戦争が終わって

 ───鉱山から撤退してしばらく。

 アレン達は捕虜を連れて王国への帰路へと着いていた。


「あのっ! お名前はなんですか!?」


 その道中、一際瞳を輝かせる少女がいた。

 名前をティナ。同じ聖女である姉を持ち、先程初めて顔を合わせた少女である。

 容姿はソフィアを幼くした感じ。一言「可愛い」に尽きるのだが───


「ア、アレン・ウルミーラです……」

「アレンさんですね! あの……どうやったらお兄さんと結婚できますか!?」


 今時の女の子はもうこの歳で結婚なんか考えているのだろうか?

 アレンは早すぎるプロポーズに頬を引き攣らせるばかりである。


「こ、こらっ! あんまりアレン様を困らせちゃダメです!」


 グイグイ迫るティナの体を掴んで引き剥がそうとするソフィア。

 こうして並んでいると、似ているようでどこか似ていない気がしなくもない。


「……俺は小さな女の子に対してどういう反応をすれば? 反抗期が来ると分かっている妹を見る兄のような気持ちだ」

「伸びた鼻はこちらで処理をしてもよろしいでしょうか?」

「おっと、さては今回の戦争でお疲れだな? 伸びる様子もない鼻を見てその発言をすれば主人は思わず心配してしまうぞ」


 薄汚れたメイド服を着ているセリアは「ぷいっ」と頬を膨らませながらそっぽを向く。

 これまたどうして、こんな仕草でも可愛く見えるのだろうか? アレンは相棒の容姿の整い具合に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 それよりも、だ。

 さしあたって、今は助けたあとの聖女達が問題である。


『もうっ、ダメじゃないですかティナ! あんまりアレン様を困らせちゃうと夜にお化けさんが出てしまいますよ!』

『お化けってフィクションのオカルトでしょ? お化けはこの世にいないよ?』

『お化けもサンタさんも妖精さんもいますっ! 怖いんですからね……お化けはとっても怖いんです!』

『お姉ちゃん、私はそろそろそういうのを卒業するべきだと思うの。ついでに夜中に私を起こしてまでお手洗いに行くのも卒業してほしいかな』


 果たしてこのまま耳を傾けてもいいものか?

 アレンは複雑な気持ちになった。


『とにかく、アレン様を困らせちゃダメですっ! アレン様は私達の恩人なのですから!』

『でも、私……将来アレンさんと結婚したいっ!』

『まだティナは子供です! きっと一時の感情とかで───』

『お姉ちゃんはアレンさんと結婚したくないの?』

『んにゃ!?』


 やめよう、そう思った。

 ここから先はただただ恥ずかしい思いをしそうな気がする。


「小さな女の子を助けてヒーロー……少女の瞳には白馬の王子、ですか」

「ちょ、セリアさん?」

「ご主人様はいいですね、将来可愛くなるであろう女の子に好かれて嬉しそうで」

「……すみません、ちょっと労いがほしいです。拗ねないで頑張った俺を褒めて」

「でしたら、損な役割を押し付けられた私も労ってほしいです。タダ働き推奨な職場で働いてしまってメイドは涙です」


 セリアが可愛らしくもあざとい姿で泣き真似を見せる。

 そうされてしまえばアレンは弱い。

 アレンはため息を吐くと、横に並ぶセリアの頭を撫で始めた。


「……ご要望は?」

「添い寝と膝枕を。それと、このまま撫で続けることもオプションでつけてほしいです」

「へいへい、職場の上司もタダ働きさせられてるって認識がほしいよまったく」


 頭の上に音符マークでも浮かんでしまいそうな表情を浮かべているセリアの顔が視界に入る。

 本当に撫でられるのが好きだよなと、アレンは相棒の姿を見て思った。


「しかし、今回は前回とは違ってアリス様も喜びそうですね」

「お? やっぱりそう思う?」


 アレンは食い気味に反応を見せる。


「えぇ、今回の戦争で聖女を助けたことで神聖国側には借りが生まれました。といっても、皇女様同様、教皇戦で聖女様率いる候補者が教皇の座に就けばの話にはなりますが」

「しかし! 今回は目に見える功績もある!」


 デデン! と。

 アレンは指を虚空に突き立てながら気分よく大声を出した。


「折半にはなってしまったが、俺達は新しい鉱山を手に入れることができたのだッッッ!!!」

『流石は大将!』

『よっ! 世界一!』

『結婚してくださーい!』

『もうっ、ティナ!』

「はっはっはー! そんなに褒めないでありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 大声によって、王国兵や聖女達からも拍手が生まれる。

 そう、今回はしっかりと目に見える現在進行形の利益を獲得できた。

 正式な書面はのちほど外交担当の兄が交わすだろうが、軍部担当としては上々である。


「新しい鉱脈ともあって資源は手付かず。折半になったとはいえ、王国に大きな利益を生むのは間違いないでしょう」

「逆に、折半することによって開拓費用も連邦が負担してくれる。ある意味、初期費用も今だけ限定のお得なサービスになったぞ」


 これならアリスも怒ることはないだろう。

 アレンは思い出した功績に鼻歌を鳴らし始めた。


「しかし、連邦側がしっかりと約束を履行してくれるでしょうか?」

「流石に約束を破ることはねぇだろ。何せ、裏切ったら即戦争……こっちが不用意に兵士を削ってしまったせいで相手も損耗してるんだ。避けられて利益も得られるなら、その選択をしないわけがない」

「だといいのですが……」


 そう言っても、セリアは不安そうな顔を浮かべる。


「なーに、心配するな! はだいじょ───」


 その時だった。

 大きな爆発音と激しい風がアレン達に襲いかかったのは。


「な、なんだ敵襲か!? おいおい、やめてくれよ! エピローグ手前に襲いかかってくるエキストラなんて舞台から降りる役者は望んでいないんだよッッッ!!!」

「いえ、恐らく違います」

「だったら何!?」

「あれを……」


 セリアが驚くアレンの視線を誘導して指をさす。

 その指が向ける先───そこには、激しく土煙を上げながらの姿があった。


「……確かに、連邦から約束は破られることはありませんね───」


 何せ、鉱山そのものがなくなってしまったのだから。


 呆けるアレン達一同。

 そして───


「利益、なくなってしまいました……」

「あんっっっっっの、クソ黒軍服がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 アレンの絶叫が空白地帯に響き渡った。

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