爆弾と案内

「なぁ、もう捕虜ってポジションじゃねぇだろ? 俺らは異国の令嬢の接待でも始めてんのか?」

「であれば、首を横に振ってはいかがですか? 異国の令嬢のご機嫌が下り坂になるかもしれませんが」

「おむすびが転がっても穴に落ちるとは限らない、か……異国の令嬢がおにぎりを落とさない方法が知りたいぜ」


 なんて愚痴を吐きながら、アレン達は賑わいを見せる王都の中を歩く。

 王国の中心地。小国とはいえ、流石に国一番ということもあってかなりの活気が見て取れた。

 食べ物を売る者、それらを買う者、ちょっとしたデートを楽しむ者。

 往来は人で溢れ、隣を歩いている人の会話すら時折賑わいに掻き消される。

 そんな中、一際目立つ女性が物珍しそうにアレン達の前を歩いていた。


「……しょぼい?」

「おいコラ、王国の一番になんてことを!?」


 どうやら、この異国の令嬢さんは自分の国と比べてしまったようで。

 セリアですら足を運んだ時に言わなかったことを平然と口にしてしまった。


「いいか!? 王国の王都は確かに大国四つには劣るかもしれんが、大国四つと接しているからこそ各国の特産物が流れ込む! 珍しい食材、骨董品、更には各国の可愛いお姉さんですら―――」

「……………」

「腕がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 それ以上の発言は認めない。

 そんな意思が、隣のお嬢さんと捻られた腕関節が訴えていた。


「……でも、楽しくて素敵な街。魔法国家とは大違い」


 ジュナは立ち止まって、近くの串焼きの店に駆け寄った。

 その瞳は、表情が乏しい端麗な顔に輝きを生ませている。


「そんなに魔法国家と違うわけ? 自分で言い出しといてなんだが、高級料理店と比べたら値段も内装も雰囲気も舌が肥えた人間には刺さらないだろうに」

「高級料理店がどんなに凄くても、働いている店員とお店の空気が悪ければ客の評判は愚痴でいっぱいですよ。実際問題、魔法国家の中心は栄えてはいるもののこれほどの賑わいはありませんから」


 セリアがお店に近づき、懐からお金を取り出して一本を購入する。

 ジュナに一本を手渡すと、ジュナは嬉しそうに「……ありがと」と口にした。


「……まぁ、人にもよる。魔法国家は最低限の生活必需品と食糧以外は全部魔法関連だから」

「魔法国家らしい話だな。確かに、人によっては遠足の行く先大当たりを引いたような感覚になるんだろうが」


 魔法国家は国全体が魔法を至上として生きている。

 売り物のほとんどは魔法に関連するもの。杖や魔導書に薬草、そういったものが並び、皆が魔法士として成長できるものしか市場には並ばない。

 元より、魔法国家に住んでいる人間のほとんどが魔法士だ。ある意味需要しかないのだろうが、魔法士ではない者や魔法に興味がない者からしてみれば退屈しかないのだろう。


「……ん、だから私はあんまり好きじゃない」

「おい、これでいいのか魔法国家のナンバーツー?」

「……串焼きうまうま。私、王国に住む」


 串焼き一本で貴重すぎる戦力が亡命を。


「……あ、でも神聖国も捨て難い」

「神聖国?」

「……あそこ、教会がいっぱいあるから行くの楽」


 ジュナが食べ終わった串焼きを店の横にあるごみ箱の中に捨てると、首元から小さなロザリオのネックレスを取り出した。

 それは、どこかで見たことがあるようなもので―――


「神聖国が信仰している宗教のロザリオですね。これまた珍しいものを」

「ジュナって、信徒だったの?」

「……信徒? なのか分からない。神様にお祈りしてたらシスターがくれた」


 神頼みするような人間がまさか神様にお祈りをしている。

 そのことに、アレンだけでなくセリアですら少し驚いた。


「……魔術師になったぐらいの頃に教会に行って、ハマった」

「教会にハマるって……ゲーム感覚でクリアしていくようなものじゃねぇだろ」

「……現実逃避、大事。退屈で息苦しい生活には息抜きが必要。私はずっと「楽しいことを教えてほしい」ってお願いしてた」

「ふぅーん」


 その割には楽しそうな顔をしてたがなぁ、と。

 アレンは鉱山で戦った時のジュナの顔を思い浮かべて首を傾げる。


「……でも、祈りは届いた。神様はアレンに出会わせてくれた。また楽しいこと、しよ?」

「おっと、お嬢さん。楽しいことは戦場じゃなくてベッドの上でしよう。そうじゃないと中々重たい腰が上がってくれん」

「……ベッドの上でもいいよ?」

「…………ほほう?」

「ご主人様」

「お、おーけー、分かってるよセリアさん。そろそろ俺だって学び始める頃合いだ」


 反射的にセリアから距離を取って腕を抱えるアレン。

 これ以上の発言が己の人体にどう影響するのかはすでに学習済みだ。

 セリアはアレンの反応に可愛らしく頬を膨らませ、不満をありありと伝えていた。


「……別にお嫁さんが二人でもいいと思うのに」

「気持ちの整理がまだついていません。レディーはいつだって私だけを見てほしいと思う我儘な子ですから」

「……セレスティン伯爵家の神童は、意外と乙女」


 でも気持ちは分かる、と。

 距離を取って警戒しているアレンを見て、ジュナはそっとロザリオを胸元にしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る