空白地帯鉱山奪還戦①

「怖い……怖いよぉ……」


 ポロポロと壁から崩れた屑が落ちていく教会付近で。

 プラチナブロンドの髪を持った小さくて可愛らしい少女は怯えながらも泣いていた。

 それもそうだ、いきなり自分がされていた建物が激しい衝撃音を放って崩れてしまったのだから。


「ご安心ください、聖女様。必ず、貴方様は私達がお守りします」


 そう言って励まそうとする聖騎士の男。

 だが、どれだけ安心させようと試みても安心させられないのは事実。

 何せ、もう

 こんなことになるのなら―――


「あの、人に……ついて行かなきゃよかった……っ!」

「…………」

「お姉ちゃんの役に、立てるって、聞いてたのに……怖いよ……」


 ―――無理にでも主人を止めておけばよかった。


 小さな女の子を言葉巧みに誘導し、敵国しかいない空白地帯に放り込む。

 こんな場所に教会をいきなり建てれば、誰だってこういう結果になるのは目に見えているはずなのに。

 新しい資源、それと喉元にナイフを突き立てるような行為。

 他国の中に教会を建てるのとは違う……了承すら得ていない行為は、圧倒的に亀裂を生む。


 それが分かっていて、口にしても主人はここに向かった。

 優しい少女は、姉の役に立てるという言葉を信じていたから。

 しかし、蓋を開けてみればどうか? 教会の地下に幽閉し、ことが済むまで外にすら出させてはもらえなかった。


(せめて、この呪印さえなければ……)


 聖騎士の男は少女の首元を見やる。

 そこには、禍々しくも歪な刺青が―――


「おやおや、聖女様は無事かね?」


 その時、ふと二人の前に祭服を着た妙齢の男が姿を現した。

 優しい表情、柔和な瞳。それだけを見れば、温厚で優しいどこかの神父だ。

 だが、聖騎士の男の瞳は優しい男に向けるべきではない鋭い瞳を向けていた。


「貴様、のこのこと……ッ!」

「ほっほっほ、そう敵意を向けないでくれ……うっかりではないか」

「ッ!」


 殺す、その単語が具体的に誰を指すのかまでは口にされない。

 それでも、この状況……術者の行為一つで死に至らしめることの可能な呪印がこの場にある時点で、誰のことを指しているのかは明白だった。


「まぁ、しっかり働くことですぞ。貴様はここに来る敵さえ殺しておれば主人を守れるのだからの」


 そう言って、男は祭服を翻してすぐに瓦礫の向こうへと姿を消していく。


 ―――あれが、候補者の一人。


 どうしてあんなやつが候補者に選ばれたのか?

 猫を被り続けていたのだとしても、聖騎士の男にとって信じがたいものであった。

 しかし、何故あのようにあの男は余裕の表情でいられるのだろうか?


 自分達が守る気などないことは知っているだろうに。

 まるでかのような―――


「怖いよぉ……お姉ちゃん……」


 まだ幼いとしか言えない少女が涙を流す。

 それを見て、男にできることは―――


「聖女様のことは必ず、私達がお守りいたします」


 言葉を投げかけることしかできなかった。

 たとえ、神聖国の協力者として魔法国家がいるとしても。


 最新兵器を手にする連邦軍、英雄率いる王国兵。

 どれも敵に回したくない国との戦争の真っ最中なのに、一体どこへ行けば安全な場所があるのか?


 安心させられる要素など、どこにもないではないか。



 ♦♦♦



「さぁ、敬愛する馬鹿共! 前に進めるやつは後ろを気にせずじゃんじゃん前に行け! 目的は教会の成れの果て! 救出対象は聖女様のような可愛い美少女、以上!!!」

『『『『『おうっ!!!!!』』』』』

「先着一名! てめぇら、死ぬ気で生き残って白馬の王子様の栄光を掴みやがれ!!!」

『『『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』』』』


 王国兵達のボルテージが急激に上がっていく。

 守るべき人間は怒らせたら怖いメイドがしっかりと守ってくれている。ならば、後ろを気にすることはない。

 野郎共は可愛い女の子のヒーローになるのに大忙し。泣かせる野郎は総じて死ねばいい! 男の風上にも置けない野郎は英雄譚に名前を出すんじゃねぇ!

 そんな気持ちでいっぱいいっぱいだった。


「セリア! お前も聖女様連れて先に行け! 家族との感動の再会は早急にしてやるべきだ!」

「承りました、ご主人様」

「お前も行け、ザック! 同じ聖騎士と出会ったら、てめぇの方が相手にできるだろ!」

「分かりました!」


 セリアは頭を下げると、近くにいた兵士にソフィアを抱えさせて走らせる。

 ザックも護衛として、共に並ぶように走った。

 だが、進行方向には湧いて出てくる神聖国兵と魔法士が行く手を阻んでいる。


「『英雄の軌跡を青く雷で照らせセリス・ヘイロース』!」


 その道を、アレンは雷の柱でこじ開けていった。

 セリア達を囲むように生まれた柱は地面を抉り、敵国兵諸共進路を示す。

 真っ直ぐに教会へ向かうわけではない。道こそ開けたが、まだまだここは主力が戦う戦場だ。

 迂回して教会の跡地まで進み、最低限の戦闘だけでソフィアの妹を救出する。


「おや、君はヒロインのピンチに颯爽と現れるヒーローにならなくてもいいのかい?」

「別に目立ちたがり屋な主人公にならなくてもいいんだよ! 最終的に可愛い女の子が笑顔になれるんだったら、それで万々歳じゃねぇか!」

「眩しいね、王国の英雄は。別にそっちの事情とやらに興味はないが、年甲斐もなく少しばかり手助けをしてやりたくなったよ」


 ライカはアレンの側で懐から小さな球体を取り出す。

 そして、先にあるピンを指で引っこ抜くと、神聖国兵に向かって放り投げる。

 すると、小さな爆発音と共に敵兵を吹き飛ばしていった。


「直接的な戦闘能力はないが、少しは兵力として活躍するとしよう。久しぶりに後味のいい戦争になりそうだ」

「戦争に後味もクソもねぇよ! てめぇも俺も、本来は戦争なんかするポジションの人間じゃないんだからな!? そこら辺しっかりと認識の共有はできておりますか、アンサー!?」

「それでも、君はずっと拳を握っているではないか。今更ポジション云々を語るところで、大した意味を持たないと思うがね」


 腕を振るい、的確に相手の胴体へ雷を飛ばしていくアレン。

 そんな少年は、声を大にしてライカの言葉に返答した。


「俺にはなッ! クソッタレ……自分のお人好しさには涙が出るよ!」


 ライカはそんなアレンの返答に肩を竦める。

 さて、今の言葉が『英雄』そのものの発言だと気づいているのだろうか? 一時的に手を組んだ者として、少しばかり眩しいと思えた。


「利益利権を目的として戦っている我々が恥ずかしくなるじゃないか。だが、英雄の側で行う戦争というのも存外楽しくなってきた」


 とはいえ―――


「さぁ、白馬の王子様が姫の下に辿り着いた時……?」

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