賢者の弟子

 改めて、『賢者の弟子』についてお話しよう。

 ジュナ・メーガス。魔法主義の魔法国家のトップに座る賢者に見出されし異端児。

 その才能は、魔法を学び出して一年ほどで魔術師へと至ったほど。

 常人が何十年費やしても至れない場所へすぐさま到達したのだから、才能の異常さは言わずもがな。

 潜在能力ポテンシャルだけで言えば、セレスティン伯爵家の神童とも呼ばれたセリアを軽々と凌駕し、魔術師という一点だけであればアレンすらも越える。


 それ故に、魔法国家の中で実力をランキング形式で並べていけば、ジュナは上から二番目のポジションだと評価されるだろう。

 ある意味、貴族の重鎮よりも魔法国家では特別な存在。

 そんな異端児が───


「……アレン、私頑張ったよ? ご褒美ほしい」

「クソ国家のクソ女狐がよくも私のポジションを……ッ!」

「待って俺を間に争わないで命がいくらあっても足りないよ死んじゃうのッ!」


 ウルミーラ王国、王城の中にあるアレンの部屋。

 そこでは、美しい女性二人に挟まれるという男共からしてみれば血の涙を流して剣を向けそうなほど羨ましい光景が広がっていた。

 アレンがベッドに座り、艶やかな金髪と抜群のプロポーションを持つおっとりとしたジュナが抱き着き、反対側でもサイドに纏めた桃色の髪が特徴的なあどけなさが残るセリアが抱き着いている。

 ただし、反対側の女の子一人が冷え切った瞳と物理的に冷え切った空間を作り出していたが。


「ご主人様、捕虜の分際で私のポジションを奪ういい度胸を持った人がいます。ですので、ここは首を断ち切って魔法士クソ共に突き出してやりましょう」

「やめなさい、カーペットが赤く染ったらアリスが驚くだろう!?」

「……セレスティン伯爵家の神童はなんで怒っているの?」


 キョトン、と首を傾げるジュナ。

 己の思うままに抱き着いている行動に原因があるとは気づいていないようだ。


「……せっかく敵を倒してあげたのに」


 先の戦争。

 捕虜奪還を目的として侵攻してきた魔法国家との戦いは、今回もまたウルミーラ王国の勝利で幕を下ろした。

 しかし、今回の功労者は呑気に丘の上でティータイムに興じたアレン達ではなく───


「いや、この上なくありがたいんだけどさ……一応聞くけど、あれ味方だよな? 容赦なく豚の照り焼きをテーブルの上に量産してたけど」

「……アレンが褒めてくれると思って頑張った」

「ダメな男に貢ぐ女ってこんな感じなのかぁ……」

「……私もいっぱい貢いでますもん」


 男の子に褒めてもらうために味方をも殺す。

 将来どんな男に引っ掛かってしまうのか心配になる。ある意味もうすでに引っ掛かっているのかもしれないが。


「……というより、そもそも私は愛国心もないし。ぶっちゃけ国なんてどうでもいい」


 ジュナはアレンから離れ、少し天井を見上げる。


「……権力もいらないし、お金もいらない。退屈だし、だらだらずーっと暮らせればいいなーって思ってる人間」

「なんだろう、凄く共感ができるんだが」

「……でも、あの戦争でアレンを出会った」


 しかし、見上げたのも一瞬のこと。

 すぐさまアレンの腕に抱き着き、そのまま顔を埋め始めてしまった。


「……あんなに高揚したのは初めて。絶対、アレンと一緒にいた方が楽しい」

「この場合、私はご主人様に対して怒ればいいのでしょうか?」

「おっと、お嬢さん。それはお門違いだということを理解した方がいい。だから俺の腕を在らぬ方向に曲げないでくれませんか?」


 とりあえず、女の子の嫉妬は間に挟まれている時点で逃げ場はなかったみたいだ。


「……それに、から。出られてよかった」


 最後に呟いた言葉。

 それはしかと二人の耳に届いており、アレンは思わず首を傾げてしまう。

 一方で、元々魔法国家に滞在していたセリアは眉を顰めた。共感できるようで相違しているような違和感。知っている魚を食べたはずなのに思っていた味と違う……なんて感覚なのかもしれない。


「……っていうわけで、私はこのままアレンと一緒にいたい」

「そう言われてもなぁ」


 アレンはふと天井を仰ぐ。

 正直、アレンとてこの展開は予想外なのだ。いっぱい金を踏んだくれるかと思えば戦争が始まり、あまつさえ捕虜の本人は喜んで反旗を翻している。

 元々外交は兄であるロイの担当なのだ。アレンが客席もびっくりな解決策やら対処法など思いつくはずもなし。


「ひとまず、兄貴が何を言うかで判断しよう。いわゆる現実逃避戦術だ」

「……じゃあ、私は捕虜継続?」

「捕虜になっている様子は一切感じられませんけどね」

「仕方ないだろ、こいつ鎖で縛っても焼き切るタイプだし。っていうかもうすでに焼かれたし」

「……縛られるの、嫌だ。胸の辺りが苦しいから」


 そう言って、ジュナは己の実りに実った胸を持ち上げる。

 戦争が終わったあとの平和な一幕。

 和かな時間が流れている中に起こったたゆんたゆんな光景に、横にいるアレンの目は釘付け&鼻の下伸び伸びになったのであった。


「……ご主人様?」

「おっと、じゃんけんがしたいのか? だがダメだぞ? 初めからチョキを俺の目の前に置く宣告なんて俺が勝っちゃうじゃないか」

「じゃーんけーん───」

「やめて突き刺されるビジョンしか見えないッ!」


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