神童VS聖騎士①
「ザック様、聖女様を先に連れて進んでいただけませんか?」
辺りに霧がたちこみ始める中、セリアがザックに向かってそんなことを口にした。
「ぼ、僕も戦いますよっ!」
「何を言っているんですか。ゾンビのようなお相手とダンスをしても勝てる保証はどこにもありませんよ。それなら、ここで時間を稼いで二手に分かれた方が効率的です」
それに、恐らく聖騎士はもう一人いるはずだ。
聖女の側を離れず、守りに徹している人間が。
そうなれば、王国兵ではまず相手にはならない。ザックが先に進んでその聖騎士と相対した方が最善手だろう。
「ですが、それだとセリア様が……」
「私のことはお気になさらず。どうせ損な役割だというのは初めから承知しておりましたので」
アレンもきっと、このことは想定していたはずだ。
だからこそセリアを側から離し、ソフィア達に同行させた。もしも、手に負えそうにない相手が現れれば足止めしてくれるだろうから。
「これはブラックジャックのようなものです。先にエースである聖女様の妹を助けた方が勝つ。何せ、こちらには絵札が揃っているわけですから」
「…………」
「ご安心ください。私、こう見えてもご主人様に次ぐほど強いので」
故に、早く行け。
そう背中で語るセリア。
ザックは少しの間、逡巡した。果たして、女の子に聖騎士を二人も相手にさせていいものなのだろうか、と。
しかし、セリアの言っている理屈は納得できるほど理にかなっている。
となれば―――
「セリア様……」
ソフィアが不安の籠った瞳を向けてきた。
それに対し、セリアは―――
「これが終わったら、女子会というものをしてみましょう。私、実は少し興味があるのです」
笑ってみせた。
罪悪感で圧し潰されそうな少女を安心させるために、安心する要素のない場所で。
ソフィアは戸惑いこそ見せるものの、ザックよりも先に「お願いします」と王国兵に向かって口にした。
「……ご武運を」
「えぇ、あなたもしっかりと聖女様をお守りするように」
王国兵が頭を下げ、ソフィアを抱えたまま先を走る。
ザックも、迷いのある瞳を残しながらもあとを追っていった。
「逃がすと思うか?」
ユリウスと呼ばれた聖騎士が、ザックの後ろを追い始める。
流石に捕まえて殺そうなどとまでは考えていないだろう。何せ、同じ神聖国の聖騎士で象徴する聖女だ。
きっと、捕まえて動けなくするぐらいのはず。
しかし―――
「あら、せっかくレディーからダンスを申し込んでいますのに、無視は紳士としていかがですか?」
耳元から、女性の声が聞えた。
その瞬間、首元から血が溢れ始める。
「が、フッ!?」
口からも血を溢しながら、ユリウスは脳裏に驚愕を浮かべる。
どうして、自分の喉は切られているのか? 死ぬことはないが、焼けるような痛みが喉を襲った。
恐る恐る背後を振り返る。
そこには、造形の薄れたメイドがいつの間にか氷でできた短剣を握り締めていた。
「てめぇ、魔術師かッ!」
キースと呼ばれた聖騎士が抜刀した剣をセリアに向けて容赦なく振るった。
その速さは正に聖騎士と呼ばれる者。そこら辺の兵士など余裕で凌駕していた。
だが、セリアの体に剣先が触れた途端……なんの感触もなく空ぶってしまう。
「はァ!?」
「ふふっ、熱いご声援をありがとうございます。驚かれるというのは
セリアという少女の輪郭が消えていく。
気がつけば、辺り一面は霧のかかった山へと変貌を遂げている。
それが驚くべき事態なのだが、二人はゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「……なるほど、王国の英雄に仕える魔術師とは貴様のことだったか」
「こりャ、存外手を焼くかもなァ」
「あら、ではゆっくりお茶などいかがですか? こちらは一人に対してあなた方は二人なのです……というより、どうして二人も三人もいるのですか、そちらは? こちらは一人ですよ?」
「そりャ、そっちは私用でこっちは公務だからだろうがよォ。それに、あの優しい姫の姉君のことだ……どうせ、巻き込みたくないって言って誰も連れなかったところにザックの野郎が無理矢理来たって感じだろ」
「なるほど、それはかなり納得のできる理由です」
二人ならそのようなことを言いかねない。
不意に納得させられてしまったセリアであった。
「まァ、与太話はここまでにしておこうや。こっちは急いであいつらを追わなきャなんねェんだ」
ここで誰かが抑えて誰かが教会に向かったソフィア達と合流するという選択肢もある。
だが、いつどこで現れるか分からない人間がそう簡単に逃がしてくれるものだろうか?
「……行かせませんよ」
その言葉が聞こえた瞬間、キースとユリウスの体が一瞬にして氷のオブジェと変貌を遂げた。
霧の濃度を上げ、温度を下げることによって相手を凍らせるセリアの魔術。
だが、その魔術もものの三秒ほどで崩れ去ってしまった。
ピシり、と。氷のオブジェにヒビが入ったかと思えば、すぐさま二人が顔を出す。
「不死の人間を相手にするのです。そう考えれば互いに死なない人間が相手をした方がいいでしょう」
「その話が本当ならな」
ユリウスは体の調子を確かめるかのように腕を回した。
いつの間にか、切られた喉にあった傷も赤い血だけを残して元に戻っている。
―――これが聖騎士。
聖女という存在から直接恩恵を賜り、聖女が生きている限り死ぬことが許されない存在。
その攻略方法は『聖女を殺すこと』。しかし、それはセリアには使えない。
となると―――
「ジリ貧で時間稼ぎ……上等ではないですか」
セリアが今一度、辺り一面に霧を広げていく。
「さぁ、戦争をしましょう―――女性だからといって、油断はなさらぬようお気をつけくださいませ」
そして、セリアは挑発するように獰猛な笑みを浮かべるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます