教会跡地

 ―――それぞれが戦いを終えた中、聖女であるソフィアは王国兵に背負われるがままようやく教会へと辿り着いた。


 といっても、教会はすでに跡地。

 連邦による爆破が想像以上に大きかったのだろう。ステンドグラスはあちこちに散らばり、残骸だけが景色を覆っている。

 ただ、爆破されたのは上部のみのようで、崩れ切れていない入り口付近は遺跡のようにボロボロの状態で残っていた。


(きっと、ティナはそこにいます……よね?)


 生きているのであれば、まだ空洞として機能しているそこにいるはずだ。

 ライカの言う通り、聖騎士が常に聖女を守ってくれるために生きていると考えるのは妥当。

 ソフィアは王国兵の背中から降りると、真っ先にそこへと向かった。


 ただ一人、ザックだけはこの殺風景な空気に違和感を覚える。


(おかしいっす……


 もしここに聖女がいるのであれば、聖女を奪われないようにするために神聖国兵や魔法士を配置しておくはずだ。

 しかし、ザックの五感ではこの空間に立っているのは六人。ザック達を抜けば三人しかいない。

 それが違和感。

 罠ではないかという疑心暗鬼か、不安という形で頭を埋め尽くした。


 だが、そうであってもここにソフィアの妹であるティナがいる確率は高い。

 せっかくセリアが身を挺して先に進ませてくれたのだ……罠だろうが、そこに奪還すべき人がいるなら足を踏み入れるべき。

 ザックはソフィアを追い越して、まず先にと警戒しながら跡地の空洞に足を踏み入れた。

 そして—――



 


「ッ!?」


 ザックは反射的に剣で防ぐ。

 思った以上の重さに思わず後ろに吹き飛ばされてしまうが。


「ザック!?」


 いきなり吹き飛ばされてしまったザックを見て、ソフィアは驚く。

 そして、その驚いた先から……一人の男が姿を現した。


「どうして来てしまったんだ、ザック!!!」


 ザックと同じ甲冑に、漆黒の短髪。

 顔にありありと怒りが滲んでしまっており、真っ先にザックへともう一度切り込むために踏み込んだ。

 そこへ一緒にいた王国兵が割って入る。


「身内同士の仲間割れなんかやめやがれ、女の子の前で!」

「部外者は黙っていろ!」


 だが、それも聖騎士の一振りで吹き飛ばされてしまう。

 ザックの時とは違い、力量差があったのか彼方へと転がされていった。


(聖騎士がいます、となれば……ッ!)


 こんな時でも、ソフィアは意外にも冷静だった。

 それは傷つく人間を何度も見てきたからか。罪悪感が呪いのように目的を見失うことを阻害している。

 ソフィアは周囲を見渡す。

 すると、そこには—――


「お姉、ちゃん……?」

「ティナ!」


 艶やかなソフィアと同じ金の長髪。

 あどけなく、幼さしか残らない顔立ちに薄汚れた修道服。瞳周りは泣き疲れたのか、どこか腫れている。

 今もなお瞳に涙を浮かべており、ソフィアを見つけた時に向けられたのは潤んでいた不安だった。


 ソフィアは思わず駆け寄った。

 ようやく出会えた。あんな姿と顔をしているのならきっと不安だったのだろう。

 それなら優しく抱き留めて頭を撫でてやらなければ。そうしてアレン達と合流してこの場から離れるのだ。

 そうすれば、ザックを襲っている聖騎士の人もきっと止まってくれるは―――


っ!」


 どうして? と、発する間もなくソフィアの足が止まる。

 それは、ティナの背後から現れた一人の男の姿によって。


「おやおや、ようやく来ていただけましたね……聖女ソフィア」


 男は祭服を着ていた。

 ただの神父や司祭が着るものとも少し違う。聖女と同じ、特別な立ち位置にいる者にしか与えられないもの。

 つまり―――


「候補者様……ッ!」

「お久しぶりですね、聖女ソフィア」


 諸悪の根源。一連の戦争の渦中におり、自身の妹を拉致して教会を建てさせた諜報人。

 ソフィアは珍しくも内々に苛立ちが込み上げてくる。こいつのせいで、と。

 だが、それよりもティナの安全を確保するのが最優先であった。


「ティナを返してください」

「ほほう? 返すなど……まるで私が奪ったとでも言わんばかりの発言ではないですかのぉ、聖女ソフィア。それはカラスは白だと言っているようなものですぞ」

「カラスは黒です!」

「そう、黒です。つまりは、まぁ……私が嘘をついている証拠でもあるわけでもありますわい」


 優しく穏やかな顔をしながら、祭服の男はティナの髪を掻き上げて首筋を露わにする。

 そこには禍々しくも黒い痣のようなものが刻まれていた。


「呪印……ッ!?」

「ただまぁ……返して差し上げる、という言葉に嘘はありませんぞ。これでも候補者に選ばれるほど女神を慕ってきた大司教ですからな、聖女を傷つけるなどとてもとても」


 人の首に呪印を刻んでおいてよくも言えたものだ。

 呪印とは、対象に刻むことによって相手を死に至らしめるというものだ。

 発動条件は術者の呪印がある部分をトリガーとして音を鳴らすこと。隠す気もないのか、それとも脅しか。

 男の手にはしっかりと呪印が刻まれており、ティナの生殺与奪の権利は男が握っているのだと分かる。


「どうして、私がここに教会を建てたとお思いですか?」


 優しい笑みを浮かべながら、候補者の男は語る。


「鉱山資源? 発展する土地での信徒の増強? 違います、。この戦争において、我々の勝ち筋の先はそこに設定されていないのですぞ。それどころか……この瞬間、この時にこそ目的を果たしたと言っても過言ではありませんがな」

「一体、何を……? ティナを早く放してください!」

「おや? まだ分かりませんか?」


 では分かりやすく言いましょう、と。

 祭服の男は優しい笑顔を崩して、ようやく現した下卑た笑みをソフィアに向けた。


「私の目的は。つまり……妹を殺されたくなかったら私の下に来い、聖女ソフィア」


 前提は、開示される。


 この戦争の前提は―――ソフィアという聖女を手に入れることから始まった。

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