空白地帯鉱山奪還戦②

 特段、この戦場に迂回ルートというものは存在しない。

 教会を拠点とした鉱山からは、起こりうる戦争に向けて準備をしていた敵兵が集っている。

 今はアレン達主力が引き付けてくれているおかげで大部分を引き離せてはいるものの、すぐにどこからか敵兵は湧いてくるのだ。


「それで、セリア様。私達はこのまま教会に向かえばいいんですよね?」


 ソフィアを挟むように最後尾を走るザックが口にする。

 生い茂る足元が体力を奪っていくが、聖騎士として役目を与えられるまでかなり研鑽を積んできたザックにとっては大した労力ではなかった。

 しかし、女の子だとそうもいかない。そのこともあってソフィアは仕方なく王国兵に背負わされ、この道中を進んでいる。

 だが、セリアは息一つ乱さずに先頭を走っていた。それが少し驚きである。


「えぇ、できるだけ相対せずに教会へと向かいます。私達の最優先は聖女様の妹ですからね」


 できるだけ……という言葉に信憑性はない。

 ある意味運試しなのだ。先に敵兵を見つけることができれば迂回できるし、そうでなかった場合は必然的に戦闘を強いられる。

 今、自分達が戦える戦力は聖騎士であるザックと魔術師であるセリア。連れてきた王国兵はソフィアを背負うことで手が塞がっているため、戦力としては数えられない。


 並大抵の敵であれば、魔術師一人でも聖騎士一人でも事足りる。

 それでも避けなければいけないと考えるのは、ソフィアに戦闘の余波が届いてしまう恐れがあること。

 それと、先にいるであろう聖騎士と相対した時の体力を温存するためだ。


(聖騎士が死なない人間であるのなら、先んじて妹さんを見つけないとそもそも話になりません。しかし、そう都合よく私達が先手を取れるとは思いませんが)


 死なない相手と戦闘するのであれば、可能な限り時間を稼ぎたい。

 そうすることによって誰かが見つけてくれる可能性が増える。

 こうして先陣切って別行動でいるが、セリアは頭の中で「自分は時間稼ぎの要員」だと思っていた。


(まったく、損な役回りです……ご主人様の横に並ぶのが戦場にいる意味だというのに)


 これが終わったら存分に甘やかしてもらいましょう。

 セリアは決まってもないご褒美に向けて再度気合いを入れ直した。


 ―――その時、ふと足が止まった。


「あれは……」


 セリアが身を屈めて視線の先を見る。

 それに伴って、後ろにいたザック達も一斉に腰を低めた。


 視線の先。

 そこにあったのは、多くの連邦軍と神聖国の兵が山道の道中で戦闘を繰り広げている光景。

 どうやら、別の方向からも教会を潰そうと攻め入っているみたいだ。


「まだあんなに連邦軍がいたんっすね……」

「流石は大国と言ったところでしょうか。二千を倒した程度ではダメだったようです。それと、何やらちゃんと仕事をされているようで無性に腹が立ちます」

「……ほんと、ライカ様とセリア様の間に何があったんですか?」


 しかし、これはありがたい話だ。

 ここでも戦力を引き付けてくれているのであれば、進んだ先の敵兵が少なくなっている。

 セリア達は気づかれないようそっと進行方向を変え、再び教会へと進んでいく。


「聖女様、きつくはありませんか?」

「だ、大丈夫ですっ! 何せ、私はおぶられているだけですので」


 えへへっ、と。どこか疲れが滲んでいる顔で笑うソフィア。

 セリアが言った言葉は、別に体力面の話ではない。


(こんなに人が傷ついていく様子を見て、果たして最後は笑ってくれるのでしょうか……?)


 セリアは慣れてしまっている。

 アレンについて行くと決めた以上、戦争で誰かが死ぬという光景に覚悟があった。

 だが、ソフィアは違う。妹を助けたいという自分の願望によって誰かが傷ついていく姿を見せつけられている。

 ただでさえ、血を恐れるお年頃の女の子だというのに。

 罪悪感で潰されてはいないだろうか? 苦しいと思わないだろうか?

 少なくとも、今の顔は疲弊しきっている……心に相当な負荷があるはずだ。


(早く助けてあげなければいけませんね……)


 セリアとて、優しい女の子だ。

 主人ほどではないが、困っている人間がいれば助けてあげたいと思う。

 しかも、可愛いと思ってしまって懐いてくれている妹みたいな存在のお願い。

 であれば叶えてあげたい……それぐらいの良心は持ち合わせている。


 故に、セリアは自然と足が速くなった。

 早急にソフィアの妹を見つけて、この戦いを終わらせ―――



「おい、ザック。てめェ、なんでそっち側にいるんだよォ?」



 ふと、怒号が木霊のように響く戦場にそんな声が響き渡る。

 またしてもセリア達の足が止まった。


「キースさん!? それと……」

「言うな、キース。ザックはソフィア様の聖騎士だ。立場上、そちらにいるのは道理だろうよ」


 足を向けた先には、ザックと同じ白い甲冑を身に纏った男が二人。

 その姿に、ザックは驚きを隠し切れなかった。

 そして、何やら知り合いらしい。ということは―――


「故に、我々がここにいる道理も理解してくれるな?」

「ユリウスさん……」

「こっちにも色々と事情があるのだ」


 ザックが歯軋りをする。

 分かっていた……分かっていたことじゃないか。


「まァ、ザックの事情とやらは理解してやるがよォ……だったら、こっちの事情も理解してくれや。後ろには俺達の姫さんがいるんだからよォ」


 ユリウスとキースと呼ばれた男達が剣を抜く。

 あぁ、なんてババだ。セリアは嘆かずにはいられない。


「聖騎士が二人……これであれば、どこぞの有象無象を相手にした方が楽でしたね」


 必然的に、セリアとザックは拳を握らされる。


 アレンと別れたそのあと―――二人が相対するのは、神聖国の聖騎士であった。

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