エピローグ

「アリスちゃんは怒っています」


 開口一番、最愛の妹であるアリスはそんなことを言った。

 やれやれ反抗期かな? まったく困ったもんだぜー、と肩を竦めるアレンは仕方なく妹を宥めるために頭を地面に擦り付けた。


「これには深い訳が……ッ!」


 さて、此度の戦争。

 本来は連邦よりも先に鉱山を奪取して自国の領土にするはずであった。

 しかし、途中から目的こそ変わってしまったものの、それはアリスの知らない話。

 加えて、せっかく見つけた鉱脈も山自体が崩れてしまって二度と手に入らないではないか。

 これでは軍の遠征費も鉱脈を探した時の人件費もペイできない。

 アリスちゃん、おかんむりである。


「また赤字! うちの国庫が圧迫! おにいさまは私をいじめて楽しいの!? 私だって毎日帳簿見て胸を痛めながら今日のお夕飯を考えてるんだぞうがー!」

「あの、それはただ単に食い意地が張ってるだけじゃ―――」

「あ゛ァ?」

「うっす、なんでもありませんっ!」


 兄にできることは誠心誠意頭を下げるのみ。

 戦場で数多の敵を葬れる英雄でも、妹のご立腹だけは倒せないようだ。


「アリス様、そろそろご主人様を許してあげてくださいませ」


 紅茶を淹れていたセリアがテーブルに三つほど置く。

 それを見て興が冷めてしまったのか、アリスは頬を膨らませながらソファーへと腰を下ろした。


「……仕方ないんだよ、セリアさんの顔を立ててアリスちゃんの機嫌は私が代わりに宥めておくよ」

「自分の感情なのに自分のおかげみたいに言うの? 厚かましくなぁい?」

「お小遣いカットする」

「Damn it!」

「余計なお口をチャックしないからですよ、ご主人様」


 ただでさえお小遣いが少ないというのに、と。

 アレンは悔しそうに地面へ拳を叩きつけた。


「まぁ、神聖国と魔法国家から何人か捕虜捕まえてきてるようだから、ロイお兄様にそこら辺を頑張ってもらってお金を増やすしかないかなぁ……掘り返すのもお金かかるし、また戦争になるし」

「……今度さ、せっかく顔見知りで共に戦った仲間だし、あの黒軍服呼ぼうぜ? 資本で成り上がったんだったら札束のお風呂に入れる方法ぐらい知ってるだろ」

「その黒軍服こそがお風呂に入れる予定のお金を奪ったのですが」

「……ハッ!」


 やはり敵国なのは敵国なのかと。

 一時の友情の儚さを知ったアレンであった。


「そういえば、聞いたよ」

「ん? 何が?」

「ソフィアちゃんから」


 アリスが紅茶を啜って兄の顔を見る。

 その表情は先程のご立腹とは違い、嬉しそうに……それでいて誇らしそうなものであった。


「ソフィアちゃん達を助けたんだね。流石は私のおにいさまだ!」


 利益こそなかった。

 いや、長期的に見ればもしかするとの利益はある。


 しかし、それよりも自分の兄が利益度外視でか弱い女の子を助けた。

 聞けば、自分がボロボロになりながらも揺らぐことなく手を差し伸べたそうじゃないか。

 兄が傷つくのは好きではない。

 けど、その動機が自分と同じぐらいの女の子を助けるためのものであったのなら、一人の妹としてこれ以上誇らしいものはなかった。


 やっぱり自慢のおにいさまだ。

 だからアリスは、誇らしげな笑みを浮かべてこう言った。


「お疲れ様、おにいさま。今回もかっこよかったよ」


 それを受けて、アレンは目を見開いたあとにすぐさま口元を緩める。


「おう、あんがと」


 こういう光景を見ていると、傍にいる自分までもが小さく笑ってしまう。

 セリアはティーポットを片付けると、仲間に入れてほしくなったのかアレンの横に腰を下ろした。

 温かい環境だ。こういう空間がどこか落ち着く。

 セリアはここぞとばかりにアレンの肩に頭を預け、撫でてくれるのを催促した。


「……甘えん坊だなぁ、お前は」

「私も頑張りましたので」

「へいへい」


 なんだかんだ言っていつも頑張ってくれているセリアに、アレンは苦笑いを浮かべながらも優しく撫でた。


「お熱いねぇ、お二人さん。挙式は王城でやる?」

「おいおい、やめろよそういうセリフ! この子が本気にしたらどうす―――」

「ブーケトスは必ずアリス様に届くよう調整します」

「うむ、任せた!」

「任せるな」


 最近は身内を巻き込んで外堀が埋められているような気がする。

 アレンは気持ちよさそうに撫でられているセリアに少しだけ戦慄してしまった。


「そういえば、おにいさま」

「なんじゃい、妹よ? おにいちゃんは挙式の日取り相談は受け付けないと予め言っておくぞ」

「いやいや、そっちじゃなくて。おにいさまが連れてきた捕虜の中にさ、魔法国家で有名な賢者のお弟子さんがいたじゃん? あれって連れてきちゃってよかったの?」

「いいんじゃね? だってあいつ価値がありそうだし。捕虜にしておけば兄上が色々ふんだくってくれ―――」


 その時だった。

 ガチャリ、と。部屋の扉が開かれて一人の青年が入ってくる。


「あ、噂をすればロイおにいさまだ」

「噂? 何か話でもしていたの?」

「うんっ、おにいさまが連れてきた捕虜について」

「あー、その話か。


 はて、何がちょうどいいのだろうか?

 アレンとアリスは同じようなタイミングで首を傾げる。


「実はさ、さっきちょうど魔法国家からの使者が来たんだ」

「捕虜の扱いについて?」

「うん」


 早速話が進もうとしているみたいだ。

 可能であれば色々ふんだくって今回失った損益分をカバーしてほしい。

 アレンは他人事のように片手で紅茶を啜る。


「それで、なんて話になったの?」

「実はね、どうやら「不当に拉致した自国の民を返せ」って」


 おやおや、何やら雲行きが怪しくなったぞ?


「ただの魔法士だけだったら向こうもすぐ終わらせようとしたみたいなんだけどね。賢者の弟子も連れてきたのがちょっとマズかったみたい」

「え? どういうことなのロイおにいさま」

「うん、つまりね―――」


 ロイは頬を掻きながらも、申し訳なさそうに口にした。


「賢者の弟子は返してもらう、不当故にで。だってさ」

「散開っ!」


 アレンはすぐさま立ち上がりその場を離れようとする。

 だが、撫でられていたメイドの少女が寸前で袖を掴むことに成功していた。


「ふふっ、ご主人様」


 そして、口元に笑みを浮かべながらこういうのであった。


「どうやら、今回もまた?」

「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいやだっ! さっさとこんな国出てトンズラしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」




 ───ウルミーラ王国。


 弱小国と呼ばれるその国で、英雄は不承不承ながらまたしても戦地に赴くことになるのであった。






 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 お久しぶりです、楓原こうたです。


 本編、これにて完結になります!

 最後までお付き合いしていただいた読者の皆様、ありがとうございました!🙇💦

 また次の作品でも、どうかよろしくお願いします!🙏🙏🙏

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