前提の相違

 空白地帯で行われた鉱山奪還戦。

 王国は聖女であるソフィアの妹を無事に救出することができ、魔法国家と神聖国は幾何の捕虜を残して撤退。

 鉱山の利権も王国と連邦とで折半。此度の戦争に置いて、どの国が勝ったかなど言わなくてもいいだろう。


 王国の目的も果たせた。

 連邦も邪魔な教会を潰し、折半とはいえ鉱山を手にすることができた。

 しかし、そこでは終わらない―――


「それだと、我々のじゃないか」


 鉱山から連邦方面へと離れた場所にて。

 黒軍服の少女は葉巻を吹かせながら少し大きな岩へと腰を下ろしていた。

 視線を向ける先には、先程まで戦火が広がっていた鉱山。遠目からでも教会の残骸らしきオブジェが見え、草木も焼き払われたかのようにところどころがこげ茶色に染まっている。

 環境破壊にならないといいが、と。ライカは口元に笑みを浮かべて葉巻を地面へと捨てた。


「第五席」


 その時、突然ライカの下へ軍服の人間が何人も現れる。

 その内の一人。彼の手には、ライカと同じ色のした軍服姿の男の襟首が掴まれていた。


「あの魔術師は面白いことを言っていた。何やら我々がどう転んでも目的は達成できる、みたいなことを」


 ライカは岩から降り、ゆっくりと軍服の方へと歩いて行く。


「ただ、あの魔術師はちゃんと前提を正しく認識していただろうか? いや、してないだろうな。でなければ、あの時あそこまで動揺は見せなかっただろう」


 この戦争。


 王国は聖女の奪還、及び鉱山の占拠。

 神聖国は聖女ソフィアの奪取。

 魔法国家は神聖国の勝利で終わらせること。

 連邦は教会の破壊、及び鉱山の占拠———ではない。


「少し前提を遡ろう。そもそもの話だ……のか?」


 空白地帯とはいえ、そこは連邦と王国の間にある場所だ。

 モニカが言っていた―――こんな場所などいらないのだと。

 いらない場所であるなら、そもそも新しい鉱脈を探す必要などないではないか。見つけたところで宝の持ち腐れとなり、遠征にかかるコストがそれこそもったいない。


 戦争を起こそうとした場所が鉱山だという理由は分かっている。

 鉱山であれば各方面からの勢力が入り乱れ、他の候補者の介入を防ぐため。大いに結構。

 だが、見つけられた理由に関しては分からない。


 どうして? そんなの―――


「やはりいたみたいだね……裏切者殿?」


 軍服の人間は掴んでいた男をライカの前へと放り投げる。

 両手足を縛られているからか、男は不格好にもライカに見下されるような形で転がされた。


「ぐっ……第五席」

「いやはや、まさか本当にこの場にいたとは。もしかしなくても、戦争が終わったあとに魔法国家と神聖国から恩恵をもらうつもりだったのかね? ダメだぞ、策士は常に後ろで隠れるものじゃないか」


 ―――果たして、モニカはしっかりとこの前提を指して話していたのだろうか?


 連邦の目的は鉱山の奪取……違う。

 敵国の教会が建つことによって危機感を覚えたから……違う。


「まさか、お前達が王国と手を組むとは……」

「その方が効率がいいだろう? 何せ、第十一席殿は魔法国家と神聖国と仲良しこよしで手を繋いでいるのだから、少しぐらいは私にも友達を作ってもバチは当たるまい」


 

 それが、ライカ達の目的であり……この戦争における前提であった。


 戦争に乗じて、部下に裏切者を捜索させる。

 多くの人間は敵国との鍔迫り合いで人員は割かれてしまっている……そこから安全圏にいる者を捜し出すなど容易も容易だ。


「さて……あまり問答をするのも時間がもったいないな」


 ライカは懐から銃を取り出すと、男の眉間に銃口を向けた。


「裏切りは結構、私は気にするタイプではない。しかし……敗者になった際の責任は、しっかりと取らないといけないのは言わずとも理解しているだろう?」

「ま、待て……ッ!?」


 男が何かを紡ごうとした際中、乾いた音が周囲に響き渡る。

 懇願を始めようとした男は地面へと力なく倒れ、眉間からゆっくりと赤黒い血を流していた。


「これで、我々の目的は達成された。そう考えると、あの魔術師の言葉は前提の相違こそあったにせよ正しかったというわけだ。あの子は将来立派な大物になるだろうね、先見の力は上に立つ者なら持たなければならない必須スキルだ」


 ライカは懐に銃をしまうと、軍服の人間に尋ねる。


「さて、鉱山に残っていた人間は無事に撤退したかな?」

「王国側も捕虜も、他の兵士達も無事に下山し、国へ戻っているとのことです」

「ならよし」


 本来であれば占拠した鉱山に人を残すものなのだが、今回は連邦と王国側で利権を分けるという話を済ませている。

 奪い合う勢力がいないため、捕虜の件もあること故に体勢が崩れた状態で残る必要もない。


「君達には悪いことをしたね。人捜しのあとに宝箱を設置してもらったんだから」


 ライカは小さく肩を竦めると、その場から足を進める。


「時に君達は、どやってお金を稼ぐか知っているかい?」


 突然投げかけられた質問に、軍服達は首を傾げる。

 しかし特段返答は求めていなかったからか、ライカはそのまま言葉を続けた。


「需要に供給で満たしてあげると、誰も手を出していないところに手を出すと、誰かを出し抜くと、お金を上手く回すと……色んな意見があると思うが、私はそうじゃないと思っている。少なくとも、資本で席を確保した私はそのようなやり方はしなかったよ」


 ライカはにっこりと笑う。


、それがお金を稼ぐための秘訣さ」


 そう言って、ライカは懐から少し大きめのボタンを取り出す。

 そして、徐にボタンにへと手をかけた───



「さぁ、共に戦った王国の英雄に不躾ながら愛の籠ったプレゼントをしようじゃないか」

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