迷子の女の子
それから、アレン達は色々なところを巡った。
出店で軽食を食べたり、女の子二人のために服屋へと足を運んだり、路上で謳っている詩人の詩を聞いたりと。
正しく休日。本来は王族であるアレンとアリスには護衛をつけなければいけないのだが、頼もしすぎるメイドとそもそも守られる必要のない王子がいるために割愛。
気兼ねなく王都巡りを楽しむことができた。
「じゃあ、次は商店に行って最近の流行りを入手するのだー!」
「お、お兄ちゃんはそろそろ限界でっせ妹さんよぉ……! 途中から遊びというより行軍感覚なんですけども! ここ戦場じゃないっていうのに!」
妹の元気はどこまで続くのか?
連れ回され疲弊しきったアレンは妹との爽やかな休日を味わう途中で挫折してしまった。
「ご主人様、飲み物を飲まれますか?」
疲弊しきったアレンを見かねて、横を歩くセリアが飲み物を差し出した。
どうやら彼女はそこまで疲れていないらしい。
「お、おう……ありがと」
「先程私が飲んだものですが、問題はありませんよね?」
「……美少女との間接キスに喜べばいいのか照れた方がいいのか、疲れ切った俺の脳は正常な判断を下してはくれなかったよ」
アレンはメイドの小狡い策略に嵌まったことに後悔することもなく受け取った飲み物を口にした。
セリアはそれを見て少しだけ頬を染める。自分から渡したのに。
『あ、あのっお尋ねしたいことがあるのですがっ!』
そんな時、ふと往来の先でひときわ目立つ声が聞えてきた。
視線を向ければ、一人の修道服を着た女の子が誰彼構わず声をかけている姿があった。
もちろん、比較的心優しい王国民が無視をするわけもない。
しかし、何度も声が聞えてしまうのは声掛けに応じても力になれなかったからだろう。
女の子の必死な声が、往来によく響いた。
「むむっ、困っている人、発見! これは助けなきゃだね!」
正義感溢れる心優しいアリスちゃんは、修道服の少女を見かけるとすぐに走ってしまった。
ただ、買ったばかりの自分の荷物を置き去りにして。
「……その優しさを荷物を拾わなきゃいけない俺に少しでも向けてくれればいいのに」
「実の兄には気兼ねなく接することができるんですよ。これも兄妹愛ですね」
「愛と荷物が重いぜこんちくしょう。現在進行形でアリスの荷物を持っているのを忘れるな……ッ!」
やれやれと言ってアレンは仕方なく置いて行かれた荷物を片手で持ち上げる。
ちなみに、アレンのもう片方の手と背中にはアリスの買った商品が抱えられているので「女に荷物を持たせるわけにはいかねぇからな」といったかっこいいセリフが吐けなかったりしていた。
ただ「持ちましょうか?」というセリアの気遣いを断れるぐらいには男の気力が残っていたようだが。
そして、アレンは少し遅れてセリアの下へと合流する。
(うわ、すっげぇ可愛い子……)
そこにいたのは、ウィンプル越しから覗く長いプラチナブロンドの髪が特徴的な少女。
アリスと同じように愛くるしくも可愛らしい顔立ちに、透き通った翡翠色の双眸、潤んだ桜色の唇や整った鼻梁には見惚れてしまいそうになる。
(なんでこうも出会う人間全員顔面偏差値が高いのかね? アイドルのプロデューサーでもすれば一躍世界のトップが狙えそうなんだが?)
セリア然り、リゼ然り、この少女然り。
出会う人間全員が群を抜いて美しい女の子ばかり。
男としては嬉しいこの上ないのだが、何故か平穏とは違う場所で出会ってしまうので考えようであった。
「んで、お兄ちゃんに世話係を勝手に押し付けた心優しい妹さんは助けられたかね、この女の子を?」
「聞いて、おにいさま! この子迷子らしいんだよ!」
確かに、国民が少ないとはいえ王都のど真ん中。
人通りも激しく、迷子になってしまうのは仕方ないのかもしれない。
加えて、見たところ神聖国のシスターのようだ。初めて訪れたのであれば余計にも道に迷いやすいだろう。
「い、いつの間にか騎士さんとはぐれてしまって……色んな人に聞いているのですが、騎士は見かけてないと」
シュン、と。少女はうな垂れる。
小柄な体躯故だろうか、どこか庇護欲が駆り立てられる姿であった。
「神聖国の騎士、ということは聖騎士でしょうか?」
「え、こんなところに聖騎士来てんの? やめてよ誰か襲う気?」
「い、いえっ! ただ私達はこの国で教会を建てさせていただけないか王家に交渉に来ただけですのでっ!」
その言葉を聞いた瞬間、アリスの瞳がキランと光った。
まるでネズミを見つけた猫さんのようだ。可愛い。
「ようこそっ、ウルミーラ王国へ! その手の話は絶賛大歓迎のおもてなし級だよ! シャンデリアの下でチキンを贈呈しちゃうぐらいには手厚くサプライズするよ!」
「こらこら、この子はプレゼントを運びに来たサンタさんじゃないの。テンション下げて靴下だけ準備しておきなさい迷惑でしょ」
「そんなことはありませんっ! サンタさんが来るのであれば盛大におもてなしはしないといけませんよね!」
サンタさんが自分であることに気がついていない可愛らしい少女。
なんだろう、純粋無垢さが窺えて下手な発言ができない。
「でも、おかしな話だよな。普通、聖騎士を護衛として連れてくるんだったらもうちょい役職の高い人間が来るもんじゃねぇの。一介のシスターに教会建築の話とか持ってこさせるか?」
「そういえば、確かにそうですね。それこそ、教皇や大司教とまではいきませんが司祭クラスが来るものかと」
自国での教会建築であれば何も考えることはないだろう。
しかし、他国となればそうもいかない。お願いする立場なのだからそれ相応の人間が来ないと相手に失礼となる。
いくら弱小国の王国でも、無礼だというのは目に見えている。
どうにも少しおかしな話だなと、セリアとアレンは首を傾げた。
「あ、そういえば申し遅れました―――」
だが、そんな傾けた首はすぐに起き上がることになる。
「私、ソフィア・ベネットと申しまして、今は神聖国で聖女のお役目をちょうだいしております」
「……へ?」
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