神童VS聖騎士②

 セリアと聖騎士の戦いは、アレンと同様少し意外な形で進んだ。

 とはいえ、互いの利を放棄したアレン達との戦いとは違う。


 ―――互いに利を最大限に活かした戦闘。


 聖女がいる限り死ぬことが許されない聖騎士と。

 自身の体を霧状に変化し、物理的な攻撃をよしとしない魔術師。


 互いが互いを殺せない。

 殺す手段が確立されず、ただただ時間のみが過ぎていく戦闘。

 このままいけば双方決着がつかないまま戦争が終わる―――なんてこともあり得た。

 だが、それは上辺だけの情報でしかなく、その中での予想でしかない。


 少なくとも、聖騎士側はこの戦闘による勝ち筋を上辺だけでなく最深で捉えていた。


(辺り一面をずっと覆っている霧……)


 ユリウスは一層視界の悪くなった状況の中、冷静に判断を脳内に下していく。


(恐らく、自身の姿をカモフラージュさせるために広げているのだろうが、相当な魔力を使用しているはず)


 魔術師であろうが、魔法士であろうが、魔法や魔術を使う際は必ず体内に存在する魔力を使用していく。

 個々によって強弱こそ差はあるものの、それは有限であって無限ではない。

 故に、こうもところ構わず魔術を展開していけば、いずれは魔力が底をついて魔術が発動できなくなってしまう。


 それがいつまで続くのか?

 刻一刻と立ち去ったザックを追いかけるための時間が削られていく現実には歯痒いが、勝利という二文字だけであればユリウス達聖騎士に負けはない。

 何せ、聖女が生きている限り死ぬことはないのだから―――そこに有限はなく、聖女が死なない間は無限。

 どちらが先にくたばるかなど、火を見るよりも明らかであった。


「てめェ! いい加減にまともに戦いやが……れッ!?」


 横にいるキースの喉元が抉られる。

 視線をすぐに向ければ、氷の短剣を持ったセリアがキースの背後に回って首を掻き切っていた。


 さっきからずっとこれだ。

 王国の魔術師は短刀で切りつけるだけというヒットアンドアウェイばかり繰り返している。

 こんなことをやっていても意味がないのに。

 いや、時間稼ぎという面では最善だろう。加えて、聖騎士にだって痛みはある。

 何度も何度も致命傷を負わせて心を折る……そういう戦術なのかもしれない。


 だが、その程度で折れる人間ではないのが聖騎士だ。

 聖騎士とはどんなことがあっても主人である聖女を守ることにある―――拷問や死など、役目を与えられた瞬間に克服した。

 となれば、時間稼ぎという面さえ除けば自分達に負けはない。


(上にはもう一人聖騎士がいる……どうせ阻まれるのであれば追いかけるのは諦めて、確実にこの女を始末することにしよう)


 この少女は間違いなく脅威だ。

 どの敵であっても、彼女ほどの相手は早々に見つからない。

 故に、ユリウスはセリアに魔術を出させ続けることだけを優先した。


「ッ!?」


 胸に短剣が突き刺さった。

 それでも、視界に現れた瞬間に剣を振るって魔術を維持し続けさせる。

 セリアに魔術を発動させていれば、必ず限界を迎えるのは相手なのだから―――


「かァ! しャらくせェ!!! しか能がねェのかよてめェは!?」


 だが、忍耐を試されているのはセリアだけでない。

 何もできず、切られるだけで痛みが蓄積していく聖騎士もまた忍耐が求められる。

 キースは我慢の限界だったようだ。苛立ちの籠った表情を浮かべ、当たるはずもない剣を振り回す。


「落ち着け、キース。このままいけば勝つのは我々だ」

「だからといって落ち着いていられるかよォ!? こうしている間にも姫様は―――」


 その時だった。

 ガキッ、と。キースの剣が何かに防がれるように触れる。


「「ッッ!!??」」


 一体何が起こったのか?

 そう思ったのは聖騎士である二人。

 しかし、それも徐々に消えていく霧と……短剣を盾のようにして転がるセリアの姿によって理解させられた。


な……」


 聖騎士の二人は、転がっていくセリアの下に足を進める。

 あれだけずっと魔術を行使し続けていたのだ。そろそろ限界がきてもおかしくないのは分かっていた。

 二人の胸の内に安堵が込み上げてくる。

 一方で、セリアは転がっている際に口の中でも切ったのか、零れた血を袖で拭っていた。


「……先にガタがきてしまったのは私の方ですか」

「目に見えていた結果だろう? 死なない人間など、この世には聖騎士しかいないのだから」


 セリアは唇を噛み締めながら悔しそうに二人を見る。

 持っていた短剣も原型を失い、水として溶けていた。これを見ただけで、もう彼女に魔力が残っていないのだと窺える。


「人のこと容赦なく切りやがって……覚悟はできてんだろうなァ、おいッ!」

「……貴様が姫様を救おうとしてるのは分かっている。だが、それでも貴様は現状助けるどころか脅威でしかない。故に、ここで始末させてもらおう」


 容赦などしない。

 ここで心優しい少女を殺してでも、守りたい人間がいるのだから。

 剣を振りかざしたのはキース。

 その彼も、セリアに対する容赦などなかった。


 しかし―――


「ふふっ、始末……ですか」


 セリアは笑った。

 先程の悔しい顔から一変して。


「あァ?」


 怪訝そうな顔をキースは浮かべる。

 その瞬間───


 激しい衝撃がキースを襲った。


 具体的には、


「がハッ!?」


 キースが驚愕の表情を浮かべたまま、今までとは比べ物にならない威力に白目を剥いた。

 何度も何度も山道を転がり、止まった頃には動く様子すら見せずに地に伏せてしまっている。


「こ、これは……!?」

「別に、私は魔力が切れていませんよ?」


 セリアの姿が一瞬にして消える。

 そう思った頃にはユリウスの首元にか細い腕が入り込み、容赦なく締め上げられていた。


「ッ!?」

「本当は時間稼ぎでもよかったのですが……私とて、プライドはあるのです」


 殺せない相手に勝つにはどうすればいいか?

 上辺だけの情報ではなく最深で捉えていたのは、何もユリウスだけではなかった。


 ―――殺せないのであれば、一撃で意識を刈り取ればいい。


 そうすれば起き上がってこない。

 それどころか、殺さずに無力化できるという最善な構図ができ上がる。

 そのためには、まずは自身の最大の攻撃を確実に叩き込まなければならなかった。

 であれば、まずは油断させよう―――具体的には、とか。


「私は英雄の隣に立ちたい女の子ですよ? であれば、ここで時間稼ぎなど程度の低い目標など立てません……英雄の名に恥じないような勝利を。ご主人様のために、脅威となる人間は排除します」

「な、にを……!」


 セリアが締めている首は完全に入り込んでいる。

 ユリウスが肘でセリアを離そうと叩きを入れるが、実態を持たない体には無意味。

 ただただ、意識が刈り取られる数秒をゆっくりと味わうのみだった。


「ご安心下さい、神聖国の聖騎士様———」


 徐々に薄れゆく意識の中、ユリウスは耳元でこんな言葉を聞いた。



「あなたの姫様のことはご主人様が必ず救ってくれますよ。何せ……彼は誰も手を差し伸べてくれなかった英雄なのですから」



 その言葉に信憑性も根拠もない。

 足掻こうとも実体がない以上どうすることもできなかった。

 だから、ユリウスは最後の最後に願う。


 ……姫様を、救ってほしい。


 その願いに対する答えは、残念ながら途切れる意識が邪魔をした。

 だが、途切れる意識の直前———任せてください、と。そう聞こえたような気がした。


 ―――ここに、もう一つの戦いは幕を下ろす。



 残るは、目的地である教会だけとなった。

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