第五席VS魔術師②
モニカの頭の中には「引き下がってほしいなー」という楽観的な考えがあった。
別にこの戦争に大きな執着があるわけでも、魔法国家の利益のために身を粉にして働こうと思っているわけでもなく、報酬とかつて学友だったセリアと再会したいためだけにここにいる。
つまり「行けよ」と言われただけの戦いであるが故に、無為な戦闘はしたくないのだ。
相対している相手は連邦の黒軍服。
自分のように魔法を極めている魔術師ではなく、どこにでもいるような女性。
ただ違うのは、奇怪で意味不明な兵器を使って自分を殺そうとしていること。
まだ、王国の英雄と戦うよりかはマシと言えるが、それでも面倒で死ぬ可能性があるということは変わりなかった。
だから、避けられるものなら避けたい。
何故なら、こちらは別に連邦の目的を阻害しているわけではないのだから。
魔法国家と神聖国の邪魔をしなくても、連邦の目的は達せられる。
向こうも魔術師とは戦いたくないだろう。
だったら、ここで無為な戦闘は避けようと思うは───
「さて、無駄話は終わったかな?」
「ッ!?」
だけど、ライカは銃口を向けた。
急いで草木の壁を生み出すと、そこに鉛玉が突き刺さる。
「なんで!? 別に好きにしていいって言ったのに! 連邦は邪魔な教会を潰せればそれでいいんでしょ!? 鉱山だってちゃんとセットで引き渡すのに!」
「やれやれ、お偉いさんは利益ばかり口にすると言っていたが……君も大概、利益のことしか口にしないね」
草木の壁から鋭利な蔦が襲ってくるが、ライカは顔色一つ変えずに撃ち落としていく。
「でも、利に叶ってるから……ッ!」
「違う、そうじゃないんだ……これは利益以前の合理の話なんだよ、魔術師」
「合理……?」
「そう、合理だ」
怪訝そうな顔をしながらも、モニカはあらゆる角度から蔦で狙っていく。
それを顔色一つ変えないライカが撃ち落とし、言葉を続けていった。
「こう見えても、統括理事局は色々な派閥があってね。当然、一つの会議ですらドロドロ、嘘や虚像を語るのは当たり前だ。それ故に、必然的に他人が嘘をついているのかということはある程度見抜けるようになった」
連邦とて一枚岩ではない。
それどころか魔法国家や神聖国、帝国に比べれば自国内での探り合いや蹴落とし合いは日常茶飯事。何せ、色々な小国が集まってできた大国だから。
そこの頂点の席に座るライカもまた、あらゆる思惑を抱えていたり、そういう輩と接する機会も多かった。
それに比べれば、力だけを身につけた少女の言葉など薄っぺらく軽いものだ。
嘘をついているのかなど一発で見抜ける。
「君の話は本当だろう。ここで銃をしまってゆっくり先へ進んだところで、きっと我々の目的は達成される。もちろん、君達の勝ち筋の先にある目的とやらも達成するだろう。恐らく、被害を被るのは王国……というより、あの聖女かな? そう考えると、ある意味王国もまた被害を被るかもしれん」
「そこまで分かっていて……もしかして、あの王子に絆された?」
「否定はしないがね。あのような男は、そこいらの人間よりかは女として魅力的に映るよ───だが、言っただろ? これは合理の話なのだと」
片手で銃を持ち直し、懐からまたしても手榴弾を取り出す。
それを見た瞬間、モニカは反射的に草木の壁を生み出した。
「君の話を聞く限り、どう転んでも我々の目的は達してしまいそうだ」
ライカは躊躇なくまたしても手榴弾を放っていく。
その数は……五つ。
「だったら王国側の味方につくのは当然な考えだと思うがね? 何せ、弱小国よりも大国二つに損害を与えられた方が連邦は優位に立てるのだから」
「あぁ、もうっちくしょう!」
起爆。それと同時に、草木の壁は崩壊する。
そう、これは合理の話だ。
情や肩入れの話ではなく、どちらを傷つけた方が連邦にとって美味しい状況になるのか。
弱小国に利益を与えたところで連邦の脅威にはならない。
でも、大国に利益を与えてしまったら? もしかしなくても、この拮抗が変わってしまうかもしれない。
たったら、蹴落とすとすれば大国二つ。そう考えに至って当然の話なのだ。
故に、ここで相対を終わらせる理由は……ない。
「少し、面白い兵器を見せてやろう」
ライカは持っていた銃を放り投げる。
そして、懐から新しい銃を一丁取り出した。
「これは普段使っている銃とは少々勝手が違ってね。銃弾を篭めるだけでは発砲できない仕様なんだ」
鉛玉……ではない、先の尖った金属の塊。それを先に曲げた銃に入れ、あとから火薬を入れていく。
それが今までと何が違うのか? モニカは当然分からない。
しかし、銃から発せられる銃弾は残念ながらモニカの目では追いきれなかった。
そのため、見て避ける……などという芸当はできない。
故に、モニカは新たに草木の壁を構築していく。
その隙に、ライカの周囲へ草木の波をもう一度生み出して襲わせた。
「手間だろう? こんな工程をしていれば、今のように敵に狙われる隙を作り出してしまう」
だけど、その前に───
「ただ、それ以上のメリットがあるのだから、使わざるを得ないのだけれどね」
───モニカの草木に、銃弾が直撃した。
一点違うのは……草木の壁を貫通し、モニカの肩口を貫いたことだろう。
「がッ!!!??」
何故か、草木の壁も襲ってくる波も塵と化した。
その理由は至って単純───術者が魔術を維持できなくなったからだ。
肩を抉られた程度では、術者はおろか普通の人間ですら致命傷にはならない。
出血多量という場合を抜いて、肩口にどれだけ傷を負おうが本来であれば魔術師を倒すことは不可能のはず。
しかし、モニカは倒れた。
体を震わせながら、傷を押さえようともせず痙攣する姿を見せるのみ。
「この銃弾には少々強力な麻痺毒が塗られているんだ。銃弾を尖らせているため貫通性にも優れているし、無力化する場合にのみ有効な銃なのだよ。もっとも、今回は君の魔術の壁が破れなくて少し苦労していたから使わせてもらったのだが」
「が……ァ」
「これで私の勝ち。どうだい、油断して芸をあまり見せなかった君からしてみれば面白い結果になっただろう?」
ライカはゆっくりとモニカの下へ近づく。
この戦闘の結果など、言わずもがな明白。
あとは普通の銃で眉間をぶち抜いてしまえばこの戦いはお終いだ。
それが分かっているからこそ───
「……ア……に」
「ん?」
「セリア、ちゃん……に、ごめん……って。見捨て、て……ごめん……って」
モニカは動かせない口を必死に動かして、最後にそう口にした。
それは懇願であり、伝えられないからこそ今のうちに。そういうものだった。
それを聞いたライカは小さくため息を吐くと、勢いよく首筋に手刀を落とした。
「最後の言葉など敵に任せるものじゃないぞ、魔術師。生憎と、私は彼みたいに優しくはない」
モニカはそれを受けて意識を失う。
「だが、止血ぐらいはしてやろうじゃないか。その方が、君も後悔を払拭できるだろう?」
───こうしてまた一つ、戦闘は終わる。
連邦の統括理事局、第五席の勝利という結果で。
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