王国の英雄VS賢者の弟子③

 ジュナ・メ―ガスは類まれなる魔法の才能があった。

 かつて業界を騒がせ行方を眩ませたセレスティン伯爵家の神童よりも、ジュナの才能は目を引くものであった。

 魔法を学びだして一年も経たずに魔術師へと至る。

 その速さは現在の賢者をも上回り、賢者に興味を持たれるようになったのが弟子の経緯だ。


 属性は赤、担当するのは『焔』。

 自身を炎へと変換し、いついかなる時でも炎を生み出せるのが彼女の魔術。

 触れたものは高温によって焼かれ、炎の色を無色に変えることによって不意の一撃を作り出す。

 今や、魔法国家の中では賢者の次に実力がある者だ。


 ―――それ故、退屈だった。


 簡単に言ってしまえば、飽きたのだ。魔法に。

 魔法を極めた、学ぶことなどもうない。遠巻きから魔術を放っていくだけで戦いに勝ってしまう。

 これのどこが楽しいのか? こんなの、ババの場所が分かっているババ抜きと同じではないか。

 もっと肉躍る、血沸く高揚がほしい。

 戦いに、スリルと興奮を求めていたい。


 そんな時に現れたのが、彼だった―――


「……ははっ」


 ジュナは目の前の光景に思わず笑ってしまう。

 迸る雷が彼の周囲を覆い、その中で拳を握っている。

 ……流石に、これに当たったら無事じゃいられないよなぁ。そんなことを思いながら。


「……でも、素敵」


 面倒臭いだけの遠征かと思っていたが、今日は来てよかった。

 己の胸の内が、まるで恋に落ちたかのように沸き立っている。

 この興奮は、もうどこに行っても味わえないものだろう。そう思わえる何かが、王国の英雄と呼ばれる青年にはあった。


「これなら、どこからご自慢の見えない魔術にも対抗できるだろ?」


 風が吹けば雷の壁は反応する。

 それを超えるほどの威力であれば雷は揺れ、全神経を触覚に委ねるよりかも早く行動に移すことが可能。

 なるほど、いい考えだ。

 しかし、それだと距離を取って威力の高い攻撃を繰り返していけばいつかは内にいるアレン諸共消し飛ばすことができる。


 ……多分、アレンには余裕がない。

 時間が迫っているからという理由もあるだろう。それ以上に、ジュナの攻撃が予想以上に蓄積している。

 勝つために行動するのであれば、今から距離を取っていつものように遠くから魔術を放ってしまえばいい。


(……ううん、それだと面白くない)


 ジュナは拳を握る。

 アレンと同じように、自分の周りへ炎の壁を生み出しながら。


「……ねぇ」

「ん?」

「……これでもし私が勝ったら、結婚してよ。きっと強くてかっこいい子が産まれる」


 自分だってそれほど余力があるわけではない。

 アレンの雷を何度も体に浴びているのだ、次も大丈夫かと言われれば自信がない。

 それでも、己の高揚のまま行動するのであれば、この瞬間、この状況、避ける選択肢などあり得なかった。


「いいぜ。どうせ負けたら捕虜確定なんだ……その代わり、丁重な引き籠り生活を用意してくれよ?」


 まぁ、負ける気はないけど、と。

 アレンは拳をジュナに向けた。

 ―――その瞬間、アレンとジュナの壁が衝突する。

 そしてジュナとアレンの拳もまた、同様に鈍い音だけ残してぶつかった。


 これは、押し負けた方が負ける戦いだ。

 純粋な魔術の性能と、己の筋力の強さ、忍耐の強さ。

 アレンの拳は焼けただれる。ジュナの体は常に雷に苛まれる。

 これほど正面切った力比べなど久しぶりだ。満たされるだけの感覚がジュナの体いっぱいに広がった。


 だけど―――


「楽しむだけじゃ、そもそも何か背負ってる男には勝てねぇよッッッ!!!」


 拳を振り抜けたのはアレンであった。

 ジュナの拳は押し負け、体が大きく仰け反る。

 空いた胴体はまるでサンドバックのように殴りやすいものへと変わっていき、アレンの拳が鳩尾へ思い切り吸い込まれた。


「……ッ!」


 吹き飛ぶことはない、ただ九の字に折れ曲がるだけ。

 燃えるような自分の体に、そっと温かいものが触れているような感覚を覚える。

 それがアレンの体であり、自分が寄りかかっているのだと気がつくのには少々時間がかかった。


「……ふふっ、負けちゃった」


 ジュナの体が、どこにでもいる女のように冷たくなった。

 それは意識が薄れていっているからであろう。

 もう、自分の足で立てるなんて無理だと反射的に思ってしまうぐらいには体が限界を迎えていた。


「付き合ってくれてありがとな」


 アレンはそっと傷つけないようにジュナの体を地面へ寝かせた。


「……満足したから、いい」

「ほんと、戦闘狂な性格は直した方がいいぞ? 結婚相手が見つからなくても知らんからな」


 だけど、介抱することはない。

 ゆっくりと、重たい足取りを引きずるかのようにジュナの後ろを進んでいく。


「姫様のところへ向かうよ。生憎と、このままだと俺達は勝ったことにはならないんでね」


 アレンは少女を助けるために足を進める。

 どれだけ満身創痍になりながらも、どれだけ意識が飛んでしまいそうになっても。

 迷うことなく進んでみせる。


 薄れ行く意識の中、ジュナはその背中を眺めた。


(……あぁ、やっぱり)


 かっこいいなぁ、と。

 ジュナは最後にそんなことを思いながら意識を放棄した。


「っつたく痛てぇな……ほんと、男って損な生き物だよ」


 ―――王国の英雄と賢者の弟子。

 その戦いは、英雄の勝利という形で幕を下ろした。

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