この戦争の前提
ここに至るまで、ソフィアの罪悪感は凄まじく募っていた。
何せ、自分の願望によって巻き込まれた人間が次々と傷ついているのだから。
自分の我儘についてきてしまったザックに、時間稼ぎという体裁で先へ行かせてくれたセリア、身を粉にして守ろうと雄叫びを上げる王国兵、そして……助けてほしいと言ってしまったばかりに拳を握ったアレン。
元は、王国を巻き込んで妹を助けようとした。
優しい気持ちを押し殺してまで、身内の妹を助けたかった。
それでも、周囲の温かさと優しさがソフィアの罪悪感をより一層のものとさせる。
ここに至るまで、ソフィアの頭の中は申し訳なさでいっぱいだ。
せめて、彼らの優しさを無下にしないためにもティナを助けなければ。そう思っていた。
そんな時に、この戦争は自分が原因で始められたと聞いたら?
「あ、ぁ……」
心はきっと、もう持たない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
ソフィアの叫びが響き渡る。
蹲り、頭を抱えてガタガタと小刻みに震え始め、ついには嗚咽を零してしまった。
「連邦は鉱山を奪取したいみたいだが、そもそも私達はこの鉱山に固執しておらん」
何せ、鉱山ではなく聖女が目的なのだから。
片方をおびき寄せられれば戦場など鉱山でなくてもよかったし、最終的に手元に来ることは分かっていた。
ソフィアは優しい女の子だ。
身内が拉致されて、助けに来ようなどと考えるのは容易に想像ができる。
強いて予想外だったのは、ソフィアが王国ごと巻き込んだことだろう。
ただ、それは些事だ。相手は英雄がいるとしても弱小国。それに───
「聖女ソフィアが戦争を終わらせると口にすれば、すぐに戦争は終わるぞ?」
そう、あくまで今王国が手伝っているのはソフィアが戦争をしてまで妹を救いたいから。
もし、その目的が必要なくなれば? すぐにでも手を引くだろう。何故なら、王国側には攻め入る理由がなくなるのだから。
仮に、王国が鉱山の利権を求めるために攻めているとしても、連邦同様鉱山を手放すことで全ては解決する。
わざわざ他国の介入を許してしまいそうな場所に教会を建てたのも、同じ神聖国の違う派閥の介入を避けるため。
聖女が拉致され、独断でソフィアが動いたと知っても、他国と戦争を始めようとしている遠い地であればおいそれと救出にも迎えない。というより、そもそもが事後になっている可能性が高い。
───結局のところ、ソフィアが候補者の男の前にやって来た時点で全ては終わっているのだ。
いくら王国兵と連邦軍が攻めてきても動揺を見せなかったのは、そもそも命の危険がないから。
ソフィアさえ手に入れば、あとは「終わり」だと口にさせるだけで気持ちのいい散歩をしながら神聖国に帰ることができる。
そして、ソフィアは妹の命が握られているとなれば簡単に首を縦に振る。罪悪感と、妹の命が同時に襲いかかってきているが故に。
(チッ、そういうことか……!)
ザックと剣を交わして迎撃しようとしている聖騎士の男は歯軋りする。
祭服の男が余裕だった意味を、ようやく理解する形で。
「ふふふ……あはははははははッ!!! 聖女が二人、我が派閥に加われば教皇戦など勝ったのも同義! 牛と獅子の構図が完成する!」
男の目的は、聖女を手に入れて教皇戦で有利に働くこと。
何せ、神聖国の象徴ともされる聖女が二人も手に入るのだ───信徒の支持がどちらに傾くかなど言わずもがな。
男の派閥にいる聖女はソフィア達を加えて四人。相手側はソフィア達が抜けてゼロ。
魔法国家が手を結んだのも、帝国の第二皇子に手を貸したのと同じ理由───神聖国のトップになる男に貸しを作れば大きな利子をもって返還されるからだ。
この戦争に兵士の損耗さえあれど国益に対する被害はない。
魔法国家も、連邦も、王国も。
たった二人の女の子を犠牲にするだけで、なんの遺恨もなく全てを終わらせられる。
だから───
「さぁ、言うのだ……聖女ソフィア」
男はティナの首筋を撫でながらソフィアに向かって口にする。
「私の下に来なさい。そして、これ以上君のせいで傷つく人のためにもこの戦争を終わらせるのだ」
最後の言葉は決定的であった。
呪いのようにさまよっていた心の負荷が、限界値を迎えて縛り上げる。
脳裏に浮かぶのは、自分のために体を張ってくれた人。
そして───
『助けてください、って。そう言ったら俺達は喜んで拳を握るさ。何せ、俺らは利益よりも情を大事にする目も当てられない馬鹿共だからよ』
安心させるような笑みを向けてくれた、英雄の姿だった。
でも、来てくれるはずもない。
だって、自分は他国の人間で、陥れようとした最低な人間だから。
英雄なんて穢れた自分の前には現れない。
「わた、私……は……」
声が震える。
こんな命簡単に弄ぶような下劣な男を支持したくない。
だけど、罪悪感が……妹の命が、天秤に乗ってしまっては取れる選択など一つしかなかった。
「あなた、に……」
言いたくはない。
ここで首を縦に振ってしまえば妹の命も、自分の命も、神聖国の未来もが薄暗く陰ってしまう。
それでも瞳から溢れる涙が止まらなかった。
しかし、その言葉は最後まで紡がれることはなく───
「支持、しま……」
祭服の男の後ろにある瓦礫が吹き飛んだ。
「なに、が……ッ!!!???」
祭服の男がいきなり吹き飛んだ瓦礫に驚くも、自分の頬に続いて現れた拳がめり込んだ。
勢いよく転がった体は何度もバウンドし、しまいには周囲にあった瓦礫に衝突して土煙を上げる。
「よぉ、聖女様」
そして、そこから姿を現したのは───
「泣いてるより、笑ってる方がいいぞ? その方が可愛いんだからさ」
王国の第二王子。
どうすることもできず泣いている女の子に手を差し伸べる、満身創痍の
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