申し訳ない」
いきなり、ジュナが両手いっぱいの焼き菓子を見て立ち止まる。
「いきなり立ち止まっちゃってまぁ……ようやく自分の立場を理解したか?」
「……うん、アレンの奥さん」
「そのポジは私なのですが正妻感をアピールしてもよろしいでしょうかッ!?」
「……なるほど、王国の結婚は拳でケリをつける。これが文化の違い」
「文化一緒ですお願いだからこの場でおっぱじめないで
アレンラブな女の子が一人増えただけでこれだ。
今すぐにでも戦争が始まりそうなセリアとジュナを見て、傍にいる使用人達は苦笑いを浮かべている。
なお、間に挟まれている絶賛モテ期到来のアレンくんは、この場の
と、その時───
「あ、やっと戻ってきた」
王城の近くにある部屋の扉が開き、姿を見せたロイが歩いてくる。
頼れるのはやっぱりお兄さん。アレンはすぐさま助けを求めた。
「ちょうどいいところに! 過激なキャットファイトが始まりそうなんだけど、これ一緒に止めてくれない!?」
「二人共、うち的には順番さえ穏便に決めてくれたら好きにしていいから」
「……私、二番でもいい」
「……そういうお話であれば、仲良くしましょう」
「なんて反応に困る仲裁を」
頼れるお兄様のおかげで二人共鉾を収めてくれたようだが、アレンの頬は何故か引き攣っていた。
「それで、ロイ様。ご主人様に何か御用でも?」
「あー、うんそれね。さっきちょうど帝国から手紙が届いたんだ」
はて、手紙とは?
戦争ばかりしてきた敵国様から一体なんの要件だろうと、アレンは首を傾げた。
「帝国の第一皇女様。もう忘れたかい?」
「あー、貴重な美少女からのキッスをプレゼントしてくれた子」
「覚え方に色々アリスと話し合いたいところだけど……要件をさっさと話そうか」
ロイは懐から取り出した手紙を開いて、口を開く。
「アレン達のおかげで、あの時は無事にレティア国に辿り着いて味方にできたみたいだ。まぁ、そのお礼がまず一つ」
「随分ご丁寧な皇女様だな。王国と帝国じゃスケールと価値観が違いすぎて下に見られがちなのに」
「そう言いながら、この前聖女であるソフィア様からお手紙をいただいておりませんでしたか?」
「案外、上に立つ者は文通趣味な純情乙女なのかもしれん」
鉱山破壊して知らんぷりをしている連邦出身の乙女もいるが、まぁそれはそれ。
アレンは引き続きロイの言葉に耳を傾げる。
「それで、もう一つが……そのレティア国と神聖国が絶賛戦争中だって言うご報告」
「ふぅーん……」
「あとは、それに手を貸してほしいってお願いかな」
「よし、焼き捨てろジュナ」
「……いえっさー」
「こらこらこら、帝国トップレディーのお手紙を燃やすなんて恐れ多いんだから」
とはいえ、そのお手紙は戦争への片道切符だ。
戦争嫌いなアレンにとっては不吉なお手紙にしか見えない。燃やそうとして然るべきだろう。
「ですが、それに手を貸す理由などないのでは? 今回は他国の戦争に介入するだけなのでしょう?」
そう、今のお願いはあくまで他国の話。
いくら帝国の第一皇女と繋がりがあってお願いされたとしても、神聖国とレティア国の戦争は丸っきり部外者なのだ。
帝国からのメリットが提示されたとしても、それで重たい腰を上げる理由にはならないはず。
「帝国……というより、リゼ様から領土を一部もらえるみたいだからね。アリスは嬉々としてゴーサインを出してくれたよ」
「なんてことを」
「それに、僕としても賛成派かな? 領地がもらえるって話もそうだけど、どっちにしろここにいたって戦争が始まるのは変わりないし」
……なんだか嫌な予感がする。
そう、逃げる理由が見つからずに結局無理矢理戦争をさせられそうな、そんな予感が。
アレンは背中から冷や汗を流し、ロイの言葉に耳を傾けた。
そして───
「王国にいても魔法国家が賢者の弟子ほしさにやって来るんだから、ちょっとバカンスに出掛けてきてよ。ほとぼりが冷めるまで帰ってこなくていいからさ」
───アレンは脱兎のごとく王城から飛び出した。
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