王国の英雄VS賢者の弟子②

 王国の英雄と賢者の弟子との戦いは意外な形で幕を開けた。


「ッ!」

「がッ!?」


 近距離で行われる肉弾戦。

 ジュナに関しては純粋な戦闘を楽しむため。アレンに至っては周囲に飛び火が行かないよう配慮したため。

 双方魔術師でありながら、互いの利を生かさない形であった。

 ただし、それは遠目から見た場合の解釈であり、実際には少々違う。


(やばい……想像以上に痛いぞ、これ!?)


 ジュナの拳を受ける度、ジュナの蹴りを受ける度。

 触れた部分が一瞬にして焼ける。

 人間が熱を受けてそれが「熱だ」と感じるまでは少しだけ時間を要するのは常識的な話。

 蝋燭の火に向かって勢いよく指を突っ込んでもまったく火傷にならないのはご存じだろう。

 意識だけでなく体の一部ですら一瞬であれば人体に影響は及ばない。


 しかし、ジュナのそれは違った。

 一瞬だけだと思って受けていても、触れた部分が焼けてしまうのだ。

 そのおかげもあってか、アレンの腕や胴体は服を焼かれてその先に火傷がいくつも生まれている。


(けど、それも向こうだって同じ……ッ!)


 放たれる拳を躱し、アレンはジュナの顔を掴んで地面へ叩きつける。

 その瞬間、アレンに纏っていた青い光が雷としてジュナの体を襲った。

 単純な肉弾戦であればアレンに分があるようだ。純粋な戦闘スキルもあるが、アレンは我慢で火傷をカバーできるのに対してジュナには痛みと強制的な体の硬直が生まれる。

 故に、ジュナはアレンの攻撃を受ける度に『隙』が生まれるのだ。


 しかし、それでもジュナは立ち上がる。


(ふざけんな……魔術師は魔術以外はただの人間だろ!? ちょっと痩せるために鍛えてましたとかってレベルじゃねぇぞ!?)


 何度拳を叩きつけたか。

 並みの兵士であれば一撃だけで意識を刈り取れるのだが、ジュナに関してはそうはならなかった。

 不思議だ。同時に驚愕という形で頭に混乱が生まれる。


 そう思った瞬間、ふとアレンの肌に小さな風が触れた気がした。

 何故かは分からない。アレンは直観が警報を鳴らしていると反射的に身を反ら―――


 ブォォォォォォォォオオオオオオオオオオッッッ!!! っと。


 


「はぁッ!?」

「……へぇー。今の、避けるんだ」


 燃えた先に驚くアレンへ、ジュナは足をはらう。

 咄嗟にアレンが距離を取り、そのタイミングを見計らって体勢を整えた。


「今の何!? あそこに予めタネと仕掛けを用意してましたよマジック!?」

「……ううん、私の魔術。マジックじゃないよ?」

「初めて見たサーカスに驚いた子供じゃねぇよ分かってるよそんなこと! 俺が聞きたいのはどんな魔術かって聞きたいんだ!」


 もしもあれが魔術による攻撃だとすれば、一体どんなものなのか?

 いきなり周囲を燃やしたわけではない。どちらかといえば燃やす気はなかったけど燃えてしまっただけ。

 では誰を狙ったのか? 言わずもがな、もちろんアレンだ。


 しかし、魔術の予兆などまるでなかった。

 炎が生まれたのなら赤い景色が見えるはず。だが、先程は違和感も変化もなかった景色に少しだけ風が吹いた程度で―――


「……私の炎、無色に変えられる」

「ムフフな本じゃなくて今一番隠してほしくなかったやつを隠しやがったこいつッッッ!!!」


 その一言がどれだけ恐ろしいか。

 何せ、いつどこから来るかも分からない魔術へと変貌しましたとご丁寧に言っているようなものなのだから。


「……じゃあ、もう一回行くよ?」

「てめぇ、マジックをしたあとぐらいもう少し客席に余韻を与え……ッ!?」


 アレンの肌に風が触れた瞬間、その部位から避けるよう身を転がす。

 見えない攻撃を避けられるのは持ち前の戦闘スキルのおかげ。

 しかし、その先まで対処しろというのは酷な話だ。

 転がった先へ、ジュナの足が容赦なく振り抜かれる。


「ぐぅ……!」


 咄嗟に腕でガードをするものの、一瞬ではない接触に皮膚が焼けただれてしまった。

 血など出ない。ただただ鳥肌が立つような絵面が露出するだけ。


「……必至だね、君」


 一拍休憩を挟むかのように、痛みを堪えるアレンを見てジュナは口にする。


「……魔法国家で魔法を学んだわけでもないのに、その若さで魔術師にまで至ったってことは必死に頑張ってきたからだと思う。もちろん、才能もある。けど、戦った私には分かるよ……君は必死に頑張ってきた。それは今も」

「…………」

「……同じ魔術師として素直に尊敬する。環境が違うのに凄いな、って。でも、どうしてそこまで必死に頑張るの? 多分、このままだと死んじゃうよ?」


 それは驕り故か、それとも純粋に心配しているのか?

 ジュナは疑問に染まった瞳をアレンに向けた。

 しかし、そんな疑問を笑って否定するかのようにアレンは鼻を鳴らす。


「ハッ……いきなり何を聞くかと思えば、お見合い相手の趣味じゃなくてそんなことかよ。くっだらねぇ」


 アレンは笑みを浮かべたまま、さも当たり前かのように言い放った。



「男が必死になる理由なんて、に決まってるじゃねぇか」



 騎士が剣を振るのも、魔法士が魔法を学ぶのも、護衛が体を鍛えるのも。

 全て……決まって誰かを守るための力がほしかったから。

 世界征服をしたい? 誰にも馬鹿にされたくない? 畏怖や地位を手に入れたい?


 それこそ鼻で笑ってしまえ。

 自己欲求を追求するために磨く力など、前提として男であればあり得ない。

 何せ、拳を握った自分の後ろには自分の帰りを待つ守りたい者がいるのだから。


「そんで、男が必死になる時はだ」

「…………」

「そういう風にできてんだよ、男は。ない見栄を張って、痛いのを我慢して、辛いと泣いてしまいたいのを堪えて、そんで最後に姫の前に立ってこう言うんだ―――」


 さぁ、帰ろう。と。


 とびっきりの笑顔を添えて。

 それだけのために、アレンは拳を握る。

 平和な日常を謳歌したくても、さっさと国を出てトンズラしたいと思っていても、遊んでばかりの時間を過ごしたくても。

 結局、アレンは戦場ここに戻ってくる。


 だって、自分は守りたいと思える人間がいる男なのだから。


「……素敵だね。あなたに守られる人は、きっととても幸せ者なんだと思う」

「そう思ってくれるなら男冥利に尽きるってもんだ。いつかお前がそっち守りたい側に回ってくれることを祈るよ。美女は大歓迎なんだ」

「……残念。私はそっち守りたい側にいるような女の子じゃないから」


 アレンにとってこの戦いは優しい少女と、助けを待つ少女を守るためにある。


 利益も利権も財産も資源も名誉も栄誉も名声も地位も人望も愛情も人徳も充足も敬愛もいらない。


 ―――最後に、守ってやりたい女の子が笑っていればそれでいい。

 本当に、それだけでいいのだ。


「早く終わらせようぜ、賢者の弟子。俺だって白馬に乗って現れる王子様ヒーローポジを狙ってるんだからさ」




 

 相手にどんな目的があってどんな策謀があろうが、知ったことじゃない。

 それだけのために、アレンは拳を握る。


 その瞬間、アレンの周囲一帯に青く鋭い雷が降り注いだ。

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